第十一話:将軍
■視点変更:ネレイド将軍■
最近ちょっとした噂を耳にした。
渓谷に現れた一匹のエルダーオーク。
一線級の冒険者が五十人ほどで討伐するべき化け物を、たった一人で倒した者がいると。
彼の物はエルダーオークの攻撃を凌ぎ切り、意図も容易く首を切り落としたのだとか。
まったく、馬鹿げた話だ。
未だ戦争が続いていると言うのに軍内でそんな与太話が流れるなど、やはり昨今は兵の質が落ちているようだ。
俺自ら練兵し直す必要があるか、などと思っていた矢先の話だった。
噂の男がこの街を訪れたと報告が入ったのだ。
更に悪いことに、それをたまたま視察に来ていた王女様が耳に入れてしまった。
この方は見目麗しく賢いと評判の才女だが、年相応の好奇心を持ち合わせている。
おそらくだが、噂の男となれば。
「将軍、私は是非ともお会いしてみたいです! 一体どんな方なのでしょうか……!」
「そうですな……せっかくの機会ですし、会ってみましょう」
むう、やはりそう来たか。仕方の無い方だ。
だがちょうど良い。どんな輩なのか、直接剣を交えて確かめてみるか。
王女様も良い息抜きになるだろう。
国王が亡くなられて早半年。
その間常に最前線に来て、休みなく執務を行ってきたお方だ。
いい加減休息を取らなければ体を壊してしまうだろう。
しかし、『
万が一噂が本当なら、是非とも入軍してもらいたんもんだな。
※
砦の入口に向かうと、そこにはエルフとドワーフを連れた男が居た。
まだ若い。精々が二十代か。
俺の半分程しか生きていない奴がエルダーオーガを倒したなど、何とも馬鹿げた話だ。
素性のしれない相手と言うこともあり、念の為に王女様には姿を隠してもらうことにした。
何かあっては一大事だからな。
改めて男の前に立ち、名乗りをあげる。
「ネレイド・フォグストレアだ。貴様が噂の『
「その名はやめてくれ。そんな大層な事はしていない」
ほう、ほざきよる。エルダーオーガを倒しておいて大層な事はしていないだと?
ならばこの男はドラゴンでも倒してみせるとでも言うのだろうか。
実に馬鹿げた話だ。
しかし、そこまで虚勢を張るならばこちらにも考えがある。
その腕前を是非とも披露してもらうとしよう。
「よし、では模擬戦でもやろうか。軍内でも最強と呼ばれる俺を倒して見せろ」
俺は戦略を練るのは得意ではないが、生まれてこの方対人戦で負けたことは無い。
実力を測るのに申し分は無いだろう。
それに勇気と蛮勇は違う。身の丈に合わない危険に挑むのは自殺行為だ。
二度と馬鹿な事を言えないように年長者が教育してやらねば、この若者の為にもならない。
そんな考えから出た提案だったのだが、男は苦笑いを返してきた。
「下手したら死人がでるぞ?」
そう語る男の目に、偽りは見られなかった。
この男は己の言葉を確信している。
なるほど、少なくとも自信だけは一人前のようだ。
ならば尚更、俺が叩いてやらねばなるまい。
過度な自信は身を滅ぼす。新兵がよくやる失敗だ。
そうならない為にも、ここで鼻っ柱を叩き折ってやるのが慈悲というものだろう。
「訓練所に行くぞ。着いて来い」
躾の時間だ。久々の模擬戦だが、痛めつける程度ならブランクなど大したものでもあるまい。
そう、考えていた。
※
訓練所に着くと、すぐさま刃を潰した訓練用の剣を投げ渡した。
「さぁ来い。どこからでも構わんぞ」
剣を構えると、ジェイドはまた苦笑していた。
生意気なガキだ。少しばかり教育に熱が入っても問題無かろう。
踏み込んで来たところを一撃で仕留め、立ち上がる限り何度でも打ちのめしてやる。
そう意気込んでいたのだが。
ジェイドは剣をぶら下げたまま、何気無い足取りで歩み寄ってきた。
その姿に覇気は無く、全く殺気を感じ取れない。
馬鹿な。立ち会いの中で殺気を完全に消すだと?
俺でさえそんな事は不可能だ。
まさかわざわざ斬られに来ている訳でもあるまいし、どういう事だ?
動揺を隠せずに居た時、ジェイドが何気無い足取りで間合いに入って来た。
迂闊な。やはりただの馬鹿か。
ならば一撃で沈めてやろう!
構えた剣を鋭く振り下ろす。
空を飛ぶ鳥ですら斬り落とす斬撃は、しかし。
放った直後に敵の姿を見失い、空を斬るに終わった。
「――ッ!!」
次いで聞こえたのは裂帛の呼気。
音になり切れない声とほぼ同時に、俺の首筋に冷たい感触が触れた。
下から伸ばされた剣先には、やはり殺気は感じられない。
……馬鹿な。俺の剣を避け、逆に致命の攻撃して来たと言うのか。
何をされたのか見当もつかない程の鮮やかな剣技だ。
この俺がまるで子ども扱いとは……
「俺の負けだ」
首筋に剣を突き付けられた俺に出来るのは、そう宣言する事のみだった。
確かにこの腕前ならエルダーオークですら打倒しうるだろう。
見事なり、若き剣士よ。
その剣技、『剣聖』と呼ぶに相応しい!
■視点変更:ジェイド■
あっぶねえええ!?
足滑らせた時はマジで死んだと思ったわ!
結果的におっさんの攻撃を避けられたから良かったものの、普通なら頭カチ割られて死んでたぞ!
だから言ったじゃん! 下手したら死人がでるって!
俺ちゃん弱いんだからあんまり無理させたら簡単に死ぬからな!?
あーもー……怖かったー。こんなこと二度とごめんだ。
今回はネフィー達が見てたから逃げるに逃げられなかったけど、そうじゃなかったら全力ダッシュして逃げてたわ。
そう言えば二人は、と思って振り返ると、ネフィー達の後ろに何かスゲェ美少女が居た。
輝く金色の髪。深みのある夕焼けのような赤い瞳。
まるで精巧な人形のように整った愛らしい顔立ち。
線が細く華奢で、見るだけで守りたくなるような女の子。
百人に聞いたら百人が美少女だと断言する程の美少女だ。
赤を基調とした豪華なドレスを来ている所を見るに、どこかの貴族令嬢と言ったところだろうか。
俺としてはネフィーの方が好みだけど。
「剣士様、お見事でした。どうかお名前を聞かせて頂けませんか?」
「俺はジェイドだが……あんたは?」
「失礼致しました。私はアルマディン・ルビーハート・コランダムと申します」
美少女はそう言って、スカートの端を摘んで軽くお辞儀をしてきた。
とても優雅な所作に思わず見とれてしまう……ようなことはなく、冷や汗がダラダラ出てきた。
おいおいおい。コランダムって言えばこの国の王族だよな?
やべぇ、俺めっちゃ失礼な態度取ったんだが。
これ不敬罪とか言われないよな? 大丈夫だよな?
内心でビビり散らかしている俺の手を取ると、お姫様は俺の手を両手で包み込んで微笑んだ。
「『
……うわあ。またなんか面倒事になる気がするんだが。
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