第8話【O&M】アイツが俺で、俺が……アイツ?

 とある高校の昼休み。

 渡り廊下で男子二人がジュース片手に語り合う。


「るーちゃん、大変だ。奥塚が可愛いすぎて、俺のナニがおさまらない」

三尾みおよ。股間を突き出して開口一番に下ネタを挟むとは恙無くお幸せで何よりだが、慎重に事を進めろよ。内部出力が標準装備で、外部入力は超特別仕様だぞ」

「んんん?」

「欲に任せて突っ込むんじゃねぇって話だ、ボケ」

「あー、ねー」

「病院送りにならねぇよう慎重に扱わねぇと、見ず知らずのイケダン医師にアイツのケツを晒すことになるぞ」

「それは……マズくね?」

「金持ち、ハンサム、包容力の三拍子揃った年上野郎だ。お前なんて呆気なく、ポイッ!」

「あっさり捨てられる運命、ってこと?」

「有り得ねぇ話じゃ―――そうか。恋愛の何たるかを解したばかりの奥塚に限って、その心配はねぇのか」

「むふふ、俺だけにゾッコンですからー♡」

「物は言いようだが、これを機に恋愛脳が覚醒しちまったら可能性は無いとは言い切れねぇよなぁ〜」

「へっ?」

「人間、どう転ぶか分かんねぇぞ?」

「それは……早いところモノにしとくに限る?」

「ヒトの話を聞きやがれ、せっかち野郎」

「この先どうなるか誰にも分からない。ならば、善は急げってヤツじゃん?」

「焦っても傷つけるだけだっつってんだろ。しかも、物理的にな。そういうのは、お互いの気持ちを大切にしてだな……っていう精神論を、ヤリもっくんに説くだけ無駄だったか」

「今は違います〜、一途を突き通してます〜」

「ヤりたくて堪んねぇなら同じだろうが」

「痛いところを突いてくるなんて、さすがね♡」

「お前の投げキッスは要らん。まぁ、この三ヶ月をキス止まりで抑えてるのは、ヤリたがり屋にしてみれば確かに目覚ましい進歩なんだろうな」

「ぐふっ! 改めて言わんで欲しかった……現実を直視したらサカリたくなるじゃんよ〜」

「これまでの手練れとは違い、向こうはなんだ。少しずつ慣らしていってやれよ」

「ならば、やり方を教えてください。るー先生♡」

「まさか、お前とこんな話をする日が来るとは……間違いなく、世も末だな」

「大予言はどうでもいいよ。で、で、で〜?」

「取り敢えず、お前のやり方でも教えとけ」

「思わず初対面の逆バージョンか。目茶苦茶叱られそうだけど想像したら……やべ〜、興奮してきたわ。昼休みも間もなく終わるのにマズイじゃん。るーちゃん、どうしよう!」

「知らんわ。そのまま授業を受けろや、アホたれ」


 ◆ ◆ ◆


 奥塚が、三尾の家に遊びに来た。

 というか、勉強会を口実に誘った、が正しい。

 一歩進むにはアウェーよりもホームにすべし。

 経験が物語るベストな判断。

 お家事情に合わせた時間配分。

 事後処理もスマートに決められる。

 先週末に片付けた部屋に落ちる塵は十くらい。

 やればできる子? の三尾。


 静まり返る室内にカリカリと筆記音が響く。

 新調した折り畳みテーブル一杯に広がる問題集。

 窮屈サイズを選んで正解、と三尾はほくそ笑む。

 チラリと視線を上げた先には奥塚の顔がある。

 親愛を超越した特別愛に目覚めた、その素顔が。

 野暮ったい伊達眼鏡を外し、伏せる切れ長の目。

 くるんと上がる長いまつ毛と泣きぼくろ。

 ツルンとした肌に集中すると僅かに開く薄い唇。

 モテ避けだというダサ眼鏡とモサ髪で己の美を秘匿し続けるこの端整な顔立ちが、この後に繰り出す〈ニギニギ大作戦〉でどれ程までに歪むのか。想像するだけで興奮は頂点に達し、奥塚の姿を視界に収めるだけで全てが限界の三尾の欲情は、ここで作戦実行へと舵取りを始める。


