邂逅
意識が覚醒する。
その瞬間、記憶とは整合性が取れない情景が目の前に広がっていることに気づく。
これは夢かと一瞬疑ってみたが、しかし俺にはその景色に見覚えがあった。
目の前には女性がいる。
その女性は湯上がりらしく、首にかけたタオルで長い黒髪を拭きながら、スマホで誰かと熱心な言い争いを繰り広げているようだった。
俺はその女性をハッキリと知っている。
いや、忘れろといっても無理な話だ。
「いや!ウィンナーコーヒーのネーミングから、ウインナーをコーヒーにぶち込んでくるコンビニの熱い意欲をかってるわけよ、私は!
なんてったって、新感覚スイーツここに誕生って謳ってんだよ!?
私が試すしかないでしょ!
…うん、クリームもたっぷりだったね。これでもかってくらい。
…いや、エリの顔にすべて吹き出したのはね、本当に謝るから…ねえ、そんなこと言わないでって…。
今度スイーツ食べ放題奢るから…えっ、その前に借した一万円返せ?
…やだなっ、お金なんかないに決まってるじゃん!給料はスイーツにつぎ込んじゃったっつーの!はは、は…笑えないって?
えっ…ごめん…。そんな、怒んないでよー!ごめんってば〜!
………はっ!?」
どうやら取り込み中のところにお邪魔してしまったらしい。
本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
ーー
愉快で残念なOLこと神さん(神様)はしばし状況が飲み込めず、フリーズ状態にあるようだった。
驚きのあまり投げ捨ててしまったスマホからは、何やら怒った声が途中まで聞こえていたが、その後すぐに切れてしまった。
とうやら神様でもフリーズしてしまうくらいには、想定外の事態である。
しばらくそっとしといてあげよう。
うん、そうしよう。
しばらくして、フリーズタイムはようやく終わりを迎えたようだった。
しかしながら、その代わりといった具合に今度は怒涛の落ち込みをみせる神さん。
正座をし、頭を下げて何かをブツブツと呟きながら落ち込む様子は、もはや神と言えるのか。
ただひたすらに哀れだ。
さすがにこのまま気まずい状態が続くのもよくない。
せっかくの機会だ。
今後のことなど聞きたいことも多い。
とりあえず何か元気づける方法を模索せねばと、改めて神さんの方に視線を向ける。
それにしても、今の神さんの格好はラフ極まりない。
お風呂上がりとはいえ、上は『神』とデカデカと印字されたTシャツ。
下は短パン。
この前は気づかなかったが、胸の大きさもかなりあるようで、目のやり場には非常に困る格好だった。
だが健全な男子として、目が行ってしまうことを誰が止められようか。
いや止められない。
しかし、紳士としてじっと見るのはいけない。
ちらっとなら…それくらいなら…いや、いかん!
などと、セクハラまがいのことを考えていると、
「…どうしよう。嫌われちゃったよ〜」
突然神さんは顔を上げると、なんとも情けない声をあげていた。
その顔は涙でぐしゃぐしゃといった様子だ。
それに神様言葉はどうした。
ショック過ぎて忘れちゃったのか。
とはいえ、このままでは埒が明かない。
成功するかは神のみぞ知るってとこだが、咄嗟に思いついた作戦を実行することにした。
「ちょっと借りますよ」
「…て、おいっ!何をするのじゃ!」
俺は落ちていたスマホを拾い上げ、手早く通話履歴から先程の相手にコールバックする。
「…もしもし。…いえ、違うんです。少し説明させてください。
まず、先程は姉が非常に取り乱しまして、申し訳ないです。…ええ。
身内としてお恥ずかしい限りです。…はい。
姉なりにかなり反省していますし、許して頂けると…はい。
お金に関しても弟の俺が借用書でも書かせて、返済期限切りますから大丈夫です。
…いざとなったらなんでもやってもらいますよ、ははは…はい。
ということで、今後とも至らない姉ですが、どうかよろしくお願いします。
…では、失礼します。おやすみなさい」
ピッと言う音と共に、スマホを切り神さんに渡した。
「これで解決ですね。借金はちゃんと返済してくださいよ」
