凶報(四)

「こうも重なってくると妙ね。いい予感はしてこないわ」

 廊下を歩きながらアウロラが考え込む。互いに得た情報の共有が終われば執務室にいつまでもいたところで何も前には進まない。四人は大臣のいる総務省はじめ関係部署へ向かっていた。

「潮の動きと儀式に具体的な関連があるなんて今のところは言えないけれど。単なる偶然なのかしら」

「肯定も否定もできないな。だが今はまず神域が侵された事実への対処と予防策だ」

「神域の方には門のところで会った衛兵二人に頼んで林へ行ってもらったわ」

 二人いれば何かあった時に神域を見張りながら城への連絡も取れる。衛士二人がアウロラと日頃からよく話をする者たちだったのが幸いしたのか、彼らは驚きはしたものの、まず大臣をとおせなどとは言わずに迅速に準備へ走ってくれた。

「それからすぐに大臣に報告と相談をと思ったのだけれど……お兄様が帰ってらしたと聞いたらもう走り出していて」

 ごめんなさい、とまたもアウロラは萎れる。だが現状ですぐに取れる行動は神域の監視くらいしかなく、他の官吏に伝えたところで解決策は無いだろう。適切な対処だったと、カエルムはアウロラの顔を上げさせた。

「しかし司祭領の材木の件、引っ掛かりますね。もう一度調査を入れましょうか」

 たとえ潮と満月、儀式の繋がりが偶然だとしても、儀式までに精霊殿の修繕を終わらせるとなると明らかに材木の買い付け量は不自然だ。主人二人の背に掛けられたロスの語調には不快が露わである。

「私も司祭領で人が少ないのが妙だと思って聞いたのだが、修繕は序盤だと言っていた。ただ実際にどれだけ脆くなったか見ていいない以上、『序盤』が一ヶ月の作業の『序盤』か五日程度で終わるものなのかはわからない」

 劣化の程度は酷いが範囲が狭いとしたら、材木の量もさほど必要ではなくなる。それならば司祭領の購入量も不自然にすぎるとは言い切れない。だがカエルムの慎重論にロスは鼻白む。

「確かに一理ありますけれど、疑わしいというところで神域の伐採です」

「ロス」

「軽はずみな発言は危ないわ」

 ロスの言い方から言外に神域のことに対する司祭領への非難を読み取り、二人が揃って嗜めた。ロスがすぐに口を噤むと、今度は兄妹そっくりな顔で眉を下げる。気持ちは分からなくもない、とでも言いたそうだ。

「まあ、すぐに疑いをかけるのは良い手ではないだろう。もし冤罪だったとしたらシレア城ここの人間が何を言われるか分からない」

 司祭領の人間たちがとった次期為政者への態度がまだ記憶に新しく、ロスには言いたいことが山ほどあったが、当のカエルムにそう言われてしまっては仕方がない。渋々ながら納得の意を示すと、カエルムが苦笑する。

「まあそう熱くなるなよ。何かしら決定打があれば分かるだろうし、そうしたら即座に動くさ。だが機が来るまで下手に動くとかえってややこしくなる」

 従者を宥める兄となおも撫然としているロスを見比べつつ、アウロラの頭にはロスとは別の懸念が浮かんで来ていた。ロスと応対しているカエルムの袖をくいくいと控え目に引く。

「ねえお兄様、精霊殿のに大事は?」

「ああ」

 すぐにアウロラに向き直ると、カエルムの返答もやや緊張を孕む。

「今回訪ねた限りでは、、としか言えない。にはいまの時点でそうやすやすと入れないからな。私もあそこについては不安があるが、司祭長もいらしたしさすがに踏み込めなくて——すまない」

「そう……いえ、でも仕方ないわ。それに少なくとも私たち以外は入れないでしょうし。ただ確かめられないのは歯痒いわね」

 不確実なことならそれを隠さないカエルムが言うのなら本当に確証がないのだ。アウロラは視線を落とした。なお兄の袖をぎゅっと握っているその心境を慮ってだろう。カエルムもアウロラの手を離そうともせず、歩調を合わせてやる。

 しかし後ろについた二人には、たったいま目の前で交わされた兄妹のやり取りがさっぱりだった。

「あの部屋って、精霊殿に何か特別な部屋でもあるんですか?」

 ロスは司祭領に務めていた時期に大体の部署には使いっ走りをさせられたが、何か特別な部屋があるなど特に耳にしたことがない。霊廟は特別と言えば特別だが、王子王女の入室がそこまで厳しく禁止されている部屋などあっただろうか。首を傾げると、アウロラが困り顔でロスの方に振り返った。

「王族しか入れない部屋があるのよ。でも私もお兄様もまだ入ったことはないのだけれどね」

 王族なのになぜ二人とも入ったことがないのかが引っかかったが、尋ねるより前に再びアウロラが話し始める。

「ねえ、音が鳴り始めた少し前から、異様に雨が多くなっていたでしょう。それでテハイザの海の水が不自然な動き方をしていて、加えてシレアで起きたのが神木の伐採よ」

 伏し目がちに切り出す様子は頭の中で考えを整理するときにアウロラがよく見せるものだ。だが、改めて言わなくても不吉なことはもう十分に分かりきっている。ロスとシードゥスは何を言いたいのか理解できずに無言で顔を見合わせる。一方、カエルムは二人とは逆にアウロラに同意を示して話を続けさせた。

「山林の木々の増減は水の流れを左右するっていうの。材木屋さんが教えてくれた話だけれどね。木の根が張り巡らされて必要なところに水を運んでくれるはずよ。減り過ぎると川が必要以上に増水したりもする」

「ああ。私が懸念していたこともアウロラと同じだと思う」

 兄の賛同を得てアウロラの話しがいささか滑らかになる。

「どちらも水に関わるのよね。シレアの神域はシューザリエの流れとも近いし、神木が根に蓄えた水が土の中でやがてシューザリエの水と繋がるというのはシレアの口承伝説でもあるわ。それと、シューザリエは星空海に到達して海の水になるでしょう?」

 聞いているうち、ロスとシードゥスにも段々とアウロラの言いたいことが分かってきた。

「雨続きの天候と海のおかしさと……水の在り方が普段の安定を失っている。そんな時に水を導く神木が切られてしまったら?」

 アウロラが見上げると、カエルムも頷いた。

「まだ異様な大雨や最初の高潮は何らかの兆しだったかもしれない。だが、この後にもし何か起こるとなると……」

 そこでカエルムは言葉を切った。廊下の先から騒がしい声が聞こえてきたのだ。

「ちょっとスピカそれ返せよ!」

「なんでよ! これ先に見つけたのあたしだもん! あたしが渡しに行くんだから!」

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