第2話

 電車は仕事帰りの乗客と、これから夜の街に繰り出すらしき乗客で混み合っていた。席は埋まっていて座れないので、開いているスペースを探して壁に背を預ける。仕事モードの幻も徐々に解けてしまい、疲れがどっとのしかかってくる。


 一息ついてから、スマートフォンを確認する。


 通知は一件もなし。学生時代は何かと忙しく友人からのメッセージやメールが届いていたけど、もうそれすら届かなくなって久しい。


 学生時代は自分も相手も暇な時間が多く、受講する講義を知っていれば大体の予定も分かっていたので、連絡も取りやすかった。でも、社会人になると相手の予定は分からず、共通の講義やキャンパスで顔を合わすこともない。


 もしメッセージを送るタイミングが悪くて、友人を怒らせてしまったらどうしようと考えると連絡するのを躊躇してしまい、また新社会の忙しさにかまけて連絡をしないうちに、友人とは疎遠になっていった。今では私に連絡をくれるような友人は一人もいない。


 学生時代ってのは恵まれた環境だったんだなと、今更ながらに痛感してため息を吐いた。


 メッセージアプリには『いま、どこにいますか?』という言葉が送信されないままになっていた。少し考えてから、そういえば朝に送りそびれていたな。と、思い出した。


 この時間なら大丈夫か。群青色に染まりつつ有る空を窓越しに眺めながら、私は送信ボタンを押した。


 数秒後には既読マークが付き、更に数秒待つと何枚かの写真が表示された。


 緑豊かな湖に陽光が反射して燦めいている写真。商店街らしきアーケード街の白い柱に、カラフルな花飾りがぶら下がった写真。あまりキレイではない古ぼけた木目のテーブルと、味噌色のお鍋に平べったい麺の入った料理の写真。有名なお店なんだろうか? そして、最後に都会では見られない沢山の星が輝く夜空の写真が送られてきた。


 その写真に、私は顔を綻ばせながら目を細めて思いを馳せる。この場所はどんな空気で、どんな匂いがして、どんな音が聞こえるんだろうか? 自分だったらその場所でどう過ごすだろうか? この料理はどんな味がするんだろう? 


 ――現実逃避。


 そして少ししてから、自分にはその場所に一緒に行ってくれる相手もいないし、一人旅をするような勇気もないことを思い出して、寂しさから背中が小さく粟立つ。


 自由にいろいろな場所に行けるあなたが羨ましい。

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