「奥塚サン、これってどう解くのか教えてちょ〜」

「開始十五分で質問とは、つまずくのが早くないか?」

「苦手科目だから仕方ないじゃん、しくよろ〜♪」

 向かい合う三尾が奥塚の隣りとへにじり寄る。

 それは密着と言ったほうが早い程に。

「何故、こちら側に……そして、近い……」

「逆さ文字だと見づらいじゃん、ふふん〜♪」

 三尾はご機嫌で筆記用具を持つ奥塚の手の甲に指をぴたっと触れさせ、甘えるようにスリスリと撫で始める。

「ならば……他人ヒトの顔ではなく問題を見てくれ」

 奥塚は呆れ顔でため息をつきながら反論する。

 だが、内心では動揺すまいと必死だ。

 そして、そこまでお見通しの三尾。

「見てるし聞いてるって。いつも通り、分かり易い解説をお願いしますよ―――奥塚センセ♡」

 語尾を強調するように耳元でそっと囁いてみる。

 当然、吐息多めの甘いやつで。

「ふぉ……待て、いま頬にむにゅっと当たった」

「むちゅっ? 気のせいじゃね? ちゅちゅっ」

 そんな筈はない、と逃げるようにそっぽを向く奥塚から見え隠れする耳と頬が一瞬にして赤くなる。

 ちょっと見た、奥さん?

 この純度の高さにムラムラしないヤツ、居る?

 居ないよねー。(三尾談)


「奥塚サン、ちゅーしていい?」

 三尾は改めて聞いてみる。

 嫌がることはしたくないのだ。

 建前上は。

「既にしてるじゃないか!」

「唇にはしてないじゃん、ダメ?」

「ぐぬぬ……ちゃんと、勉強をするんだろうな?」

 抗議しながらも受け入れ態勢は万全とは。

 実は期待していたのか、ムッツリさんめ。

 当然、三尾の興奮が爆上がる。

「その為に、勉強会のお誘いをした次第ですし」

 定期試験まで間があるこの時期。

 果たして何の勉強をするつもりなのか。

 予習復習を欠かさぬ奥塚にとっては習慣の一つだとしても、暇さえあれば遊びとバンド練習に明け暮れる三尾にとっては、勿論『保健体育』のお勉強に他ならない。

 そして、まんまと罠にハマった奥塚は渋々承諾してしまうのだ。

「い、一度だけだぞ……」

「くふふ、了解です〜」

 ほんのりとくれない色に染まる奥塚の両頬を包み、指先でひと擦り、ふた擦りすれば、ビクッと驚きながらも満更でもない上目遣い。

 それだけでもう、思春期真っ只中の男子高校生の理性なんてものは簡単に吹っ飛ぶってもんですよ。(三尾談)


「ん……んく、ちょっ……三尾、苦しぃ…」

 長いキスから離れようともがく奥塚をぐっと引き寄せ、うっかり開いたその口内に舌を入れてこれでもかと絡ませる。一度きり、との約束など守る気はサラサラない。が、言質を取られた以上は一回と思わせる仕様で三尾はとことん粘る。

 気付くと、根負けしてとろけている奥塚の姿がそこにあった。

 よっしゃ、今がチャンス!!

「奥塚、ここってツラかったりする?」

 足を崩してもじもじとする奥塚の下腹部へと手を添える。

「なっ、バカ触るな……やめ……んんぐふぅ…」

 驚いて逃げようとするも一歩遅し。

 バックハグついでに揉みしだく。

「もしかして俺のせい? だったら、ごめんな。お詫びにいま楽にさせるから、暫しその身を委ねてよ」

 後ろからそっと囁けば益々腰も砕けて好調な滑り出し。このまま幾ばくか弄んだ後、我が物とふたつ纏めて互いに昇りつめて助言のクリアを目指す。

 先ずは、反抗する気力も失せた様子でなされるがままの奥塚を抱え込みベルトを外して制服を緩める。ついでにパンツもろともずらして窮屈さから解放。すると羞恥心が蘇ったか突如として抗う奥塚の腰が不意に浮き、うまい具合に膝まで脱げてしまうという、モロ見えのラッキーすけべも到来。これ以上逃げないように脚を絡め、両手で先端と根元を包み込む。きゅっと握る度にたぎる様が伝わり、三尾の期待以外もじわじわと膨らんでくる。

