第3話

 彼もしくは彼女とは、ひと月前くらいにSNSで出会った。SNS上での名前はnao。SNSの誰でも見れる場所にnaoが公開していた写真。それに私がコメントをすると、すぐに返信をしてくれて、そこからなんとなく気があって今では頻繁にメッセージを交換している。


 naoは自転車で日本一周の旅をしているらしく、先程のように私が『いまどこにいますか?』とメッセージを送ると、いつもその先々での景色や料理といったnaoの撮影した写真を見せてくれる。


 ネットワーク越しのやり取りだけで教えてくれないので、naoが男性か女性か、歳上か歳下かも全く知らない。


 素性は分からないけど、恐らく、今の私にとって唯一の友人と呼べる存在。相手がどう思っているのかはわからないが、私はそう思っている。


『とても綺麗な場所ですね。料理も美味しそう。私も行ってみたいです』

『ありがとうございます。一緒にどうですか? 自分のおすすめの場所に案内しますよ』

『行きたいのは山々なんですけど、仕事があるので。長い休みを取るのも難しいです』

『そっか、残念です。お仕事大変そうですね』

『大変ですよー。今日だって……』


 そこから、naoの送ってくれた綺麗な写真が霞んでしまうように私の愚痴が続く。いつものことだ。会社や同僚。家族や自分の境遇への文句。聞くに堪えない、顔が見える相手には絶対に見せられない、私の暗い一面。


 naoは聞きたくないだろうし、旅先の思い出に泥を塗るような行為だって分かっているのに、私は愚痴を止められない。唯一の友人が受け止めてくれるのを良いことに甘えてしまう。


 電車が自宅近くの駅に近づいていることを伝えるアナウンスで、私ははっと我に返った。自分のしでかした行動に自己嫌悪を抱きながらも、どうにか体面を取り繕う。


『長々とごめんなさい。私のことばっかり。しかも、いつも嫌な話。聞きたくなかったですよね。ごめんなさい』

『いえ、自分で良かったらいくらでも。智さんと話すのは楽しいです』


 嬉しいことを言ってくれる人。naoの優しさに胸の奥が暖かくなるのと苦しくなるのを同時に感じながら、スマートフォンを胸に抱えて、口には出さずに「ごめんね」と呟いた。

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