決意

教会の外には、広大な森林地帯が広がっていた。


ここに来るまでで何となく分かっていた事ではあったが、確認の為に教会の屋根上に登った事で、改めてその事実を認識することが出来た。


しかしこれだけ広大な森林地帯だ。

恐らくここで焦って闇雲に動いても、いい結果には繋がらないだろう。

そう考え、諦めて森の中を散策する事にした。


そして現在。

俺は果敢に木登りに挑戦している真っ最中なのであった。


「よしっ!これなら……よっしゃ取れた!」


なんとか紫色の星形の果実を手に入れ、とりあえず一安心する。

そのままさっそくとばかりに、取ったばかりの実にかぶりついてみた。


「うえ…にがっ…。最初は甘かったのに…」


まあ贅沢を言っていられる状況ではない。

味はともかく、少しでも栄養をつける事が先決だ。

この調子で近くになっている果実も物色することにしよう。


また、ずっと気がかりであった全裸の問題も、散策中に見つけた草木を利用することで大事なところだけは隠すことも出来た。

今は最低限だが、徐々に覆う部分を増やしていけばいいだろう。

とりあえず、これだけでもあるとないでは大違いだ。


今はこうやって着実に一歩一歩進めていく事で、良い方向に向かっていることを信じたかった。


しかしそうとはいえ、やはり問題もある。

それというのも朝の出来事だ。

さてどうしたものかと、そのことについて思い返していた。


〜~


顔に止まっていた小鳥の足踏みで意識を取り戻す。

すぐにあたりが明るくなっていることに気づく。どうやら夜が明けたようだ。


早く起きなければと横になった身体を動かそうとしたその時、強烈な違和感が身体を襲う。

記憶ではたしかチンピラにやられた上、トドメとばかりに彼女にもやられ、身体はボロボロだったはずだ。


しかし自分の身体を見渡してみても、傷や痛みなどが一切残っていない。

なぜかと考えてみれば、思い当たる節が一つだけあった。

何を隠そう、昨夜渾身の右ストレートを頂いた彼女である。


もしかしたら彼女が傷を治してくれたのではないか。

ここは異世界な訳だし、回復呪文とかあっても不思議じゃないのかもしれない。

まあそれについては、今考えても仕方がない事である為、ひとまず置いておくことにする。


それにしても彼女の様子から、誰にも邪魔をされたくない安寧の地に、俺という存在が土足で潜り込んでしまった可能性があった。

それにより、機嫌を損ねた彼女がここを出ていってしまったことも大いにあり得る。

そう考え、俺は昨夜彼女がいた場所に改めて視線を向けてみた。


そこには依然として体育座りをし、顔を埋めるようにした彼女がいた。

そんな姿に、少し安心してしまう自分がいる。


では、気を取り直して昨夜のことを一言彼女に謝らなくてはと思い立った所で、近くに置いてあったアインの手紙の横に、新たな手紙が添えられていることに気づく。

中身を読んでみると、簡潔に書かれた一文に目がいった。


『私に関わるな。目が覚めたらすぐに消えて』


歳の割に達筆な字だと関心する。

それにしても、どうしたものかと溜息をついてしまう俺だった。


〜~


あれから彼女の手紙の内容について何度も考えてみた。

しかし、やはり彼女が書き記した内容を守るつもりはないというのが結論だ。


昨夜、彼女を相当怒らせてしまったのは、流石に理解している。

なにせ全裸の不審者が突然目の前に現れたのだから、当たり前だろう。

しかしそれとは別に、彼女の様子に関してどうしても目を引いたことがあった。


彼女の顔はとても青白く、健康的とは程遠い様子だった。


整った顔立ちは必要以上に痩せこけており、せっかくの小顔が台無しになってしまっていた。

また、服の上からでも一目瞭然といった具合に、身体の方も痩せ細ってしまっていたのだった。


そんな彼女に対して、俺がこれからやろうとしていることは完全な自己満足なのだろう。

彼女にとってはきっと、傍迷惑な行為でしかないに決まっている。


しかし、それでも。

放っておく気にはなれない。


その後も森の中での散策を続け、まとまった量の食料を確保できた俺は、再びあの場所に戻ることにした。

途中、迷わないように目印をつけてきてきた事で、問題なく教会まで戻ることができたのは幸いだ。


教会の中に入ると、案の定彼女は例の格好のまま微動だにしていないようだった。

そんな時ふと、トイレはどうしているのかと頭によぎる。


いかん!レディ相手になんて失礼な考えをしているんだ!