 さて、ここからは言葉でも攻めていこう。


「あのさ、自分とは違うやり方を知るっていうのも新鮮で、たまには良くね? 俺としてはここをこうするのとかスゲー好きなんだけど、どうよ……痛くない?」

「うぅ……んんふ……」

 悶えながらも必死に声を押し殺す奥塚。

 艶めかしい様がめちゃめちゃエロく写る。

 抗っていた左手はワイシャツを脱いだ三尾のTシャツの裾を掴み、右手は自然と後頭部に伸びてきて動きが激しくなるに連れて荒い息遣いとともにその指先が首裏へと滑り落ちてくる。

「ヤベェ、奥塚ってば超可愛い―――」

 俯く耳元に呟こうとした、ちょうどその時。

 ぞわわわーーーっ!

 三尾に電撃が走る。

 ふと気付けば完全にキマる、三尾の三尾。

「??」

 謎の現象に戸惑いながらも動きを緩めず進めると、我慢の限界に達しそうな奥塚の左手が無意識に腰周りから三尾の太ももに移動。崩れ落ちそうな身体を何とか保とうと必死に掴みまさぐるその指の動きに三尾の息がひゅっと止まる。

 いつしか奥塚はフィニッシュ。

「ああぁ……座布団を、汚した……かも…」

 掠れる声で詫びを入れてぐったりと脱力する奥塚の身を起こし、三尾はティッシュを当てて後始末をする。

すんでのところで受け止めたから全然セーフ。濡れタオルを作ってくるから、ベッドに凭れて待ってて」

 三尾はベッドに放りっぱなしのパーカーを膝元に掛けてやり、完全なる臨戦態勢に入ったシモジモを落ち着かせるためにも急ぎ洗面所へと向かった。


「逃さずキャッチとは、我ながら素晴らしい反応」

 握りしめた片手を開き、じっと見つめた後に洗い流す。何故か募るMOTTAINAI感。意味不明。

「それにしても、あれは何だったんだ?」

 綺麗になった両手をタオルで拭い、奥塚が触れた箇所をなぞる。太腿もうなじも特に変化なし。

「触り方の違いかねー?」

 ならば、と奥塚の指の動きを思い出し反芻する。

 うなじに触れた刹那、背筋に迸る強烈な感覚。

 太ももで蠢く指先が腹の奥の方に残す、何か。

 だけに留まらず、初対面で強引に自○を手伝わせた左手親指にポツンと落ちるほくろがまざまざと脳内再生され始め―――。

 ぶわわわーーーっ!!!

 再び体温が急上昇し、身体の火照りがぶり返す。

「あ? え? う、嘘……じゃん……」

 何が起きたのか把握できぬ本人をよそに、帰宅して穿き替えたスウェットの股下には何某かがじわりと滲みるのを肌で感じるのだった。

「う……えぇぇぇ~〜っ!!!」


 ◆ ◆ ◆


 とある日の放課後。

 他クラスの生徒の元へと向かう男子が一人。

「るーちゃん、バックハグする俺のうなじをさすってくんない?」

 漫画雑誌に熱中する生徒が『おう』と生返事をして顔を肩口に乗せる三尾の首筋へと腕を伸ばす。

「むぅ……ついでに太ももとかも触ってみて」

 後に続く『先輩カレシに甘えるみたいにちょっとエロい感じで』との要求を怪訝に思うも、誌面から目を離すことなく言われるがままに従う。

「んー、何か違うんだよなー……」

 その台詞を耳にして漸く何かに気付いた生徒は、ニンマリとほくそ笑んで三尾にくるりと向き直る。

「三尾。その疑問に答えるとともに、今後の心構えを伝授してやる。これは二人の問題だ。奥塚も連れてこい。絶対に揃って来いよ、絶対にだぞ!」

 生徒はそう伝えると、ふたりのごく近い未来に役立つありとあらゆる知識をどこから話そうかと頭を巡らし、同時に新たな世界への一歩を踏み出そうとしている三尾の慌てふためく顔をいまか今かと楽しみに待ちわびるのだった。













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