波紋(四)

「これが王女さまのお母さま?」

「ええ、そうよ。見つかっちゃったわね」

「耳飾りは、王女さまのと同じね?」

 スピカが振り返ったので、アウロラははにかんで垂らした髪を耳にかけた。確かにそこには肖像画に描かれているものと同じ耳飾りが揺れている。

「これね。スピカは記憶力がいいから驚くわ。うん。母様に頂いたのよ」

「王子さまにもお話、聞きました。王子さまは指環を持ってますよね」

「ええ。亡くなった父様も着けていらしたわ」

 肖像画の女王は、姿勢正しく腰掛けた膝の上で両の手を重ね、白く細い指には耳飾りと同じ宝玉の嵌まった指環が光る。それはカエルムが常にしているのと同じ形で、スピカにも馴染み深いものだった。

 額の中で微笑む貴人を見つめ、アウロラは再び口を閉じた。

 ——自分たち二人がそれぞれ指環と耳飾りを継いだのである。シレアの王族である証として。

 いつも活発な姫君が黙するのを前に、その表情からは懐かしさよりも寂しさが読み取れ、シードゥスは口を開かずにはいられなかった。

「殿下の代わりにはなりませんが……城には大臣もソナーレさんも、料理長もいます。それに……微力かもしれないけれど、俺もいます。姫様お一人で背負わないでください」

 哀願すら窺わせる声だった。まだ幼い少女までもがじっと自分を見上げている。こうまで気弱になっているのに気づかれてしまっていてはどうしようもなく、苦笑するしかない。

「シードゥスにお兄様と同じことを言われるなんて、なんだか不思議な気分ね」

「殿下が?」

「ええ」

 最初に不可解な鐘楼の音が聞こえたあの夜、城の暗い廊下で兄が同じことを言いながら背中を叩いてくれたのを思い出し、いつの間にか詰まっていた喉に風が通る気がした。

 だが、自分も為政者の一人である。シードゥスの気遣いには心から感謝するが、本来なら為政者が皆の不安を除くべきであるのに、上に立つ者が周囲に心配をかけるのは立場が逆だ。少なくとも記憶の限り、兄は不安をおくびにも出さなかった。

 茶を一口含んで強ばった頬に出来るだけの笑みを取り繕うと、アウロラは話題を逸らした。

「——それはそうと、テハイザから何か続報はあった?」

 シレア城に帰ったシードゥスがもたらしたのは、テハイザの天球儀にも異変があったとの報告だった。兄が留守の間に何か事が起こった場合、適切な行動を取るには第一に情報量が鍵になる。即時、こまめに連絡を取り続けたいと南へ伝書鳩を飛ばしておいたのだ。

「クルックスからは続報が来ています。姫様がの音を聞いたという時間も向こうに飛ばして起きましたが……」

 そこで言い淀み、シードゥスの視線が宙を泳いだ。

「何か、あったのね」

「……はい」

 アウロラの眼差しが鋭くなる。こうなれば抗えない。シードゥスはその視線を真正面から受け止めた。

「姫様が感じられた振動——音、ですか——それの時刻が、天球儀の強い発光と同時刻らしいのです」

「同じ時刻、ね。なんとなく予想はついていたけれど」

「はい。あくまでお二人が時計台を確認した時刻と、陛下が天球儀をご覧になった時刻がそれぞれの時刻とほぼ同時、という前提ですが。ほかにいくつか、クルックスが独自に調べたこともありました。細かいのであいつの手紙なしだと詳しく話せませんが」

「そう……それも後で教えて。お兄様がお帰りになる前に出来るだけ整理しておきたいわ」

 両手に包んだ茶器を膝に置くと、アウロラは誰にともなくぽつりと呟く。

「お兄様の方にもあのは続いてるのかしら……しかもあの司祭領で——お体に大事がないといいのだけれど……」

 普段、気丈な王女がふと見せるいまの顔は、臣下の前で隠している不安だ。だが常の平穏が揺らぎ、何が起こるかわからない時こそ自分を律しなければならないことも、アウロラなら承知しているはずだ。それを知っているだけに、シードゥスは励ましの言葉もかけてやれなかった。

 かけるべき言葉が見つからず、スピカと二人、顔を見合わせた。

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