こんな時でも不浄の塊みたいな自分を、内心でタコ殴りにして悔い改める。

神よ、赦してください。


…いや、ふざけている場合ではない。

問題はここからだった。


正直に懺悔する。

前世から俺という人間は、どうにも人とのコミュニケーションは苦手である。

特にこのような特殊な状況下において、彼女になんて声をかけたらいいのかなど想像がつくはずもない。

よってこうなったら事前に作戦など建てず、当たって砕けろの気持ちで突撃することにした。


「…た、ただいま〜!いやー、外天気いいね!雲一つない絶好の青空だね!君も見上げてみたらいい!」


「…」


「あっ、お腹空いてない?実は食べられそうなものいくつか見繕ってきたから、一緒に……いや、適当に置いとくから食べてね」


「…」


「…そ、それにしても昨日は、非常にお見苦しい所をお見せしてほんとごめんね!そりゃ殴るよね!ははは。あっ、ちゃんと外行って服も装備してきたし、もうこっちみても大丈夫だから!まだジャングルの王者みたいな格好なのは勘弁してな」


「…」


「そういや、ケガなんかも治してくれたの、君なのかな…なんて…」


「………」


こちらから一方的に話かけているだけで、会話のかの字も成り立っていない。

会話がキャッチボールだとしたら、一方的に暴投を投げ続けているようなものだ。

もう諦めてもいいよね?と俺の中のなにかが全力で叫んでいる。


それにしても、彼女は全くもって反応する様子がない。

要するに非常に気まずい状態だった。


もしかしたら、こちらの声が聴こえてない可能性もあることを考えた俺は、少しづつ距離を詰めていく作戦に出ることにした。


しかし、彼女まで1メートル程近づいた時のことだった。

突然身体がなにかに遮られ、それ以上進めなくなる。


「あれっ?」


間抜けな声が出てしまう。

なんだ。限りなく透明に近いガラス?

はたまた俺の目が腐っている?

いや、それは元々か。やかましいわ。


などと、頭の悪い問答をしていた俺は、改めて確認する為にもう一度試してみることにした。

やはり透明であるが、確実に何かが手に当たる感触を感じる。

しかし、荷重をかけたり叩いたりなどしても、その地点からわずかな波動が円状に拡がるだけでびくともしなかった。


…とまあここまでで、なんとなく思い描いていた予想が現実のものではないかと実感してしまった俺であった。

そして、そこからは止められるはずもなかった。


「ひゃっほい!!ひょっとしなくてもこれってバリアなのでは!?異世界すげー!えっ、物理法則とか無視なの!?」


思わず本音全開で声を張り上げてしまう。

でもこれはさすがに許してほしい。

だってバリアだ。

男のロマンしか詰まっていないと言っても過言ではない。


そんな時、ある異変に気づいた。

この寒気が身体中を巡る感覚は覚えがある。


そう、あれは若かりし頃。

学校でクラスの女子たちにオタクだとバレてしまい、クラス内カースト制度のぶっちぎり最下位に転落してしまった。

それからは、そこにいるのにいないものかのように扱われ、時折俺に向けられる視線といえば、絶対零度のそれであった。


ああ、思い出すだけで泣きたくなる。

できればすぐにでも忘れたい。


そんなことを思い出していたら、やはり悪い予感は的中していたようだった。

彼女は地面に向けて顔を突っ伏すようにしていたはずだが、いつの間にか顔を上げてこちらに視線を向けている。


「……」


その表情は、一見するとなにも感情が伺えない。

しかし、恐らくマイナスの感情を多分に含んでいると想像できた。


「騒いでごめんなさい」


即座に頭を下げて謝罪する。

悪いことをしたら謝るのは基本だ。


その後の彼女といえば、しばらくこちらをじーっと見つめていたが、結局なにも言葉も発さずに元の格好に戻ってしまった。

正直少しでも反応してくれればと期待もあったが、そう都合よくは事が運ばなかったようだ。


しかし今回の事で、声は届くことがわかった。

その事だけでも大きな収穫だと思うことにする。


さて、ではどうすれば彼女が食べ物に手を付けてくれるのか。

気持ちの問題が大きく関係していそうだし、一筋縄ではいかないだろう。


だが、やれるだけのことはやってみようと、改めて決意する俺であった。

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