私
もう疲れた。早く死にたい。
余計な思考を削ぎ落としていくと、本当に何も頭に浮かんでこなくなることに、改めて気づく。
きっとこのまま何も考えられなくなって、自然と朽ちていくんだろう。
うーん。それでも全然いいのだけれど、私は最後にもう少しだけ贅沢してもいいんじゃないかと思い直してみる。
そうだ。
空を眺めるなんてどうだろう。
それならこのまま首を上にあげて、瞳を開くだけで出来そうだ。
それに、どうやら今夜は月夜だということを、閉じた瞳にうっすらと入ってくる明るさから読み取れる。
…今まで、散々なものをこの目に焼き付けてきた。
その光景は、もう思い出したくもない。
事ここに至っては、もはや必要もないものだろう。
空はいい。
青空でも夜空でもそれぞれに良さがある。
青空は心を晴れやかにしてくれるし、夜空は心を落ち着かせてくれる。
自分というものの最後として、そういった気持ちで迎えるくらいには、きっと赦されるだろう。
私は動かすことを忘れかけていた身体に、再び命令をする。
しかし、そうしたことで目の前に飛び込んで来たものに、私はとても驚いてしまった。
見上げた先には、見知らぬ裸の男。
そして何故かその男は、こちらを見つめて立ち尽くしているようだった。
というか、こいつはなぜ裸なのか。
状況がまったく理解できない。
とにかく私は、この不快な生物を一刻も早く排除しなければと思考が働いたようで、無意識に行動に移していた。
その場に立ち上がった私は、小さく呟く。
「…これじゃ死ねない」
「えっ?何かおっしゃいました?」
男が動揺した様子で話しかけてくる。
「……」
せっかく綺麗なものを目に焼き付けたかったのに、この男のせいで全て台無しだった。
きっと、私はとても苛ついていたのだと思う。
「へっ?」
気がつくと私は、怒りそのままにその男を殴りとばしていた。
男は豪快な音と共に、ぐるぐると回転しながら宙に舞う。
勢いが強すぎたのか、着地してもさらに後ろへと滑っていった男は、ちょうど入り口の扉に衝突したことで、ようやく止まったようだった。
「あっ…」
完全に無意識でやってしまったものだから、手加減などできるはずがなかった。
でも、あんなに派手に飛んでいくなんて。
なんだか面白い。
自分の右手を見つめてみる。
まだこんなに力が残っていたことに、素直に驚きがあった。
まあやってしまったことはしょうがない。
取り敢えず、死なないようにだけしとけばいいか。
どうせ、それからの事など私の知ったことではない。
そう考えることにし、改めて本来の目的を果たすことにした。
私は、天井の隙間から夜空を見上げる。
夜空に浮かぶ、数え切れない程の星達。
その中にぽつんと浮かんでいる月。
「…綺麗」
これで何も思い残すことはない。
どうか安らかに、眠れますように。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます