Lv.20 勝ち馬に乗る
グレンの東、フーカの結婚式が行われるモカトフの町へ向け馬車が動き出す。一行が追手がいないことに安堵していたのも束の間、馬車の背後には炎馬に乗った警備団の軍勢が押し寄せていた。
その軍勢を率いるのは多少髪が乱れ、制服に焦げがあろうともその圧倒的強さと存在感を放つ2番隊隊長レイラだ。ひときわ大きな炎馬に跨り、コウ達に追いつく勢いで街道を駆ける。
「まずいな。 やっぱ完全に倒しきれてなかったか。 このままじゃ追いつかれるぞ!」
コウが焦りながら客室を見回す。
「...やっぱり僕たちはここで降りてあいつらの気を引きます。 フーカさん達はその間に...!」
「それでわたくしたちの方に追手がこないなんてことがあるかしら。 わたくしたちが全員無事に突破するには、追手を妨害し、撒くしかありませんわ。 幸いわたくしたちは顔は割れていませんし、あなたがたは国外に逃げれば警備団は追ってこれません。 なんとか妨害を...きゃっ!」
フーカが言い終わる前に客室に衝撃が走る。見ると客室のうしろの壁に槍が刺さっている。槍は水平に壁を貫通しており、槍先は今にもコウを貫くところだ。
「あっぶねえー! これやべえな。 あの女の能力だ。 その能力でナイフを投げてたんだ!」
コウが窓から後ろを確認するとレイラがそばにいる団員から新たな槍を受け取っているのが見える。どうやらこの距離、この速度ではこちらに攻撃できるのは彼女だけのようだ。いやそれよりも、槍を受け取ったということは...。
「また来るぞっ!!」
その声とともに二本目の槍が客室に突き刺さる。
このままでは客室がもたない。
「どうする!? あの槍なんとかしねえとまずいぞ!!」
「わかってる!」
そういうとユウマは窓を開け客室の屋根に飛び乗る。
ユウマは初めて見る先頭の女をレイラだと認識すると、すっと目を閉じ集中する。
すると、淡い光とともにあの本が傍らに出現した。
レイラは3本目の槍を構えている。
おそらく隊長との力の差は歴然。だが、飛んでくる槍の軌道を変えることぐらいはできるはず。狙いもタイミングも見えている。あとは合わせるだけだ。
手のひらに集中し炎が現れるのをイメージすると、ユウマの手のひらには火の玉が姿を現した。
レイラが槍を放つ。
速い!!
ここだ!
ユウマが火の玉を放つと槍をかすめ地面に着弾する。槍の軌道はそらせたが客室の側面をえぐり取る。
「大丈夫か!?」
客室からコウの声が響く。
「次こそ防いで見せる。」
レイラの方に向き直り手のひらに集中する。
4本目の槍が放たれたのを確認すると同時に、新な火の玉を放つ。今度は直撃。
火の玉は小さく破裂すると消滅し、槍は軌道を変え地面にささった。
「よし!! だけどこれじゃ時間稼ぎにしかならない!」
徐々に警備団はユウマ達との距離を詰めている。ユウマが焦りを隠しきれなくなっていると、後方から呼び声が聞こえた。
「おーい!!」
ユウマが声の主を探そうと目を凝らすと声の主はすぐに見つかった。炎馬の背に仁王立ちするレイラだ。
「おまえ、その隣で浮いてるやつ、例のあれだろ? 王様はどうやらそれをお望みらしい。 おまえの仲間、そいつらを見逃してやる! だからおまえは投降しろ! 断るなら容赦はしない。 いいな!!」
レイラはユウマの方をまっすぐ見つめそういうと再び馬に跨った。
レイラの要求、それは提案より脅しに近い。だが考える猶予はある。
どうやら王の優先順位は、本が最高位らしい。これは使えるかもしれない。
ユウマに一案が浮かんだ。
だがこれに失敗すればこんどこそ問答無用の攻撃が始まるだろう。
レイラ一人の攻撃でもう客室はぼろぼろだ。失敗は許されない。
「わかった!! 本は渡す。 だが少し待ってほしい。 仲間に話す!!」
ユウマがレイラに向かって叫ぶとレイラが口を開く。
「いいだろう! だが1分以内だ。 それ以上の時間は待たない!」
ユウマはその言葉を聞くと窓から客室の中に飛び込む。
