異世界散策
俺は人々が行き交う広場で一人、頭を抱えて身悶えしていた。
「くっ…苦い思い出が……」
何を隠そうこの場所といえば、異世界召喚されてきた記念すべき場所である。
そして同時に、それはもうまったくもって意図せずに、生まれて初めて露出狂に成り果てた場所でもあった。
あの時はすぐに気絶させられてしまったので、考える余裕もあったものじゃなかったが、あの裸体の状態でどれだけ放置されていたのだろうか。
そして、それを目撃したここを行き交う人々の反応はどうだったのか。
…考えれば考える程、死にたくなる。
いや、まて。
生まれ変わったばっかりだぞ。
さっそく死んでどうする。
そうだ。
心を強く持てとアインに言われたではないか。
しっかりしろ。忘れるんだ。
うん、なかったことにしよう。
自分の中で都合の良い理屈を並べ立て、無理やり納得させる事で落ち着きを取り戻す作戦にでる俺。
その事が功を奏したのか、ひとしきり身悶えするのも終える事ができた。
一息ついたことだし、いい加減この場を離れようとした所であるものに目がいく。
俺が裸体で伝説のポーズを決め込んでいた下で、土台にされたモニュメントである。
このモニュメントには石版の注釈がついており、要約するとこの人物とは昔々に世界を救った伝説の勇者であり、この国を築くことになった初代国王様なんだそうだ。
どこの世界にも世の中には凄い人がいるもんだと感心する。
さぞご立派な方だったのだろう。
エピソードとしても英雄の象徴にピッタリだ。
そんな偉大な先人にお見苦しい裸体で無礼を働いてしまった俺は、心の中で精一杯の謝罪を表明し、噴水広場を離れたのだった。
ここカッシフォード王国は中央にそびえ立つカッシフォード城を中心に、広大な領土を有している国である。
城を囲むように城下町が発展しており、さらにその城下町より外側を、東西南北と四方に区分し、統治しているらしい。
こんな分かりやすい仕様にするとは、区画整理を担当した人はきっと有能な人物だったに違いない。
そんな風にして道すがら発見した看板のおかげで、少しだけこの世界のことを知れた気がした。
それにしても、と改めて腰に巻き付けている小袋の中を開げて呟く。
「ったく、あいつには世話になりっぱなしだったな」
〜〜
少し時間は遡って、早朝。
起きろという門兵の掛け声で目覚めた俺は、寝ぼけ眼そのままに早々と釈放が決まったことを知らされた。
あっという間に城の外に解放された俺は、城から出たところで意外な人と再開することとなった。
「…サラさん?」
「なぜ私の名をご存知なのでしょうか。非常に不快ですね。まあ、教えた人はなんとなく想像はつきますが。ちっ、余計な事を」
出会い頭からこんなに嫌われてることってある?
と心に酷くダメージを負った俺だったが、同時にふと疑問にも思う。
こんな朝早くから俺が釈放されるタイミングで出会うなど、そんなことはありえるのか。
俺の訝しい態度が伝わっているかのように、彼女は眉間に皺を寄せて話を続ける。
「非常に不愉快極まりないですが、頼まれ事なので仕方ありません。ああ見えて隊長はお忙しい方なのですよ」
そう言った彼女は、俺の方に向かって何かを放り投げた。
慌ててそれをキャッチする。
「これは…」
「餞別だ、受け取っとけ。だそうです」
中をみてみると、金貨、銀貨などのいくつかの貨幣と思われるものと、手紙が入っている。
「あいつ…」
「では、まったくもって時間の浪費でしかないので、これにて失礼致します」
彼女はこちらに一瞥もくれず、颯爽と城の方に歩き出していた。
俺はそんな背中に思わず叫ばずにはいられなかった。
「あいつに!ぜってー返しに来るから、この恩忘れんなと伝えてください!あっ、あと、サラさんも、本当にありがとうございました!」
自分でも驚くくらい手をブンブンと振ってしまう。
当然、サラさんはこちらを振り向くことなく行ってしまった。
彼女が見えなくなってからも、手を振るのを辞める気にはなれず、暫く続けていた俺なのだった。
〜〜
噴水広場から歩を進めること数分。
