貴族と従者
城を早朝に出てから、一体何時間が経過したのか。
「やべぇ…腹減った…」
俺はぐうぅという腹の音とともに、今の感情を素直に吐き出していた。
腹時計がこれだけ反応しているのをみると、お昼時に近づいてきたようだと推測できる。
辺りを見渡すと、心なしか先程より人通りも緩やかになってきている気もする。
人間腹が減っては戦はできないともいうし、まずはお腹を満たすことにした俺は、さっそく近くの屋台に狙いを定める。
アインに餞別として渡された貨幣を握りしめ、いざ決戦の舞台へと赴くことにした。
「これ下さい」
「これをもらおうか」
2つの声が、同時といって良いタイミングで重なる。
「ごめんなー、兄ちゃんたち。それな、残り1つしかなくなっちまったんだわ」
売り上げが好調なのか、屋台の厳ついおっさんはニカッと笑顔をみせてこちらに言い放った。
これはタイミングが悪いとしか言いようがない。
残念だが、諦めて他の場所をあたろう。
その前に、気まずい思いをしてしまっただろう相手に、大人の対応というやつを見せようと、作り笑顔を添えて譲ることにした。
だがしかし、先に口を開いたのは向こうだった。
「…本当に残念だが、お前の方が若干遅く注文したことは誰がみても明らかだ。俺の従者も見ていたしな。潔く諦めてさっさと帰れ。そのかわり、これは俺が美味しく食べてやろう」
「ぼっちゃま、そんな言い方はあんまりですよ〜!それに、私が見ても同時にしか見えませんでしたよ?」
「ええい、黙れ!従者だったら俺の言うことに口を出すでないわ、たわけ!」
「そんな、無茶苦茶な〜!」
「ふん。…ん?なんだお前、まだいたのか。はやく余の視界から消えろ」
シッシッといった具合で手をプラプラしている男。
その表情は不機嫌極まりないといったものだった。
…前言撤回。
コイツは敵だ。
どう成敗してくれよう。
と、大人な対応はどうしたと言われたら、まったく反論出来ない程には、冷静でいられなくなっている俺だった。
その男は、周りの人が着用している一般的な洋装とは違い、中世ヨーロッパの貴族あたりが来ているような身なりをしていた。
年齢は今の俺に近く、顔立ちはそれぞれの顔のパーツがバランス良く配置された、いわゆる美型だ。
男性的というよりは中性的な顔つきで、金髪の髪を後ろで縛り、結び上げている。
声は男性のものであったので、そうなのだろうことは間違いない。
しかし、口を閉じていたら女性と言われても違和感がない程の出で立ちだった。
また、その従者の方も、見た目が20代後半程のこれまたイケメンである。
なんだ?ここはイケメンパラダイスかなんかか?と苛立つ気持ちを抑え込む。
こっちのやつは、おそらく180cm以上はあるであろう長身と、特徴的な赤の短髪が印象的な男だった。
それだけ聞くと気が強そうな屈強な男を想像できるのだが、見たところ性格は気弱そうであり、むしろそのギャップにファンを獲得していきそうなタイプであった。
こいつも向こうの世界ではさぞ需要があっただろう。
ここまでで、どうやら俺みたいな無職記憶喪失野郎と比べて、こいつらは明らかに高い身分であることがなんとなく想像できた。
特に俺に因縁をつけてきた方は、喋り方も鼻につく。
おそらくはこの世界にも貴族制度に近いものがあるのだろう。
隣に従者を従えていることから見るに、お忍びで買い食いでも楽しんでるってとこか。
さて、ではそんな貴族のお坊ちゃまに一発かましてくるとしますか。
「納得いきませんね。そちらの方が言った通り、ほぼ同じタイミングだったと思いますがね」
「…ほほう?」
男は余裕をもって答える素振りをみせる。
しかし、俺は男の瞳の奥に、かすかな苛立ちがあることを見逃さなかった。
「しかし、いいでしょう。私は貴方のように子供じみたことは決して言いませんので。ええ、言うことに従いましょうとも」
「…子供じみた、だと?」
反応ありか。
俺は大袈裟に両腕を広げ、蔑むような表情で答えた。
「まあ、貴方の年齢ですし?私の方が大人ということで、ここは許してあげますよ。ははは。では」
自分の年齢がコイツと同じくらいになっていることも、もちろん承知の上でそう告げる。すると、ヤツの表情がみるみると変わっていくのがわかった。
「…おい、ミルヒ」
「は、はい!何でございましょうか」
「そもそも、こんな庶民の食べ物を私がいつ食べたいなどといった?」
そう言って、ミルヒくんを睨みつける貴族のお坊ちゃまくん。
いいぞ。面白くなってきた。
「ええぇ!?いや、ぼっちゃんがどうしても食べたいと…」
「黙れバカモノォ!それ以上は許さんぞ!あと、私はもう大人だ!ぼっちゃんなどと子供扱いは許さんぞ!」
「ヒィィ!も、申し訳ありません!」
あっ、ジワジワ効いてる。
二人のやり取りを眺めながら、ニヤニヤが止まらない俺だった。
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