少女救出作戦
結局、あいつらはあの後すぐに何処かへ行ってしまった。
そんなわけで俺は、無事に食べたかったものをゲットできたわけだが、正直こんなにも上手くいくとは思いもしなかったのが本音だ。
もし武力でこられていたら勝ち目がなかったかもしれない。
今更ながら、感情が先立つ不用意な行動だったと反省する。
我ながらまだまだ未熟者でいけない。
そんな事を頭に浮かべながら、先程購入したカンナギの姿焼きをほうばる俺である。
「…惜しいんだよな」
カンナギという魚は決して不味いことはない。
身は引き締まり、プリップリである。
見た目は多少グロテスクといっていいが、それはそこまで気にならない。
おそらく問題は調味料にある。
姿焼きならば是非とも塩でいきたいところだが、残念ながらそういった味付けは感じられなかった。
むしろ独特な苦味が際立ってしまっており、これが本来の魚の味なのか、味付けしたものかも判断出来ない。
さっきのおっちゃんに詳しく聞いておけばよかったと後悔する。
もしこちらで料理をする機会があれば、色々と試してみたいものだ。
そんなふうにしてあれこれと考え事をしながら腹ごなしを済ませた俺は、一息ついた後に出発することにした。
アインの手紙によると、城下町には宿り木亭という店があるらしく、そこに例の知り合いがいるとのことだった。
しかし、一番重要な場所の情報については、そのへんの奴に聞けばすぐにわかるということが書いてあるだけである。
これだけの情報量でも充分ということなのだろうか。
もしかしたらそれ程の有名店なのかもしれない。
とにかく異世界でこれだけ行動のヒントを貰える事に、ただひたすらに感謝するしかない。
アインには悪いが、今は遠慮なく頼らせてもらうことにする。
そうなればまずは聞き込みからだと、意気込みをし行動を開始した俺だった。
〜
「知ってるヤツなんて、人っ子一人いねーじゃねーか…」
ずーんとした様子で、先程の大通りに一人立ち尽くす。
ここらの店の人には一通り聞いて回ったはずだが、一向に知っている人に出会えない。
もしかしたら知っていても隠している可能性もあるのか?
さすがにおかしいと考え、もう少し範囲を広げてみることにした。
大通りの途中途中には、無数に細い路地のような道が存在している。
聞き込みが失敗した今、このままでは埒が明かないと判断し、そのうちの1つの通路に足を踏み入れることにした。
当然危険な気もしていたが、その時はその時。
いざとなったら元陸上部の逃げ足を披露してやろうと考える。
さすがにこの世界にアインレベルの奴らがゴロゴロいるようだったら積みだが。
そんな考えを廻らしながら、暫く歩を進めていく。
その細い路地は、ちょうど建物の間の抜け道といったものだった。
昼間だというのに左右の建物に遮られる形で、せっかくの陽の光の恩恵をほとんど受けつけていない。
暗闇を闇雲に進んでいるかのような圧迫感に、薄気味悪いものを感じてしまう。
暫くしてようやく細い路地を抜け、開けた場所に出る。
そこには、荒廃しているといってもいい荒地が辺り一面に拡がっていた。
緑の植物が殆ど無いことで、その土地の味気無さをより一層際立たせている。
歩きながら見渡してみると、そこには半壊していたり、どこか一部が破損している家屋などが、ポツポツといった具合にある程度だった。
人の存在も同様にあるのだが、そのほとんどは地面に座り込んだり、寝ころがってしまっている。
さらに目を引いたのは、その人達は一様にして何日風呂に入っていないのかという具合の汚れを纏い、ボロボロの衣服を身に着け、焦点の合わない虚ろな目をしていた。
ここまでで理解する。
ここはきっと、スラム街に近い場所なのだろう。
こういう場所が向こうの世界でも確かに存在していた事を、頭では理解している。
しかし、どこか他人事のように考えてしまっていたのも事実だ。
深くその問題について考え込みそうになってしまったところで、今はそんな場合ではないと自分に言い聞かせる。
頭を冷したことで、流石にここでの聞き込みはリスクが高いかと考えていた、ちょうどその時だった。
近くの小屋から、見たところ10歳前後であろう年齢の男の子が勢い良く飛び出してきた。
「ちょっと宿り木亭行ってくる!」
この場所の雰囲気には決して似つかわない、元気一杯な様子で小屋の中の誰かに宣言した少年は、一目散に走り出していった。
なんという幸運。
これは大チャンス到来だ。
なんとしてもあの少年についていって、目的地に辿り着かなければ。
そう考えた俺は、すぐさま後を追うように走り出していた。
その少年は、道という道をスイスイと進んでいく。
それはまるで、風の加護でも得ているかのような勢いだった。
俺は年長者が負けていられないと気持ちを奮い立たせ、必死に追跡を続ける。
しかし、そんな一方的な追いかけっこは唐突に終わりを告げた。
少年はそれまでと同じように勝手知ったる道を曲がろうとした所で、何かを目撃したのかぎょっとした表情に変わった。
壁を背にし、息を呑む少年。
その額には冷や汗が滲んでいる。
そこでようやく追いついてきた俺の存在に気づいた少年は、声を上げていた。
「ってうわぁ!?何だアンタは!?」
身をよじらせてリアクションを取る少年。
どうやらかなり驚かせてしまったようだ。
だって、急に止まるもんだから。
実にスマンね。
心の中で謝罪を行い、さっそく気になっていた質問をぶつけてみる俺。
「この先になにかあったのか?」
「いや、だからアンタは何なんだよって!