先程までの人通りの少なさが嘘のように、所々から人々の喧騒が聞こえてくる。
それもそのはず、おそらくここはこの国でも屈指の市場。
広々とした道の両側には、所狭しと露天商、屋台などが並んでおり、そこかしこで人と人との交渉や取引が行われている。
また道の中央は往復用に舗装されているようで、見たことのない角の生えた大型の動物が列を成して荷馬車を引いていた。
改めて、ここが異世界だということを強く感じさせるには十分すぎる光景だった。
ここで異世界とは、という基本的な知識について改めて整理してみる。
元々向こうの世界においての異世界とは、ジャンルでいうアニメ、ゲーム、マンガなどの二次元創作の世界でよく用いられる設定の一つである。
そして、俺はといえば前の世界でも大好物のジャンルに他ならなかった。
今までもここがそういう世界であることを実感することは何度もあったはずである。
しかし、ここにきて異世界に存在している自分自身によりリアリティーを感じてしまった俺は、もうひたすらにテンションが上がってしまっていた。
要するにヴァイブスがアゲアゲであり、今すぐそこら中の店の人に街頭インタビューをしかけ、向こうの世界との対比を行いたい気分だった。
しかし、ここは異世界。
1つの行動には生き死にさえかかっている可能性もある。
事を進めるには慎重に慎重を重ねるくらいでなければならない。
そういうわけでついに、俺の中での理性くんと好奇心ちゃんの対決のゴングが鳴った。
カーン。
おおーっと、好奇心ちゃんが相手になりませんわーと高らか宣言しながら、理性くんを完膚なきまでにボッコボコにしている!
…試合は完全なワンサイドゲームの結果となった。
さて、無駄な思考で大切な時間を使ってしまったことを猛省し、さっそく何件か気になるところを見にいくことにする。
まず目を引いたのは、露天に並んでいる果物、野菜、魚、肉…。
どれも前の世界であったものに違いないが、一概に見たことがないものばかりだ。
赤く丸い果物が林檎だとしたら、こっちには同じものはおそらくない。
ざっと見かけただけでも、紫色の星型のものだったり、形も色も見たことがないものばかりで、まったくの新種が並んでいるといった感じだ。
また、魚、肉に関しても、同様のものばかりだった。
前の世界の料理人にしたら、新たな食材との出会いに心躍らせていたに違いない。
その他の店も一通り物色したところで、軽い疲れを感じた俺は、少し休憩を取ることにした。
軽食を販売している露天の近くに、座れそうな石畳を発見しそこに腰を下ろす。
休憩がてら、アインからの餞別の手紙に改めて目を通すことにした。
「短いお勤めごくろうさん。まあ、あれだ。いきなり会ったやつに、こんな餞別渡されて驚いたかもしんねーが、まあ騙されたと思って受け取っとけ。この国は、記憶喪失が一人放り出されて、簡単に生きていける程甘くないからな…」
文面から、こいつの不器用な優しさがひしひしと伝わってくる。
きっと根っからのお人好し野郎なのだろう。
顔がイケメンの上に、心までイケメンなやつとはお手上げだ。
アインの奴に精一杯感謝を叫びたい気分に襲われたが、それを聞きつけたアインのお仲間に牢獄に送り返されたくはないのでやめておく。
自ら進んで恩知らず野郎になりたくはない。
引き続き手紙を読み進める。
「…記憶が戻るまでウチで預かってやることも考えたが、男と同棲なんてまっぴらごめんだしな。そうそう、ちょうど知り合いに人を探してるオッサンがいたんだわ。行くあてがないなら訪ねてみてもいいかもな…」
これには正直、願ったり叶ったりの申し出だった。
この世界の事をより知るためには、足場になる場所がどうしても必要不可欠だ。
なにせまだ、どうやって生きていくかを模索する段階である。
どこかで腰を落ち着け、この世界についての情報収集を行わなければならない。
というわけで俺は今、アインに教えてもらったツテを求めて、歩を進めている途中なのであった。
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