私とnaoと安定と

師走 こなゆき

第1話

『いま、どこにいますか?』


 メッセージアプリで打ち込んでから、スマートフォンの時間表示が目に入って送信するのを躊躇った。朝の七時四十五分。流石に早すぎるか。


 相手への迷惑を考えて、送信せずにスマートフォンを通勤バッグに仕舞い会社へと向かう。


 川脇かわわきさと。二十七歳。大学を卒業してから五年。転職は一回。前の職場は私のミスで同僚に迷惑をかけて辞めた。同僚は一度のミスくらいと庇ってくれたり慰めたりしてくれたけど、それが余計に居た堪れなかった。


 今は事務方メインの営業職。昔からサトはもっと愛想よくしたら可愛いのにとほうぼうから言われており、自分は陰気だとも自負してきたので外回りは得意じゃないけど、営業先は入社以前からのお得意様ばかりなので、最低限の営業スマイルでどうにかなっている。


 働くのは嫌いじゃない。仕事に熱中するほど好きでもないけれど、働かないのは自分が社会のレールから外れて、世間一般からのあぶれ者になってしまう気がして落ち着かない。安定していないと不安になる。


 安定というのは、私にとってとても重要な事項だ。最重要といっても過言じゃない。家電が故障したりして大きい買い物をすると銀行預金が減ってイライラしてしまうし、通勤電車が遅れたりすると、始業に間に合いそうであっても、いつ遅刻の連絡を入れるべきかと不安に苛まれる。


 前の会社を辞めての失業期間なんて、周りは仕事をしているのに、自分は社会活動に参加していない落伍者だと思い込んで毎日が不安だった。失業保険で収入は平気だったのに、軽い不眠症にもなった。


 仕事を辞めて、またあの生活に戻るなんて考えたくもない。


 仕事を終えると、人当たりの良い自分を演じてへとへとになる。同僚の人たちはこの後に飲み会だとか合コンだとかに駆り出すらしいけど、どうしてそんな元気が残っているのかが分からない。仕事の上手な手の抜き方でもあるんだろうか。


 陰気な私は誰にも誘われないし、万が一誘われても何かと言い訳を付けて断り、相手に気を使わせるだけなので、誰とも目が合わないうちに「お疲れ様です」と小声で言って、そそくさと退社する。

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