「やっぱり敵の狙いは僕のこの本だ! これを渡す以外に方法はない。」
「やっぱりかどうかは知んねえけど、その本特別なものってことだよな。いいのか渡しちまって。」
「もちろんただで渡すわけにはいかない。 できるだけ時間を稼ぐことが条件だ。」
「渡しゃ追ってこないんじゃないのか!?」
「渡したところで犯罪者である僕たちを警備団が逃がすわけがない。 だから僕に案がある。 フーカさん、手を貸してくれない?」
「ええ、わかったわ。」
「僕の作戦は...____」
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『いいか。 やつの"本"は私の炎により消滅した。 だが、あの本がただの本とは考えにくい。 "本"が再び姿を現したらやつらを掃討するのではなく、本の回収が最重要事項だ。 間違えるな。』
王からの命令を思い出す。 やつの本の出現は地下の水路の時点で部下が目撃している。燃えて消滅してしまっても復活するのだろうか。それともスペアか。
レイラは目の前を走る馬車に目を向ける。
素直に取引に応じてくれればいいが、そうはいかないだろう。決裂すればユウマ以外を殺しなんとしてでも本を手に入れなければならない。
約束の1分まであとわずかだ。手にした槍を握りしめる。今までは客車を狙っていたが、次は車輪を狙い完全に動きをとめ交渉の余地をなくし全滅させる。できればしたくない選択だ。こちらにも被害が出る可能性がある。
レイラが客車の様子をうかがっているとユウマが一冊の本を手に客車の屋根に立った。ユウマは本を手に掲げている。
「さあ! こちらにくるんだ! そうすればおまえの仲間は見逃してやる。」
「ああ。 くれてやるよこんなもん!」
そういうとユウマは手にした本を振りかぶり
投げた。
「なっ!」
レイラが驚いたのはユウマが本を投げたからではない。こちらが望んでいるのは本なのだから、本だけ先によこして反応をうかがうならわかる。
問題は投げた本が燃えていることだ。
まずいこのままでは...。
投げられた本は的確に団員の薄いところに投げられ、はるか後方へ消えていく。
王の命令は本の回収。
燃やされた本。
そもそもあれは本物か。
だが本物だった場合。
ここを逃せば最大のチャンスを失うこととなる。本の詳細を聞いているのは私だ。広い街道を探すのには時間と人手がいる。さらに燃えていることで時間制限もある。やつらをとらえてから探すのでは移動距離も考えて、間に合わない。
「くそっ! うまいこと考える! のってやるよ、おまえの策に! だが、足止めはさせてもらうぞ!」
レイラが槍を構える。狙うは車輪。ここでやつらの足を止める。
「そうくるとおもったよ!!」
ユウマが渾身の火の玉を放つ。火の玉は爆ぜ槍は軌道をそらし地面に突き刺さる。そう、本とユウマの炎に何かしらの関連性があると知っているのはユウマだけだ。
「ちっ! ここまでか!」
顔しかめるレイラの懐がわずかに振動する。その振動に複雑な顔を浮かべると、レイラは片手をあげて振り返った。
「全団員とまれ!! やつらの確保より本の捜索が優先だ! とまれ!!」
レイラの掛け声とともに軍団のスピードがぐんぐんおち、街道を引き返していった。
どんどん遠ざかる馬車を尻目に一人の男がレイラに話しかける。
「やつらはほっといて大丈夫なんですか?」
レイラは感情が読み取り辛い笑みを浮かべると
「国王様がなんとかするさ。」
そう言い残し街道を引き返すのだった。
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「やったな! ユウマの作戦がうまくいったんだろ?」
客室に戻ったユウマにコウが興奮した様子で話しかける。
「一か八かの賭けだよ。 あいつらが本よりも僕たちの捕獲が優先していたらみんな捕まってた。」
「でも予想通り、あいつら本のほうに行ったからよかったじゃねえか。 ...けどよかったのか? あれユウマにとって大事なもんだったんじゃないのか?」
