無への献花
@nohouzu
献花
学生時代、俺が実際に体験した話。
わかりやすく幽霊が出てきたりするわけじゃないんだけど、どうにも気味の悪い出来事。
当時、県外の大学に合格した俺は大学近くに引っ越した。安い2階建てのアパートを選んだ俺は、少ない荷物を運び込んで悠々自適の一人暮らしを始めた。
わりと勉強はできる方だったし、大学のレベルも落とした。そのおかげで、授業について行けないなんてことはなかった。数人だけど友達もできた。毎日ハッピー!と言いたかったけど、そうではなかった。
当時の俺は大きな悩みを抱えていた。
騒音だ。
俺の部屋は2階の2号室。その真下の1階2号室がうるさい。とにかくうるさかった。
入居した時の挨拶でしか話してないが、下の部屋の住人はガラが悪い、筋肉ムキムキのおっさんだった。今思うとなんで大学近くの安アパートにおっさんが入居してたんだろう。ひょっとして老け顔のダブり野郎だったのか?
当時の俺は大学生になったばかりのガキなわけで、そいつが怖くて苦情を出せないでいた。
そんな中、ある日の深夜1時くらい。下手くそな歌声と笑い声が下の部屋から響いてきて、目を覚ました。
わりとしょっちゅうのことだった。ガラの悪い住人がガラの悪い友達を呼び込んでガラの悪いパーティをするのだ。あの連中は一旦騒ぎ出すと3時間は静かにならなかった。
音楽でも聴いて無理に眠ろうか。そう思って枕元のWALKMANに手を伸ばした時だった。
自分の顔に光が差した。月明かりのようだ。部屋のカーテンの隙間から光が差し込んでいる。結構な明るさだ。
布団から這い出し、カーテンを捲った。
満月だった。
窓の上半分の中央に鎮座する満月、輝く星たちがその周りを飾り立てている。星座にも月にも疎い俺だが、その光景には見惚れてしまった。
夜中に騒音で叩き起こされたのはムカつくが、おかげで綺麗な星空が見られたと思うと少しは溜飲が下がる。
この綺麗な光景を記録に残したい。そう思ってガラケーのカメラを構えた。しかしうまく映らない。窓ガラスが邪魔だわ、ピントは合わないわで、しばらくガラケー片手に悪戦苦闘した。
そんな時、ふと下の道路に目が行った。アパートの裏の狭い一車線道路、その何処かに違和感がある。
すぐに違和感の正体に気が付いた。
花だ。
裏道に数メートル間隔で立てられた電柱、その一本の根元に花束が置かれていた。
事故現場への献花、なのだろうか。今日が誰かの命日で、死を悼んで献花しにきた人がいるのか。変にセンチメンタルになっていた俺は、人の命の儚さに思いを馳せた。真なる死とは誰かに忘れられることだ、なんてありふれたことを考えてた記憶がある。
そんなこんなしていると、いつの間にか下の部屋が静かになっていた。またうるさくなる前に寝てしまおう。ガラケーを充電器に指すと、布団に潜り込み、朝までグッスリ眠った。
これが俺の体験した気味悪い出来事の始まりだ。
数日後のことだろうか。はっきりした時系列は覚えていないが、そんなに日数は経っていないと思う。
下の部屋がうるさかったのか、単に眠れなかったのかはっきり覚えていないが、俺は夜中に起きた。そして窓の前に座って、夜空をぼーっと眺めていた。
綺麗っちゃ綺麗だが1回目ほどの感動はない。ちょっと雲がかかってるし。なんか明るさも前より弱い気がする。
何気なく目線を下の道路に降ろした。花が増えている。
そう花束が増えているのだ。
電柱の根元の花束が2束に増えている、気がした。少なくとも、今朝方見たときは1束しかなかった、はずだった。はっきりした記憶はないが、たぶんそうだ。
