Lv.19 王都からの道

双子の兄として、誇り高き商人として。

誠実を貫き、手本となれるような男になるために。


情けは人の為ならず。

いつか他人への善行は自らを救ってくれる。

あくまでも自分の利益として。そう考えた方が後腐れなくて楽だと、自分のためを思っての行動だとそう思って生きてきた。


だがどうだろうか。

我が妹が連れてきたのは、気まぐれで手を貸したあの少年たちではないか。

まさか自分の善行がこうして我が身に帰ってこようとは。

この言葉を信じていなかったわけではないはずだが、ここまではっきりとした因果があればこうして驚くのも無理はなかろう。


「キミたちは!! 昼間王都の道をともにしたユウマとコウではありませんか! まさかキミたちがわが妹を助けてくれた...?」


驚きのあまり目を丸くしながらフータは階段を降りきり、二人の元へと歩み寄る。


「フータさん!? なんでここに!? ここフータさんの家なのか!?!?」


あまりの衝撃的な再会に、フータだけではなくコウやユウマに至っても唖然とした表情だ。


「あら、お兄様。この方たちとお知り合いなの? それは話が早くていいことですわね。 では改めて、わたくしはフーカ。 そちらの商人フータの双子の妹にして、あなたにこの身を助けていただいたものですわ。」







「...っは! よくみたらキミたち、服がぼろぼろではないですか!」


あっけにとられていたフータが二人を見てはっとする。

ユウマとコウは互いに姿を見合いようやく気が付く。

ぼろぼろだ。

ユウマは肩から衣服が焦げ落ちておりほとんどはだけ、体中が土とほこりで汚れている。

コウは上着をなくし、そこら中に汗や血で汚れている。


「いや、でも...。 事情は説明できないけど、とにかく!俺たちすぐここから離れないと...。」


「事情は町の衛兵たちの話からだいたい予想がついてますが、キミたちが悪者だとはボクも思いたくないので、キミたちのことは信じることにしましょう。」


「それはありがたいことですが、フータさんたちに迷惑をかけるわけにはいきません。 僕たちもすぐに出ていくので僕たちがここに来たことは秘密に...。」


この人は僕たちを無償で王都に連れて行ってくれた上に追われる僕たちを信じてくれるという。

根っからの善人だ。なおさら巻き込むわけにはいかない。


「いえ。そういうわけにもいきません。 ボクの妹を救ってくれた恩は必ず返しましょう。 どうやら妹がうまく衛兵たちを撒いてくれたようですし、服を着替えてすぐに出発します。 キミたちに返さなければいけないものもありますしね。」


そういうとフータは口に指をあていたずらっ子のようにウィンクする。僕たちに罪悪感を感じさせないような配慮だろうが、お人好しを絵にかいたような人であることはもうわかっている。


「返さなきゃいけないものってなんだ?」


不思議そうな顔をしてコウが尋ねる。


「僕たちの荷物だよ。 馬車におきっぱになってたでしょ。」


それをきくとコウはまたまたーというように手を振りながら背中に手を伸ばす。


「荷物ならここに...。 ってない!!! まじか!! どこいった俺の...。」


嘘でしょ、いままで気づかないなんてことがあるのか。


それはともかくお世話になるわけにはいかない。一歩間違えればこの人たちも共犯としてお尋ね者だ。


「フータさん。 僕たちはこの王都へと連れてきてもらっただけで十分です。 気持ちはありがたいですが、僕たちとともにすればあなた方まで迷惑を被ります。 僕たちは国をでます。 親切にしていただきありがとうございました。」


