第6話【H&K】小説でもあのフレーズを使いたい!
※文中における英文の誤訳は何卒ご容赦ください
◆ ◆ ◆
例年にない寒波の居座りにより、四月に入って漸く芽吹く草花たち。かといえば、急激な気温上昇でこの街の桜も一気に咲き誇る。
「歩いたら、思った以上に暑い! まだ、ゴールデンウィーク前だよな?」
だから、そんなに着込むなと言ったのに。
言う事を聞かないのは誰なのか。
互いの就業時間を考慮して隣街の花見スポットに出掛けたは良いが、前日との気温差を見誤ったきみは気怠そうにシャツをパタパタと扇いで服の隙間に空気を送る。
「上着を持ってるのは面倒くさいから、シャツを脱いで腰に巻くか。荷物、お願いしていいかな?」
ボディバッグと薄手のアウターを手渡すと、長い指が格子柄のカジュアルシャツのボタンを一つひとつ外していく。
「はー、涼しい!」
テニスで鍛えられた胸筋を張ってガバっとシャツを開く様が少年っぽく、思わず吹き出してしまう。
「何も笑わなくても……あ、言うなよ、絶対に!」
それは無理な話だ。きみにとって地雷であるこの言葉を、この瞬間で出さずにいられるわけがない。
かわいい―――とね。
「それは、嬉しくないって言ってるだろ!」
シャツを腰に巻きながら抗議するその必死な顔も、全てが愛おしくてたまらない。
これは、あの春には考えもしなかった想いだ。
それを感じ取ったか、きみがふと呟く。
「俺達が出会った春も、こんな感じだったよな」
ほぅ、憶えていたとは、感心、感心。
「当然!……と言いたいところだけど、思い出しただけ。ドン底に落とされた上にいつまで経っても春が来やしない、そのクセ置いてきぼりにするみたいに途端に暑くなる……ってさ」
確かに、あの頃のきみは周囲が心配するほどに荒んでいた。
「でも、そのお陰でどこぞの世話焼きに救われて今が有るから、あれは必然だったと思ってるよ」
ニカッと無邪気に笑って忖度なしの言葉を素直に口にするきみの存在が、この僕の未来をも変えるなどとは予想だにしなかった。
縁とは実に不思議なものだ。
などとしみじみ感じ入る傍らで何かに気付いたようにきみは僕の肩を叩き、興奮気味に喋りだす。
「なぁ……あれってピザ玉の屋台だよな。嘘、こんなところに有った。これは、マサトさんに教えなきゃだ! スマホ、スマホ……っとと、しまった!」
とある失言に慌てて口を噤むも、時、既に遅し。
ここにきて、性懲りもなくその名を出すのか。
きみという奴は。
「違うって! 滅多にお目にかかれない屋台だから、何処かで見つけたら情報をくれと言われてて。先輩の頼みだし、他意は無いって!」
当然だ。有ったらヤツの首をどうにかしながら糾弾するのみだ。
「なぁ……試しに食べてみても良いかな?」
きみに上目遣いでお願いされて断る理由がどこに有るというのか。教えてくれ給えよ、青年。
小高い丘の中腹でベンチに腰掛ける。
ピザ玉とは、洋風お好み焼きと言うべきか?
野菜とチーズを挟んだ生地がケチャップソースで味付けされていて……これ、美味しいじゃないか。
朝食を摂ったこともあり、ひとパックを分け合い食べ進めると頬張ったきみの口の周りにソースがペトリとくっついた。
「やべっ! ティッシュ、ティッシュ」
ひと拭きしたが取り損ねた赤い点を、きみのあご付近に発見。どうやら、当人は気付かぬ様子。
時刻は午前九時を過ぎた頃。
平日の早々に来る花見客など皆無に等しく、稀に何処からか女性同士の声が聞こえるくらい。
伝えるべきが否か。
否ならば、行動に移すべきか否か。
答えは一択。
きみの片頬を支え、ペロリと舐めて赤点を消す。
背後から丘を降りてきたらしき女性達の声が、一瞬止む。
「A dirt came off. You are careful, and eat.
(汚れ、落ちたよ。気を付けて食べなさい)」
女子二人組が会話を再開して通り過ぎていく。
口内に僅かに残るソースの余韻に浸りながら彼女達を見送ると、何を思ったのか、残りのピザ玉を急ぎかっ込み、きみがボソリと呟く。
「俺、帰る」
まだ半分しか歩き回っていないのに、何故?
空き皿を捨てて駐車場の有る丘の上へと向かうきみを慌てて追いかける。
何度声をかけても取り付く島もなく、無言。
とうとう、我らの車まで到着してしまった。
とにかく謝る。
怒りの原因は一つしかないから。
公共の場でするべき行動ではなかった。
「俺、あなたのそういうところ………嫌い」
か細い語尾できみはそう言い捨てて後部座席に座り、ドアを締め切ると内側から施錠してしまった。
ただただ、呆然と、いや、愕然とする。
嫌い―――と、言ったか?
何ということだ。
付き合い始めて約二年。
互いにべた惚れだと自信をもっていた。
なのに、初めて聞いたきみからの拒絶。
自惚れていたのは自分だけなのか。
ショックが大き過ぎて、頭がまわらない。
「ごめん……二度としない。だから開けてよ、頼むから」
コンコンと、どれだけ窓を叩いても、なしの礫。
誠意が伝わるようにと祈り、必死に声をかける。
「許せるわけがない……あなたは、いつもそうだ」
窓越しにくぐもる声だけが耳に届く。
このままでは埒が明かない。
仕方なくスペアキーで解錠する。
プイッとそっぽを向いて悄気げる隣りに座り、改めて許しを乞うと、漸くきみが苦しげに口を開く。
「俺だって……外でイチャつきたいのを必死で我慢してるんだぞ。なのに、あなたってば、その欧州人75%の容姿をフル活用して、さっきみたいなことして……一人だけズルいじゃないかっ!」
「え……あの……うん……ごめん?」
そう答えたものの、改めて頭の中で反芻すると。
あら、まあ、そういう事なのか。
「ぷっ、ふふ……くふふ」
これは、笑うしかないだろう?
「俺が腹立ててるのを知ってて、笑うかな?」
「うんうん、そうだよね。どうしたら機嫌を直してくれるのかな」
「むぅ……家に帰ったら、覚悟しろよ。出勤時間まで離さないからな、絶対に!」
それは、大変だ。
今ここを出発すれば、三十分程で帰宅できる。
それから夕方までつきっきりとは。
「でも、その前にお仕置きだ」
きみの大きな手のひらが両頬をしっかりと包み、ぐぐっと唇が押し付けられる。
その行為がまた微笑ましくて口元を緩めれば、意固地になるように更に深く深く求めてくるから。
きみが愛おし過ぎて、僕のほうが離せないよ。
「だから、笑うなってば」
「それは無理だね。あと、これ以上も、無理」
「同感です………………急いで、帰ろうっっ!」
このあと帰っていっぱいえちえちした。
↑ ↑
(良く有るフレーズ、使いたかっただけの巻!)
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