…ん?この辺じゃ見ない顔だな。新入りか?まあいいや、ちょっと覗いてみ」
少年は背後の壁向こうに立てた親指をクイクイと動かして、自分で状況確認をしてみろと伝えてくる。
俺はそれに応えるようにそっと顔を出し、あちらを覗き込んでみる。
そこには見るからにガラの悪そうな服装、立ち振舞いの男二人が、一人の少女を取り囲んでいた。
これだけで、なんとなく状況が飲み込めた。
「あいつら、多分ここの事知らない余所者だ。ここいらでミントに手を掛けようとする奴なんて、そうに違いないよ…。クソっ!」
少年が今にも飛び出しそうになる。
咄嗟に俺はそれを片手で制止していた。
「な、なんだよ!俺がなんとかするしか…」
よほど少年にとって大事な少女なのだろう。少年の顔には焦りが滲んでおり、このままあそこに出ていく以外、まともな考えがあるとは思えなかった。
俺は容量が少ない脳をフル回転させ、この少年を納得させる方法を捻りだす。
気がつくと俺は、少年の両肩に手をかけ正面から向き合っていた。
「待て。俺に考えがある」
真っ直ぐに少年の両の瞳を見て話しかける。俺のいかにも真剣な様子に、少年は少し驚きの様子をみせた後、答えた。
「…聞くだけ聞いてやる。手短にしろよ」
こうして、俺と少年の少女救出作戦が開幕したのだった。
〜
「作戦はこうだ。まず俺が全力ダッシュした勢いそのままに飛び蹴りをかます。さすがにこれで多少の時間は稼げるはずだ。そこで君は彼女と合流し、どさくさに紛れて全力で逃げろ。もちろん俺もすぐさま逃げる気満々だ。なにせ俺は弱いからな。まったくもって勝てる気がしない。以上だ。なにか質問は?」
早口で巻くし立てる俺。
時間がない為、多少強引でも伝わればよし。
「とりあえず、兄ちゃんは弱い癖にとんでもない卑怯者だってことだな。よしわかったぜ!」
「言葉の暴力って知ってる?」
異世界初の戦闘が、不意打ちからの全力逃走とはなんとも情けない気もするが、やむなし。
とにかく男はやるときはやるもんだと両頬を自分で叩き、気合いを入れなおした。
時間はない。
短いやり取りを済ませた俺たちは、さっそく作戦に取り掛かることにした。
「…何度も言っていますが、あなた方についていく道理はありません!お帰りください!」
少女は毅然とした態度で、男二人と対峙していた。
しかし、その身体からは怯えからか細かな震えが見て取れる。
「んだとコラ、ガキが!いい加減にしろや!兄貴待たせてんじゃねーよ!」
「おいテメエ、ゴーツ。勢いづくんじゃねえ。少し黙ってろ。可哀想にお嬢ちゃん震えてんじゃねーか。なあいい子だから、おじさん達についてきてくんないかな?」
「絶対に嫌です!」
少女の目にはうっすらと涙が浮かんでいるが、それでも毅然とした態度を崩すことはなかった。
「…ちっ。もういい。力づくで連れてくぞ」
「わかったぜ兄貴。おい、抵抗するんじゃねーぞ?」
一人の男が少女を捉えようと手を伸ばす。
「ひっ…」
あまりの恐怖に少女の声が漏れてしまったその時だった。
雄叫びを上げながら突然の来訪者が現れる。
「とんでけオラァァァああああああ!!!」
まごうことなき飛び蹴りが炸裂した。
下っ端の方と思われる男は、腰のあたりからくの字に折れ曲がり、そのまま地にペタリと倒れ込む。
その後も、ピクピクと痙攣するばかりで動く様子もない。
…あかん、やりすぎたと少し後悔する。
だが、そんな悠長な事を言っている場合ではない。
すかさず、もう一人の方を見てみる。
驚きでさすがにまだ動けないといった様子だ。まずはよし。
さて、少年の方はと目線を送ると、見事少女と合流出来たようで、この場から離れる二人の後ろ姿を確認出来た。
よし、やるじゃん少年。
さて、となれば次にやることは決まっている。
俺が逃げる番である。
ここにいて得になるようなことは、何一つない。
そう考え、すぐに行動に移そうする俺。
しかし、その直後に耳元に聞こえてきた男の声に、身体が戦慄し硬直してしまう。
「そう虫の良い話はないよなぁ?にーちゃん」
油断した。
もう一人の男は、思った以上に早く正気を取り戻していた。
そして、自覚した頃にはもはや手遅れであった。
男は俺の右肩をポンポンといった具合で叩き、その顔には不気味な笑顔を称えていた。
「ははは…見逃してくれたりは…しませんよね?」
「当然」
その瞬間、男の拳が腹にのめり込む。
痛みと同時に喉の奥底から胃液がこみ上げてくるのがわかった。
それを無理やり飲み込み、反撃に転じようとするが、どうにも身体が頭についてこない。
結果、情けないことに腹を抱えて両膝をついてしまっていた。
「…つまんねぇな。終わりにするか」
顎の下にとんでもない衝撃が走る。
恐らく、思いっきり下から蹴り上げられたのだろう。
気づくとそのまま勢い余って、後ろに吹き飛ぶように倒れこんでいた。
脳がぐるんぐるんと回り、世界が廻る。
「さて、存分に落とし前をつけるとしようかね」
そこからは男の独壇場だった。
次々と繰り出される一方的な暴力の応酬に、俺が意識を保っていられる時間は、ほんの僅かであったのだった。
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