2人目 ちょっとちょっと

 コロナが大流行しているので、みんなマスク。私達も患者さんも。

 薬を渡す台には、飛沫防止のためのアクリル板。


 感染防止に勤めなくてはならないけど、なかなか忘れがちなマスク。私達はずっとマスクをつけているにも関わらず、患者さんはうっかり忘れることも多い。



「こんにちはー」


 スタッフが来局したおばあさんに挨拶をする。いつもならそのまま処方箋を出そうとするのだが、今回は違う。

 口元を手で覆い、黙ったまま待合室の隅を指さす。それだけでスタッフはある程度察する。


 受付カウンターから出て、指示した棚から七枚入りのマスクを一つとる。


「おひとつですね。テープでいいですか? お会計はー」


 おばあさんはまるで息するのを控えるかのように口元を抑えたまま会計を済ませた。そして外へ出るなり、買ったばかりのマスクをつける。その後また局内に入って来る。


「ごめんなさいねぇ。忘れちゃったのよ。助かったわぁ。じゃあ、また病院行った後に来るわね」


 おばあさんはお礼を言うだけ言って、目の前の病院に向かった。


 こんなパターンはよくある。マスクをしていないと来院をお断りしているとかなんとかで。病院でマスクを売っていないのかな、と思うけど薬局の売り上げにもなっているからまあいいやと毎回納得してしまう。



 別の日。常連のおじいさんが来局した。

 この日はかなり混んでいて、おじいさんの薬をお渡しできるまで四十分以上かかることが見込まれた。それを伝えれば、またあとで来るねと言って、おじいさんは一度帰宅された。


 そしてお昼すぎ。すっかり人がいなくなって、待合室に患者さんがいなくなったころにおじいさんが再来局。


「できた?」


 悪い人ではないのだが、いつもニヤニヤしているおじいさん。そう、ニヤニヤしているのが見えている。


「マスクマスク。どうしたんですか、マスクは」

「へへ、忘れた」

「あー」


 二度目の来局をすると、なぜか忘れるらしい。

 もう何度も来ている人だし、他に待っている人もいないし、速やかに薬をお渡しするしかない。

 準備ができていた薬を手に、私は薬を渡すカウンターへと向かう。

 そこで患者さんの状態を聞く。血圧の薬をもらっている人には、最近の血圧はどのくらいかと。今回処方された薬は今までと同じもので間違いないかとかも。そこで薬の内容と患者さんが言う情報が食い違っていれば、医師に電話して確認することもある。


「そうそう同じ。でね、××△○×――」


 マスクを忘れたおじいさん。やたら喋る。アクリル板があるし、飛沫が飛んでくるようなことは少ないけど、すごく喋る。そして、何を言っているのかわからない。高齢なこともあって、もごもご何か言っている。マスクなんてしていたら、本当に何言っているのかわからないときがある。というか、マスクなしでも何言っているのかわからない。

 え、と聞き返してみたら、どうやら冗談を言っているだけだった。


「へへ、じゃ。また来るね」


 そう言っておじいさんは満足した顔で薬を持って帰っていく。宣言通り、後日、おじいさんは別の病院からもらった処方箋を持って来局した。この時はちゃんとマスクをしていた。そして相変わらず、何言っているのか聞き取りにくかった。



 たとえコロナが流行っていなくても、病院にかかるということは何かしら悪いところがあってかかっているわけです。

 自分を守るために、そして他人にうつさないためにも、病院薬局はマスクをしていくべきかなと。

 何とか言っていることは聞き取れるように頑張るんで。マスクを、マスクをするんだ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る