そういってユウマは頭を下げ、それにつられてコウも同様にする。

荷物だけ場所を聞こうと顔をあげようとすると、頭の上からふぅーとため息のようなものが聞こえた。

次の瞬間二人の腕がものすごい力でぐいっとひかれる。

顔を上げるとフーカが二人の腕をつかんで屋敷の奥へと引っ張っていた。

二人とも戦闘の疲労で力がでないのもあるが、それを抜きにしても強い。

そのまま部屋の前まで連れてこられると二人ともその部屋の中に投げ入れられた。


「わたくしはいいんですの。 でも兄がお礼したいといっているのですから、あなた方は大人しく受け取ればいいんですわ。 着替え終わったら玄関まできてくださいまし。」


そういって扉は閉じられた。

部屋の中には衣装が並べられている。

どうやら衣装部屋のようだ。


「いいのかな。」


「あのフーカって人には逆らわないほうがいいってことは確かだな...。」


二人は静かに、迅速に着替えを始めるのであった。







二人が明らかに高級そうな服に触れず、かつ動きやすい服を選び終えて屋敷の玄関に向かうと、大き目のスーツケースと先ほどの服装に外套をまとったフーカの姿があった。


「まあ。二人ともよく似合っていますわ。 それでは早速出発しますわよ。 兄は先に町の入り口の商会に馬車を取りに行っています。 わたくしたちも向かいましょう。」


確か、フータは妹、つまりフーカの結婚式に出席するために王都に来たと言っていた。結婚式は明日。日付でいえば12時を超え今日になっている。夜の間に街道を移動し、ホウオウ山のふもとの町で結婚式を行う。大移動だ。

ユウマ達はその移動に文字通り便乗するわけだ。まったくコウとフータには頭が上がらない。


一行は屋敷をでるとフーカの先導で通りを抜け王都の東側に向かう街道へと足を運ぶ。せめてもの感謝を伝えるためユウマ達はスーツケースを運ぶ。

すいすいと通りを抜けていくフーカだが、彼女は能力をつかって衛兵たちのいない場所を選んで通り抜けていることになる。

さきほどの力の強さといい、この能力の手慣れてる感といいこの人も間違いなく手練れだ。

そんなことを考えながらユウマ達がついていくと前を歩くフーカが立ち止まる。


「町の出口、門前に警備団が何人かいますわね。 どうしたものかしら?」


フーカの後ろから顔をのぞかせるとなるほど外に出る者を見張っているようで、門の前には2,3人の警備団員が目を光らせている。


王都を囲う塀は景観を損ねるほど高いものではなかったが、常人が飛び越えるというのはいささか無理な話である。

やはり門を潜り抜けるしか方法はあるまい問題はどうやって潜り抜けるかだが。


「では時間もありませんし、私が1,2人外におびき寄せますわ。 そのすきに強引でもなんでもいいのでなんとか通ってきてくださいまし。 門の先で兄と二人で馬車を準備してお待ちしていますわ。」


