第7話 恋愛経験豊富な友達、仲間内に一人はいるけど本当に経験豊富なのだろうか? その真相を突き止めるために探検隊はアマゾンの奥地へ旅立つことにした

 ◇


 ある日の昼下り、大学のカフェテリアで真琴は友人と昼食を共にしていた。


「ええーっ!?真琴に彼氏が出来たって!?」

「しーっ!声が大きいよ千咲ちさき!」

「そりゃあ大きくもなるわよ!彼女じゃなくて彼氏が出来ただなんて真琴じゃないみたい」

「千咲の中のボクのイメージって一体……」


 真琴に彼氏が出来たことに驚きを隠せていないこの友人の名前は石井いしい千咲ちさき。真琴とは同じ学部の同じ学科所属で、ほとんどの授業で一緒になるため毎日一緒に昼ごはんを食べに行くような仲である。


「それでそいつはどんな男なの?変な男じゃないわよね?」

「変な人じゃないよ。普通の優しい人だよ」

「『普通の優しい人』ねえ……、本当かしら?」

「本当だよ!なんでそんなに疑うのさ」

「なーんか真琴って変な男を引き当てそうな雰囲気あるのよね。男性経験少なそうだし」

「そ、そんなこと……、無くは……ない、かも……」


 真琴は千咲の言葉にぐうの音も出なかった。返す言葉は端切れ悪く、顔ま真っ赤にしていて完全に図星である。


「確かにボクは女の子にはたくさん告白されたことがあるけど彼氏なんて出来たことないし、ストーカーまがいの人が寄り付きやすい体質だけど……。で、でも、千咲が思うような変な人じゃないよ」

「ふーん。一体どんなヤツなんだか」


 千咲はそう言って食後のミルクティーに口をつけた。

 経験の少ない真琴が『恋は盲目』状態に陥っている可能性はゼロではないが、千咲は他人の恋に首を突っ込む野暮なことはしない。真琴のことだからいざとなったら自分に助けを求めて来るだろうと、千咲はそう思っている。


「それで千咲に折り入って相談があるんだけど……」

「相談?恋愛の?」


 真琴は真剣な表情を千咲へ向ける。今まで何度か真琴から頼み事をされたことがある千咲だったが、その表情からは事の重大さが滲み出ているようにも感じられた。


「うん、経験豊富な千咲にしか出来ない相談なんだ」

「……なんかその言い方は引っかかるけどまあいいわ。どんな相談なの?」


 すると真琴はすうっと息を吸い込んでハッキリと告げる。


「男の人と『付き合う』って、一体どうしたらいいの?」


 千咲は口にしていたミルクティーを吹き出しそうになった。間一髪のところで持ちこたえて咳き込む千咲の背中を、真琴はごめんごめんと言ってさする。


「どうしたらいいって……、もう付き合ってるくせに何を言ってるの?」

「違う違う、そうじゃないんだよ。普通のカップルってどういう感じで接してるのかなって気になっちゃって……。男の人って何考えてるのかイマイチわかんないんだよね」


 演劇で男役ばかり演るくせによく言うわよ、とツッコみたくなる気持ちを抑えて千咲はもうひと口ミルクティーを飲む。

 男性経験の無い真琴が『彼氏』という存在に変な憧れや理想を抱かないよう、ここできっちり教えておかねばと千咲は意気込んだ。


「兎にも角にもコミュニケーション取るのが先決よ。ちゃんと毎日連絡とってる?男って本当に筆不精だから、こっちから言わないと全然電話もメッセージも返してこないのよね」

「それは大丈夫だよ。一緒に住んでるし」

「そう、それなら問題なさそうね。……って、もう一緒に住んでるの!?」


 お手本のような千咲のノリツッコミに真琴は感心して思わず拍手をした。

 彼氏が出来たことだけでも十分ビッグニュースなのだけれども、更には既に同棲までしているとなると千咲の驚きは倍増する。


「いくらなんでももう一緒に住んでるとか早すぎでしょ!ハードル飛び越えすぎよ!」

「まあでも、おかげでストーカー被害からは解放されたし、一緒に住んでひと月くらい経つけど今のところ悪いことは起きてないよ?」


 千咲は真琴よく分からない方向に働く行動力に呆れるしかなかった。


 いきなり男女二人で暮らし始めるというのは、それはそれで大変難儀なものなのである。

 なんせ違う生き物が二人で同じ空間に住むのだ、どうやっても双方の生活スタイルが入り混じる。それでいてお互いを尊重しながら暮らすというのは『好き』という気持ちだけでなんとかなるものではない。それは他でもない千咲自身がよく知っているのだ。


 何故ならば千咲自身、同棲生活に失敗した身だからである。


「千咲、この間まで彼氏と同棲していたよね?何かアドバイスない?」

「普通、そういうのは破局した人じゃなくて上手く行っている人に聞くべきだと思うけど? ……まあでも、お互いをもっと知ることは大事だと思うわよ」

「お互いを知ること?」

「そう、趣味趣向とかクセとか金銭感覚とか、そういうのが受け入れられないと結局は長続きしないわ」


 真琴はふむふむと千咲の話に聞き入っている。普段は演劇に没頭していて他の事に興味がないのではないかと思っていただけに、千咲は恋愛に関して勉強熱心な真琴を意外だなと感じていた。


「あとは、身体の相性も大事ね」

「身体の相性……?」

「そりゃあ男と女がひとつ屋根の下で暮らすんだもの、大事じゃないわけないじゃない」

「そ、それってつまり……、え、えっちなこと、……だよね?」


 真琴は急に恥ずかしそうな表情になった。千咲はそれを見てやっぱりなとは思っていたが、全くもってそういう事に対する耐性と言うものが真琴には無いのだ。この様子ならまだ例の彼氏と何もしていないだろう。


「もう、いい歳してそんなことでいちいち恥ずかしがらないでよ。こっちまで恥ずかしくなるじゃない」

「ご、ごめんっ!そういう事に疎くて全然考えたことなかったんだ……。そうだよね、大事だよね」

「まあ、今すぐ無理に事を済ませろなんて言わないわ。ほら、演劇だって稽古を積んで少しずつ上手になっていくじゃない。そんな感じで少しずつステップアップしていけばいいのよ」


 我ながら良いアドバイスをしたなと得意気になる千咲。せっかく出来た真琴の初彼氏なのだ、幸せになってくれたほうが親友として嬉しい。


「でも、一緒に住んでるけど全然そんな雰囲気にならないんだけど?もしかして、ボクってやっぱり女の子として見られてない……?」

「さすがにそれはないでしょ。多分真琴のガードが固すぎるのよ。どうせお風呂とか自分の部屋とかに鍵をかけちゃうんでしょ?」

「そりゃあ鍵くらいかけるよ。不用心だもの」

「だから『ガードが固すぎる』って言ってるの。ちょっと無防備なくらいが男のハートを掴めるもんよ?」

「そ、そうなの……?」

「そうよ。――ちょっと耳貸しなさい」


 千咲は自分の思いつく限りの『無防備な女の子像』を真琴に耳打ちしていく。積極的に自分から誘うのではなく、向こうがその気にさせるように仕向けるのが女の嗜みなのだとささやき声で熱弁するのだ。

 てっきりカマトトっぷりが板についている真琴は恥ずかしがるかと思っていたのだけれども、これが案外ふむふむと聞き入っている。


「……わかった。試してみるよ」

「幸運を祈るわ」


 明日また真琴に会うのがちょっと楽しみだなと千咲はニヤついた。

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