第5話

 相手が親切に受け入れてくれるのに付け込んで、自分の愚痴ばかり聞かせる女。嫌われて当然。もし好かれているなんて考えていたのなら、思い上がりにもほどがある。


 自分の思考に打ちのめされて悲しくなり、涙が滲み出てくる。


 重い足取りでトボトボと、自宅アパートへと歩く。ふらふら、ふらふら。今にも風に吹かれて飛ばされそうな心もとない。ああ、夕ご飯どうしようか。考えてないや。スーパーに買いに戻るのも面倒。まあ、どうでもいいか。


 頼りなく、アパートの赤錆びた階段を上がる。踏み出すごとにカツン、カツンと金属音が冷たく辺りに響く。部屋に入るために鍵を出そうとするけど、バッグの奥に入ってしまったのか、なかなか見つからない。ああ、もう、こんなときに限って。イライラしながら、手探りでバッグの中を乱暴に探る。


「あの……」


 ふと、男の人に声をかけられた。私は手を止めて軽くそちらを見る。


「智さん、ですよね?」


 名前を呼ばれて、警戒しながらもまじまじと男の人の顔を見る。可愛いらしい顔つきで人懐っこく見える。学生。二十歳くらいか。あまり他の部屋の住人との交流は無いけれど、近所で彼の顔を見た記憶はない。


 不審者かと身構えつつ、私の中にはもう一つの感情がふつふつと湧き上がってくる。その環状に塗りつぶされて、不審者に対しての怯えだとか恐れだとかいった感情はちっともなかった。


「あ、あの、俺……」

「どうして……」


 どうしてnaoからのメッセージが帰ってこなくて悲しんでいるときに限って、神様は不審者なんてよこすの。何かの試練? それとも、不審者で悲しみなんて忘れてしまえってことか? 親しい友人を失ったときくらい、独りで悲しませてよっ。


「運命なんて……馬鹿っ」


 言い終わるのが早いか、私は持っていたバッグを不審者に向かって思い切り勢いをつけてフルスイングした。


「うおわぁっ」


 なんとか躱しながらも体勢を崩した不審者は、情けない声とともに床にしたたか尻餅をついた。運のいいヤツ。


「ま、待ってくださいっ」


 待たない。不審者の命乞いを無視し、私は今度こそ一撃を食らわせるために、バッグを頭上に振りかぶる。


「俺ですっ。naoですっ」


 へ? 今、なんて?


 不審者の咄嗟の一言に、バッグを振り下ろそうとしていた腕を無理やり方向転換した私は、バランスを取り切れずによろめいて、ずっこけるようなポーズでなんとか彼への一撃を思いとどまった。


 顔の前で腕を交差させて、頭を守ろうとしながらうずくまる彼は怯えながら、ぎこちない笑顔でこちらを見ていた。

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