「それは...このとおり。」
そういうとユウマは手のひらから本を出す。
「あれ? それ投げたやつじゃないのか?」
「これが本物、投げたやつは偽物だよ。 別に本物を燃やして投げてもよかったかもしれないけど、次燃やして本が復活する保証はないしね。 あいつらにとってはあの本が本物であっても偽物であってもとるべき行動は同じだよ。」
「けれどあなたが自由にその本を出し入れできることは警備団の方たちも考慮しなかったのかしら。」
「考慮したとしても可能性がある以上は投げたやつをほっとけないと思うよ。 実際炎を出す能力がなければ、僕にとってもあの本の価値を正しく理解できてるとは思えないしね。 あいつらからしても僕が本物を手放す可能性は十分にあったと思う。」
「ボクは正直冷汗だらだらでしたけどね。 まあみんな無事なら結果オーライです。」
フータが御者台から会話に参加する。
「フータさんが信じて走り続けたからだよ。 ほんとうにありがとう。」
「いえいえ。 モカトフの道のりはあと半分ですが、油断はできませんよ。」
フータがそう言い終わった時だった。ユウマがふとコウの方に視線を向けると、コウが王都の方を向いて呆然としている。
視線をつられユウマが王都に目を向けると、夜の闇の中、王都の最も目立つ紅の城その城の上空。そこには肉眼でもはっきりと見えるほどの蒼炎、巨大な火球があった。
「お、おい。 あれって...。」
我に返ったのかゆっくりとコウが口を開く。
「ああ。 間違いない。 王の蒼炎だ。」
その力の矛先は疑うまでもなく...。
「フータさん!!! やばいのがくる!! 全速力で逃げて!!!」
ユウマが叫ぶのと同時に火球が破裂し、蒼炎の火柱が上空を駆け巡りこちらにせまる。
その様子はまるで獲物を確実に仕留めるヘビの怪物のようだ。
「やばいやばいやばい!! めっちゃはえぇぞ!! このままじゃ追いつかれる!」
「ええ! ですがこれ以上速度を上げることはできません! なにか別の手段がひつようでしょう!!」
フータが一瞥、事態を確認し、少し青ざめた顔で手綱を握る。
「別の手段!? ユウマ!どうしたらいい!?」
ユウマが思考をフル回転させる。
あの火柱を迎撃するのは不可能に近い。なぜなら遠距離攻撃の手段はユウマしかもっていないからだ。そしてなにより攻撃の規模が違いすぎる。ここから王都までどれだけの距離があると思っているのだ。それなのに火柱は余裕で馬車を呑み込めるほどの大きさだ。
ならば限界までひきつけて避けるか。
それも無理だろう。上空でのあの軌道。それにこの速度。馬車の速度でひきつけたところで無意味だ。
じゃあどうする。これしかない。
「火柱は一本だ。 今から二手に分かれて互いに反対方向に逃げればどちらかは助かるかもしれない。」
苦肉の策だ。片方は馬車から降りて機動力がなくなるうえにあの火柱の挙動から両方とも呑み込まれる可能性は十分にある。
「それは認められないでしょう。 ...どうやらここまでのようです。」
フータがユウマの策をきっぱりと否定する。
「こんな絶体絶命のピンチ、ボクは幾度となく経験してきました。 ですがボクは生きています。」
フータが突然語り始める。
「"情けは人の為ならず"ボクのモットーです。ですが、小さい頃は疑問でした。 いったい情けは誰が勘定し、誰が精算するんでしょう。 ...こたえは簡単です。 ボクたちを見守る存在、いわば神です。 こういう時は祈りましょう。 人事は尽くしました。」
フータがこちらに向き直り優しく微笑みかける。
僕たちはあっけにとられながらもどこかであきらめを感じざるを得なかった。
じきに火柱は追いつく。僕たちはここで終わるのだ。
蒼炎が馬車の背後まで迫る。
客室の中が蒼炎の光で包まれ、いよいよ目が開けられなくなったそのとき。
奇跡は__________________
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