出逢い
ようやく意識を取り戻した俺を迎えてくれたのは、日も落ちかけた夕暮れ空だった。
仰向けになって見上げる空は、何処までもオレンジ色で続いており、向こうの世界となんら変わらないものに思えた。
そんな光景になんとも言えない郷愁を覚える。
「もう夕方か…イテテっ」
身体の節々に痛みを感じる。
かなり手痛くやられてしまった。
途中、一方的に殴られたり蹴られたりした記憶は所々あるものの、はっきりとは覚えていない。
最終的にはやはり気を失ってしまったのだろう。
いつまでもこのままでいても仕方ないと諦め、痛みに抗うようにゆっくりと上半身を起こしてみる。
しかし、やたらと身体が冷えきっている感覚があった。
日が暮れてきたこともあるし、そのせいかもしれない。
そんな事を思い浮かべつつ、身体を起こすことでその驚くべき事実を目の当たりにすることになった。
「うん。俺ってばまた全裸だもんね!そりゃ寒いに決まってる!」
シーンと辺りが静まりかえった中、自分の声のみが虚しく響く。
空元気でも出さなきゃやってられない気分だった。
それにしても、俺の着ていた服に盗む価値などあるのだろうか。
あれは城で頂いた平民仕様のものであり、決してあの時のクソ苛つく貴族が着ていた高価なものとは比較にならない。
まあただの嫌がらせの可能性もある。
あまり深くは考えないようにしておこう。
改めてやっとの思いで身体を起こし、周囲に視線を向ける。
そこで、ずっと腰脇にぶら下げていた小袋を発見した。
何気なく中身を見てみると、やはりといった具合にアインから借りていた大事なお金が消えていた。
あんな分かりやすい悪人どもなら盗むのも当然かと諦めていると、ご丁寧にアインの手紙だけは残してある。
これは不幸中の幸いといったところだろう。
そういえば、向こうの世界で財布を無くした時に、お金のみ抜かれて捨てられていたのを思い出した。
どこの世界でも同じような事を考える奴はいるようだ。
とまあそんなことより何より、服は置いとけよと強く思うがな。
さて、このままここにいても何も始まらない。
身体の痛みに耐えながらでも、この夜を凌げる場所を探さなくてはと、のそのそと歩き始めた俺だった。
〜
あれからどれだけ歩いたのだろう。
全裸という事もあり、さすがに街中に戻る気にはなれなかった俺は、スラム街を抜け草木が生い茂る森の中を歩いていた。
辺りを見渡してみると、日もすっかりと落ち暗くなってきたのがわかる。
そんなほぼ暗闇に近い森の中を、木々の間から射し込む僅かな月光のみを頼りにし、かろうじて歩を進めている状態だった。
当然のように身体中の痛みはもちろん、疲労がピークに近づいている。
出来る事なら今すぐここで横になりたい。
しかしそんなことをすれば、きっと「もう疲れたよ…」と無意識に呟き、そのまま天使たちに連れられて天に召されてしまうに違いない。
もう少しだけ頑張ってみようと心に決め、夜の森の中を歩み続けることにした。
そしてさらに暫く歩き続けた後の事。
それまでの鬱蒼とした草木ばかりの景色から、一変して広場のような場所に出る。
「…あ」
思わず声が漏れてしまう。
そこには十字架が掲げられている教会らしき建物がポツンとあった。
その建物は、見たところ屋根や壁などに穴が空いたりと、朽ちている部分も多かった。
既に使われなくなって久しいのかもしれない。
体力的にも既に限界を越えていた俺は、早々とそこで一夜を凌ぐことに決める。
もしかすると野盗などが根城にしていて、危険である可能性も頭によぎったが、この状況ではどちらにしても仕方がないと思い直した。
入口に近づくと、俺の身の丈より少し高いくらいの木製の扉がある。
既に片方が無くなっているようで、そこから簡単に中に入ることができた。
慎重に足を踏み入れ中を見渡してみると、正面の通路を挟んで左右には、木製でできた横に長いベンチが、列を成して備え付けられていた。
いかにも教会のそれといった様子だ。
奥の方に目をやると、そこには壁一面にステンドガラスが張り巡らされていた。
また、天井の所々にある朽ちて穴の空いた箇所からは、月光が差し込んでいる。
それにより、自然と教会内の至る所がライトアップされることで、より幻想的な景色を醸し出していた。
また、奥にあるステンドガラスには絵画が描かれており、人はもちろん、天使や悪魔といった異世界ならではの登場人物たちが、争っているかのような様相を呈していた。
ここが異世界であることを考えると、こういった空想上のキャラクターが実在し、実際に大暴れしている…。
なんていう可能性もあるわけだ。
出来ればそういったものとはお近づきになりたくはない。
そんな事を考えながら、見上げるようにしていた視線を改めて下に向けてみる。
そこには一際大きく空いた天井の丸穴から、月明かりが差し込んでいた。
問題なのは、その月明かりに照らされるようにして、明らかにそこに人がいるということだった。
「おいおいマジかよ…」
俺はどうやら先客がいるようだと理解し、頭が痛くなる思いでそう呟く。
体力、気力的にも限界に近い現在において、
ここから他の場所に移動するというのは、どう考えても現実的ではない。
そう結論づけた結果、諦めてあそこにいる人との交渉に臨もうと決心し、ゆっくりと歩き出した。
自分の踏みしめる足音のみが、カツカツと教会内に響き渡る。
この空間がいかに静寂に包まれているかを実感する。
そこにいる人の姿がなんとなく把握出来る所まで歩み寄ると、俺は驚きで足を竦めていた。
そこにいたのは、ちょうど今の自分に歳も近そうな少女だった。
月明かりを浴びるようにちょこんと体育座りの格好でいる彼女は、両足を抱え込むように顔を埋めてしまっている。
ただ、月夜に照らされて光る金色の長髪だけが、隙間風でサラサラと揺れているのが印象的だった。
しかし、少し気掛かりなことがある。
彼女は俺が離れた位置からゆっくりと時間をかけて歩み寄った間も、身体を微動だにとも動かす様子を見せなかった。
ただ単に寝ているだけなのかもしれないが、そんな彼女の様子に本当に生きているのかと少し心配になってしまう。
確認する意味でも、どうやって声をかけようかと頭を捻り始めた、ちょうどその時だった。
彼女は突然おもむろに首を上げ、こちらにゆっくりと視線を向ける。
端正に整った目鼻など、容姿は美人そのものである。
しかし、それよりもなにより気になることがあった。
その少女が纏っている雰囲気は、決して年相応のものではない。
まるで何十年も人生を重ね、老成したかのようだった。
またその表情には、無表情を絵に書いたように感情が読み取れることはない。
ここでこうしていることから察するに、彼女の歩んできた人生は壮絶なものだったのかもしれない。
そんなことを勝手に想像してしまっていた。
そんな中で俺は、彼女に声をかけることなどすっかり頭から抜け落ち、その姿に見惚れるように呆然と立ち尽くしていたのだった。
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