スマホを握りしめた神さんは、信じられないものを見るような表情でこちらを見て呟く。
「…貴方が神か…」
いや、お前が神だろが。
この瞬間、この神様ならタメ語で話していってもいいかと、割とどうでもいいことを決心した俺だった。
ーー
「…ぷはぁ!ビールが美味い!それすなわち人生最高と同義じゃあ!ぶわっはっはっは!!」
先程までこの世の終わりみたいな顔をしていたくせに、今はこの世の始まりを祝すかのようなはしゃぎようだった。
実に調子のいい神様だ。
まあそれはいいとしてようやく機嫌も良くなったようだし、気を取り直して質問を投げかけてみることにする。
「ちょっと聞いてもいいか?」
「なんじゃ?今のわしは気分がいい。なんでもいうてみるがよいぞ!」
神さんはフフンと鼻高々な様子で腕を組んでいる。
どうやらあんなことで神様に恩を売れたようだ。
それならばと質問を続ける。
「なんで俺はまたここに呼ばれた?記憶の最後では牢屋に閉じ込められていたはずだが」
「…ほう。こちらとのパスに関してか。そなたも知っての通り、わしが都合よくコントロールできるものではない」
だろうな。
解ってて聞いたところはある。
しかし、今回に関しては初めてきた時とは状況が違う。
向こうの世界で眠りにつくところまでは、なんとなく記憶もある。
こちらに来る条件としては、意識が途切れたりすることがきっかけになっているのか?
「あと、大事なこと俺に伝えなかっただろ。さすがに若返ってることには驚きで震えたっての」
俺があの時アインに確認したことは、まさにこれであった。
奴は俺を少年と呼んだ。
その時点でこの可能性に気づけたわけだ。
「若返ったのはなにか理由があるのか?」
「サービスじゃな。なに、あのままのそなたじゃと、なにかと効率が悪かろうかと思ってのう。神の力でチョチョイのチョイってやつじゃ!ほら、もっとこの神を敬ってよいぞ?褒め称えるのじゃ」
神さんは満足そうな表情を称えながら、そうのたまう。
「ついでに言わせてもらうけど、向こうに召喚された時の事なんだが、あれは一体どういうつもりだ?本当に裸一貫とか、ああいうのが趣味なのか。もしあれに意味があることなら是非とも教えてくれ」
「ん?なんじゃなんじゃ?何があった?」
目を輝かせながらこちらに聞き返してくる神さん。
…こいつはあれだ。さては知らないな?
話してもろくな事にならないと確信めいたものがある為、余計な事は話さないことにしよう。
「お前、神様なんだろ?だとしたら知らないこと多すぎやしないか。大体、向こうに送り込んだのもお前の仕業なんだろ?」
「うっさいのう。神様をなんでもできる存在と定義してるのは人間の勝手じゃろ。できることは確かに多いが、できないことだってそりゃあるわボケ」
それを聞いて変に納得してしまった。
確かに神様にしたらたまったもんじゃないと思う。
「っと、そんなこんなでもう時間みたいじゃ」
「それはわかるんだな」
「ふん。そなたわしのことをなんじゃと思うておるのだ?神じゃぞ、まったく…」
そう言った神さんは、なにやらこちらにチラチラと視線を送ってくる。
いかにも何か言いたいことがあるといわんばかりの態度に、思わず声をかけていた。
「ん?なんだよ」
「さっきのこと…なんじゃが。その、ちゃんとお礼してないと思って…。
あ、ありがと」
神さんはうつむき加減で小さくそう呟く。
ハッキリとは確認できないが、明らかに耳まで真っ赤っ赤という様子だ。
そうとう恥ずかしかったのだろう。
なんだ、素直なところもあるじゃないか。
神様にしては喜怒哀楽が激しすぎるのは玉にキズだが、こういうところは憎めない。
もう少しこの様子を楽しんでいたいところだが、突然覚えのある感覚に襲われる。
次第に視界がぐにゃぐにゃと歪んでいき、タイムリミットを迎えたことを物語っていた。
願わくば、もう少したわいない話でもしていたかったものだ。残念。残念。
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