そういって二人を路地の裏に残し、大きなスーツケースを二人から受け取るとフーカはずかずかと門の方へと歩いて行った。

警備団員の前にたどり着くとフーカはなにやら話し込み、警備団員はフーカから荷物を預かってフーカとともに門の奥へと消えていく。

門に残ったのは一人だ。

これならば強引な手段もできなくはない。


「ユウマ。どうする? やっちまうか?」


ユウマは顎に手をあて考えるそぶりをみせる。


当然最も早く、最も単純な手段といえば武力による強行突破。

レンの事例からみるにユウマとコウ二人がかり、さらに不意打ちとあらばこの国の人間をだいたいは倒すことができるだろう。

問題は倒した後だ。

フーカがおびき出した警備団員が戻ってくればすぐに異変に気付くはずだ。

やっかいなことに彼らには離れた場所でも連絡を取り合うことのできるアイテム。トランシーバーを所持している可能性もある。

バレてしまえば国中の監視の目がこちらをとらえるだろう。

そうなればフータたちに危険がおよぶことは間違いない。

いったいどうすれば...。


ふと隣を見るとコウがいない。

あ、まずい。


「うぐっ!」


門の方へ視線をやると、地面に突っ伏して倒れる警備団員とコウの姿があった。


「もう! コウのバカ...!」


思わず悪態をついて急いでコウの元へ向かう。

警備団員はどうやらコウの不意打ちの攻撃を受け気絶しているようだ。


「ちょっと勝手なことしないでよ...!」


ユウマはコウに詰め寄る。


「ごめっ、ごめん。 悪かったよ。 けどよ、もたもたしてたらせっかくフーカさんがつくってくれたチャンスが無駄になると思ったんだよ。」


コウの言うことは一理ある。

今回は僕の責任だ。打開策を考えることは僕のするべきことだった。コウはコウなりに考えた結果の行動だろう。

なんにせよ時間がないことは変わらない。起きてしまったことを認め次の行動を瞬時に判断しなくてはならない。


「そろそろ戻ってくるぞ...。」


コウがユウマに耳打ちするのと同時にこちらに向かう足音が聞こえる。

これでいくしかない。

ユウマは倒れた警備団員をなるべく見つかり辛くなるように門の影に隠し、ユウマ達は残りの警備団員たちがまだ戻ってきていないことを確認すると、門をくぐり王都を抜けるのであった。







「あれ? あいつどこいった?」


「便所にでも行ったんじゃないスかねー。」


門を出た先、門と馬車用の街道へと続く道の茂みに隠れ、戻る警備団員たちを見送る。警備団員らは残した一人がいないことを不審に思ったようだが、どうやら一時的にしのげているようだ。ただ油断はできない。

陰に隠した警備団員になるべく気づかないようにと祈りながら、門から目の届かないところまで進むと昼間見た荷台とは違う豪華な客室がついた馬車とフータたちがいた。


「ようやくきましたわね。」


客室の中からフーカが顔をのぞかせる。


「ごめん! フータさん! 早く出発しないとやばいかも!」


コウが御者台に座るフータに声をかけると勢いよく客室に乗り込む。


「こんなことに巻き込んですいませんでした。 必ずこの恩はいつか...。」


そういってユウマも乗り込む。


「気にしないことでしょう。 生きているうちは誰かに迷惑をかけるものです。 キミたちが迷惑だと思っているわけではないのですがね。 それとキミたちの荷物はすでに積んでいます。 確認するとよいでしょう。 では出発しますよ。」


フータがそういうと馬車が少しずつ動き始めた。荷台より重いのだろうか加速はそれほど早くない。


「あった。 俺のカバン。 よかったー!」


目の前ではコウが自分の荷物を確認している。どうやら本当に忘れたときのままの状態であったらしい。この人の善性はおよそ計り知れないものだ。


「あなた方、追手の方はなんとかなりましたの?」


ユウマも荷物の確認が済み、ようやく腰を落ち着けると客室の一番奥で上品に座っていたフーカが口を開いた。


「あっ、忘れてた。 まだバレてないよな!?」


コウが慌てて窓から身を乗り出し後方を確認する。

馬車の後方、街道には警備団どころか馬車さえ一台もない。


「このまま逃げ切れればいいんだけど...。」


ユウマがつぶやく。

客室内が静まりかえった。


「あ!そうだ!」


空気をかえようとしたのか、コウが大声を上げ、フーカの方を向いた。


「フーカさんってこれからケッコン式やるんだよな! ケッコンおめでとう!!」


「おめでとうございます。」


そういえばフータの話によるとそうだった。本人を前に忘れていた。


「フフフ、ありがとうございますわ。 本当に兄たちには感謝の言葉もありませ......。!!」


言葉の途中でフーカの体がぴくっと跳ねる。


「あなた方、思ったより雑な方法をとったのかしら。 後ろ、すごい数ですわよ。」


フーカが少しにらむような視線で二人を見る。


「「!?」」


言葉の意味に気づき二人が窓から後ろを見ると、赤い炎をその身にまとった炎馬の軍勢。もとい炎馬に乗った警備団が背後から迫ってきていたのだった。

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