第2話 普段硬派なやつほど、お酒を飲んだときにハメを外しやすい
とんとん拍子に事は進んで真琴の引越し荷物が運び込まれた。
彼が住まうのはもちろん僕の元カノが住んでいた部屋。一応きちんと掃除をして彼女の面影一つ残さないように気をつけたつもりだ。
「――真琴、この本棚はここでいい?」
「そこでオッケーだよ。祐太郎は力持ちだね」
「あはは、そんなことないよ」
本棚やベッドといった大きいものを配置し終わって一段落がついた。
僕と真琴はウマが合うのか、引越し作業を一緒にやっているうちにいつの間にかお互いの事を名前で呼ぶような仲になっていた。と言うより、男同士なのに『五十嵐さん』『高津さん』で呼び合うのは逆に不自然だと思う。女の子相手じゃあるまいし。
「大物は大体終わったし、あとはボクがやるよ。手伝ってくれてありがとう祐太郎」
「いやいや、こんなへなちょこ助っ人で良ければいつでも呼んでよ。――それにしてもごめんね、一応掃除をちゃんとしたつもりだったんだけど、まだちょっと女の子の部屋っぽいニオイがしちゃって」
「い、いや、別に気にしてないよ?劇団の楽屋とかこんな感じの化粧品のニオイがするから慣れっこだし」
なんだか一瞬真琴から『ギクッ』という漫画の擬音みたいなのが見えた気がするけれども気のせいだろうか。
「へえ、このニオイって化粧品のニオイなんだ。さすが役者さん、よく知ってるね」
「えっ、あっ、まあね。だからむしろこのぐらいが落ち着くよ。ははは……」
真琴は何かを誤魔化すような苦笑いを浮かべる。言いたくない事情があるのかもしれないので、僕はあまり深入りすることはしなかった。これから部屋を共有する仲なのだから、変に首を突っ込んで関係を悪化させるのは得策ではない。
なんにせよ無事に引越しが終わりそうで安心だ。これで持て余していた部屋も有効活用出来るし、家賃の負担も軽くなる。
これから平穏な日々が訪れると胸を撫で下ろしていた僕であったが、ある日突然それはあっさりと崩れ去るのであった。
◆
真琴とのルームシェアを始めて二週間程度が経った。
僕も真琴も最初こそぎこちなかったが、一週間が経過する頃にはまるで昔から一緒に住んでいたかのような小慣れた感じになった。生活リズムもそれほど変わらないし、嫌いな食べ物とか相手が嫌がるような独特な習慣とかもない。それどころか家事や買い出しの役割分担までスムーズに出来ているので本当に真琴には感謝が尽きない。
そして今日もまた、平穏な一日が始まろうとしている。
「じゃあ行ってくるね。今日は公演とその打ち上げがあるからちょっと帰りが遅くなるよ」
「了解、僕は家で暇してるからいつ帰ってきても構わないよ。行ってらっしゃい」
「行ってきます」
真琴は演劇の公演があると言って朝も早くから家を出ていった。毎日のように稽古やトレーニングに打ち込んでいるようでなかなか多忙そうだ。今日はおそらくクタクタで帰ってくるに違いない。湯船に入浴剤でも入れて真琴の帰りを待っていようかと思う。
それにしても真琴はセキュリティが厳重だ。このご時世仕方ないのかもしれないけれども、自分の部屋には必ず鍵をかけるし、風呂場の脱衣所やトイレも絶対に施錠を忘れない。洗濯物もまるで忍者のようにいつのまにか洗濯機から取り出して自室に干しているし、プライベートなものはできる限り見せないぞという強い意志さえ感じるのだ。
ルームメイトと言ってももとは赤の他人なのだから、そういうところをしっかりしているのは素晴らしい。しかしながら、一緒に住む身としては少し寂しいところもある。
一方の僕はのんびりと部屋の中で休日を堪能している。今頃真琴は舞台の本番真っ最中だろう。あの美貌だから間違いなく主役級を演じていて、学生劇団ながらファンもそれなりにいるに違いない。あっさり女を作って部屋を出ていかれたらまた家賃の負担が増えるなあなんてそんなことを考えていたら、いつの間にか夜になっていた。
「真琴、遅いなあ……。打ち上げもあるとは言ってたけど、もしかして二次会三次会までやってるのか?」
時計は間もなく午前零時半、終電の時刻も既に過ぎてしまっている。まさか真琴は朝帰りなんてしちゃうようなプレイボーイなのかと若干ニヤニヤしながらテレビを見ていると、オートロックの扉が開く音が聞こえてきた。
やっと帰って来たかと思って僕は玄関に向かうと、そこには朝の凛々しい姿からは想像できないほどよれよれになった真琴がいた。
「ま、真琴!? どうしたんだよ、フラフラじゃないか」
「ただいまぁー祐太郎。ごめーん、ちょっと飲みすぎちゃった……」
真琴の顔は真っ赤で、今にも倒れそうなぐらい足元がおぼつかない。受け答えはぎりぎりはっきりしているけども、完全にへべれけになってしまっているのでこれは相当量のお酒を飲んだに違いない。
「ほら、肩を貸してやるから部屋まで頑張って歩こう。玄関で寝たら風邪ひいちゃうぞ」
「ありがとー祐太郎ー、超優しいー大好きー」
普段は硬派な真琴が甘えん坊になってしまっているギャップに僕は思わず吹き出しそうになった。今度こんなことがあったら動画でも撮っておいて後で酔いがさめたら真琴に見せてあげようかと思う。
気を取り直して真琴に肩を貸して担ぎ上げると、何か彼の身体に違和感を覚えた。
毎日遅くまで演劇の稽古やトレーニングをしている彼の身体は、本来であれば筋肉質でゴツいはず。しかし、いざ真琴の身体に触れてみるとなぜか柔らかいのだ。それになんだかいい匂いがする。ちょっとムラムラしてきそうな、まるで女の子みたいな匂い。
おかしいなと頭の片隅で思いながら真琴を部屋の前まで運ぶ。すると彼はジーンズのベルト部分に括り付けているキーホルダーのカラビナから自室の錠前を外す鍵を取り出した。
「お願ーい、ボクの部屋を開けてー」
「し、仕方がないなあ。――ほら、開いたよ」
解錠して扉を開けると目の前には明かりのついていない真っ暗な部屋が広がる。そして真琴は待っていましたと言わんばかりにその暗闇の中にあるベッドに飛び込んだ。
「お布団最高ー、もう何にもしたくなーい。祐太郎ー、服脱がせてー」
「そんな駄々っ子じゃあるまいし。――まあいいや、脱がせてやるから今日のところはさっさと寝たらい……、って、もう寝てるし」
酔っぱらうと手がかかるタイプの人間は過去にも何人か相手にしたことがあるので、僕にとっては真琴のこの程度の酔っ払い具合などお手の物。さっさと脱がせて楽な体勢で寝かせてやろうと真琴の服に手をかけた。
彼の服を脱がせている途中で、先ほどから僕の中にあった違和感の正体が明らかになった。
「えっ……真琴?こ、これって、女物の下着じゃ……?」
真琴はフリルもリボンもない地味ながら女性物の下着を身に着けていた。目を凝らして僕は何度も見返すが、やっぱり彼……、いや、彼女の身体はどう見ても女性のものだったのだ。
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