花束が増える、なんだかそれって変じゃないだろうか。献花は、事故の日(=命日)に備えるから死者を悼む意味が生まれるわけで。定期的に花束を供えてしまったら本来の意味がなくなってわけわかんなくなっちゃわないか?ついこの前事故があって、事故の日から毎日花を供えてるというのならわかる。だけどそんな事実はないはずだ。少なくとも俺が越してきてから事故なんてなかった。あの献花は数年前の事故を悼む目的で供えられたもののはず。じゃあなんでこの前と今日で2回に分けて献花してるんだろう?いや、事故の日になんか予定があって、花束持って来れなかった人が、遅れてでも献花しにきたと思えば違和感ないのか?そこまでの熱意があるなら、当日の予定どうにかしろよ。それとも、毎年事故の日からしばらく花を供え続ける人がいるのだろうか。でもそれなら毎日備えるよな、昨日とか供えてなかったし。わけわかんねー。
眠い頭でそんなようなことを考え、結論を出せないまま眠った。
そのまたしばらく後、たぶん3日後くらい、ゴールデンウィークの始まりの日のことだった。
知らぬ間に花束は1つ増え、3束になっていたのだが、俺はそんなことより重大な問題に直面していた。
下の部屋がかつてないほどに騒音を放っているのだ。まず、住人が社会人なのか学生なのかも知らないが、ゴールデンウィークという長期の休日に喜んでいるのだろう。昼夜を問わないドンチャン騒ぎが繰り広げられていた。下の部屋から漂ってくる煙にも、普段のタバコ臭にプラスして焼き肉臭が混ざっている。
騒音と悪臭から逃れるため、近くの図書館に転がり込んだ。そこそこ本は好きな方なので、読書してるだけで楽しい時間を過ごせた。
けど毎日毎日、本ばかり読んでると段々飽きが来る。
ここでリア充なら彼女の家なり親友の家なりに遊びに行くのだろうが、俺の場合はそうは行かない。大学でできた数少ない友達は、皆実家に帰ってしまった。
そこで思いついたのは、献花の謎を追う暇つぶしだ。
図書館には過去20年分、地元の新聞のアーカイブがあった。これを使えば、献花の原因になった事故を取り上げた記事が見つけられるはずだ。献花されてる以上、最低でも1人は人が死んでるはず、どんな小さな扱いでも記事にはなってるだろう。一度そう思うと、胸の奥から好奇心が湧き出してきた。
墓暴きのようで決して誉められた行為ではないだろうが、好奇心に突き動かされた俺は止まれなかった。
図書館に置かれた古いデスクトップPCの前に座り込む。
「(地名) 事故」と入力、検索する。
結論から言うと、記事は見つからなかった。あのアパートの裏の道で事故が起きて、人が死んだという事実は見つからなかった。というか、あの道で事故すら起きてない。まさか事件なのかと思って、それも検索してみたが0件の記事がヒット。
じゃああの献花はなんなんだよ。20年以上前に事故があったのか?そもそも献花って何年間やるもんなんだよ。
モヤモヤする俺を差し置き、ゴールデンウィークはどんどん過ぎていった。
ゴールデンウィーク明け、下の部屋の住人が死んだ。
唐突に感じるだろうが、死んでいたのだ。裏の道で事故死したなら、あの謎の献花とオカルティックな関係づけができるんだけど、部屋での突然死だったらしい。警察車両が来て、ゴールデンウィーク中とは別方向に騒々しかった。
警察の人にそれとなく話を聞くと、心筋梗塞だったそうだ。
それから数日後、どこから話を聞きつけたのか、両親に引っ越しを勧められた。人が死んだところなんて嫌だろという真っ当な理由だ。言われた通り、少し高めの物件に引っ越した。
それっきり、特に不思議な出来事は起こっていない。
事故のない道に献花、不定期に増える花束、隣人の突然死。要素だけ抜き出せばなんらかの怪談のようだが、関連性が何もない。
単に知らない誰かが献花してて、それとは無関係に隣人が偶然亡くなった。そのように合理的な解釈も十分可能だ。というか、そう解釈すべきだ。献花している遺族の人にも失礼だ。
だけど、どこか、なにかが引っかかる。その一方、これ以上掘り下げちゃいけないという感覚もある。
そんな体験。
無への献花 @nohouzu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます