第3話 嘘には必ず理由があるし、表情が豊かな人には可愛げがある

「うわああああああああああああああああ!!!」


 翌朝、真琴の絶叫で僕は目が覚めた。

 絶叫の理由は大方察しがつく。昨晩の泥酔による醜態を晒してしまったことと、それに伴って真琴の『秘密』がバレてしまったことだろう。


 僕は寝床から起き上がると、一応何も知らないふりをして真琴のもとへ向かう。するとやはり彼、……いや、彼女は、二日酔いなのか気まずさなのか若干青ざめた表情をしていた。しかも、昨晩の下着姿のままだ。


「……おはよう真琴、昨夜飲み過ぎてたみたいだけど大丈夫?」

「そんなことより祐太郎!そ、その……、見たんだね……?ボクの身体……」

「ああ……、うん、ごめん。その……、なんだ、……女の子、だったんだね」


 端切れ悪く僕が答えると、真琴は一層恥ずかしそうな顔をする。二日酔いで青ざめていたはずの顔は急に紅くなり、彼女はちょっとしたパニック状態に陥る。


「絶対バレたく無かったのに……。もうここにはいられない!ごめんね祐太郎、ボクはもう出ていくよ!」

「ちょっと待ったちょっと待った!いくらなんでも早まりすぎだ!どうせ出ていったところでアテも無いんだろう」


 真琴は取り乱していた自分自身に気がついたのか、無理矢理いつものキリッとした表情に戻して落ち着きを取り戻そうとした。


「た、確かに……。出ていっても行くところが無い……」

「とにかく落ち着いて。これにはそれなりの理由があるんだろ?だから、話してくれないかな?」


 僕がそう言うと、今度はまるで情けをかけられた武士のような表情をする真琴。『かたじけない』と言いたげな顔をしながらフリルやリボンの無いボクサーパンツみたいな地味目の下着姿であるのがなんともシュールである。


 ちなみに真琴の身体は鍛えられているおかげで引き締まっていて健康的なエロさがある。ボンキュッボンではなく流線型的であるその身体の曲線美には、ずっと眺めていたくなるようなそんな芸術のような魔力がある。個人的にはかなり好きだ。


 ……いかんいかん、あまりまじまじと見てしまってはスケベ認定されてしまう。


「それで申し訳ないんだけど……、その、服を着てもらえるかな?」

「えっ、あっ……」


 自分がはしたない姿であることにやっと気がついたのか、さっきまでキリッとしていた真琴の顔がその一言でまた真っ赤になった。

 さすが役者と言うべきなのか、喜怒哀楽の表情が豊かで、切り替えも素早くはっきりしていて面白い。



 改めてリビングルームにて着替え終わった真琴と面と向かって話すことになった。

 どうして彼女は僕とルームシェアをしようと思ったのか、そこにどんな事情があるのか、きちんと整理して置かなければならない。


「ボクがルームシェアをしようと思った理由は二つあるんだ。――ひとつは金銭的な理由」

「それは理解できるよ。ルームシェアなら家賃ワリカンで大学に近い場所に住めるもんね」

「もうひとつは……、なんというか、ファンの子に追っかけられているというか……、つきまとわれているというか……」

「それって、ストーカーってこと?」


 これまでにないほど困ったような表情を真琴は浮かべた。

 これほどの美貌の持ち主だ、ファンに追っかけられるほど人気があるのも頷ける。そしてファンが増えれば行き過ぎた者が出てくるのもまた自然の摂理。

 ストーカーじみたファンを振り切るために僕とルームシェアをしようとしたのは納得がいく。男と一緒に暮らしていると分かれば自然とストーキングをやめていくという事例は多いらしい。


「でもそれはまず警察に相談したほうがいいんじゃないかな?」

「ボクも最初はそうしたんだ。でも相手が判明しているのとちょっと事情が特殊なこともあってあまり協力的じゃなくてさ」

「特殊な事情って?」


 すると真琴は自分のスマートフォンを取り出してとある写真を見せてきた。

 それは男役の舞台衣装を身に纏った真琴と、一人の女子学生とのツーショット写真。

 やっぱり真琴は劇団でも男装しているんだなと僕は変に腑に落ちてしまった。しかしながら、この写真だけではどういう意味なのか全くわからない。


「この写真は一体……?」

「ボクにつきまとってくる子の正体だよ。この子なんだ」

「えっ……?ストーカーって女の子だったの?」


 世は多様性の時代とは言うけれども、ストーカーにもそういうパターンがあるのかと僕はたまげた。

 なるほどそういう事情だから警察はあまり介入はしてこないのか。相手が分かっていてなおかつ女の子であるから、穏便に対話で解決してくれという感じなのだろう。民事不介入というやつだ。


「最初はベタ惚れしたファンの子だなと思ってたんだけど、あとをつけられたり膨大な量のファンレターやプレゼントが来たりして……」

「それが段々エスカレートしてきたわけか……」

「だから思い切って引越しをしようとしたんだ。でもお金もないし手頃な物件も無くて」

「それで僕とルームシェアしようと」

「うん……、男の人と一緒に住めばこのファンの子も諦めてくれるかなって思ったんだ」


 真琴の判断はある意味合理的で、それどころか老獪さまでみえるようなキレキレっぷりだった。

 ただそれでは真琴が女であることを隠す理由にはならない。なぜなのか問いただすと、真琴は困った顔で続ける。


「だ、だって、ボクが女だって言ったらルームシェアを断られちゃうと思ったんだもん……」

「それは確かに……」

「それに、募集要項には性別に関する記載なんてなかったからいけるかなって思って」

「いや、普通ならいけるかなって思わないって……」


 確かにルームシェアの募集掲示板には性別に関する記載はしていない。それもそうだ、若い男のルームシェア募集に女の子が手を挙げることなどまずありえないのだから。

 性別を隠して男とルームシェアをする勇気があるならばストーカーのひとりやふたり追払えそうなものだけれども、さすがに気の毒そうな真琴にそんなことは言えなかった。


 しかしながらなんの障害もなく二週間一緒に暮らしてしまったのは事実。彼女のやんごとなき事情も知ってしまったので、今更真琴に出ていけなんて言うのはさすがに酷だろう。


「……まあいいか、真琴が困らないのであればこのままここに住んでも僕は構わないよ」

「ほんと……?ボク、ここに住んでてもいいの?」

「いいとも。生活費の割り勘も家事炊事の当番も今まで通り、そのまんまだ」

「祐太郎っ……!ありがとう!」


 真琴は潤んだ瞳で僕の事を見つめてきた。凛々しい顔をしているくせに、仔犬のように可愛い仕草を見せてきたりとなかなかあざとい。そんな顔をされたら僕は絶対に強く出られない。


 これからもこれまで通りの生活をしようと自分から言っておいてなんだが、今まで気にも留めなかった彼女の一挙手一投足にちょっとドキドキしてしまっていることに気がついた。


 ……まあ、これぐらいはすぐに慣れるだろう。

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