Lv.18 情けは人の為ならず
熱...い...。
体が、熱い。
明滅する視界とおぼろげな意識の中、頭に誰かの声がこだまする。
知ってる声だ。
どこか懐かしい。
そんな...。
「がはっ」
固い衝撃とともにユウマの意識が覚醒する。
体中に痛みが走る。
ここは...。
思考が混乱する中、バタンという金属音がユウマを貫く。
声だ。女の。
扉の向こうでは知らない声と聞いたことのない音が鳴っている。
僕はいったいなにを...。
「...はっ! コウ! コウは...!」
体を起こし急いであたりの様子をうかがうと、扉の向こうから木をへし折ったような、なにかが割れるような轟音が響く。
まさか、中にコウが!
ユウマが扉に駆け寄りドアノブに手をかけようとしたその時だった。
全身の身の毛がよだつ感覚。
触れてはならないという警告が体中に鳴り響く。
思わず身を引くユウマだったが、こうしているうちにもコウが危険な目にあっているかもしれないという危機感がやまない。
意を決してドアノブに再度手をかけようとした次の瞬間。
ユウマの視界の全面に薄黄色の光が満ちる。
「うわっ!!!」
反射的に身を再度引くが今度は勢いがあまり背後の段差を踏み外す。
そのまま三段の段差を飛び越え通路の上へとその飛び出した薄黄色の光を放つ何かとともに倒れた。
「「うぐぐ...。いったいどうなって...。」」
倒れた衝撃でわずかな間気絶していた意識が戻る。
頭をさすり体を起こすと、同じく倒れた状態から体を起こす相棒の姿が映る。
「ユウマ!
無事だったのか!!!」
「コウ!
お互いほっと安堵の息をもらすが安心している場合ではない。
デンジの策でレイラを足止めできたとしても、地下水路から逃げるのを警備団の人間に見られてしまったのだ。はやくここから離れなければならない。
「早くここから出ないとまずい! すぐ扉の向こうにはさっきのより強え隊長がいるんだ! ユウマ立てるか!?」
コウがグッとユウマの手を引く。体を引かれた痛みはあったが、さきほどの地下闘技場での戦闘のダメージは気持ち回復している気がする。
「僕は大丈夫! それよりここはどこだ!? 場所がわかんないと脱出のしようが...」
「俺に任せろ!! 俺はここを通ってきたんだ。 道は覚えてる。 このまま城から出るぞ!!」
コウがユウマの様子を見ながら地下水路を駆けるのを荷物にならないように必死で追いかける。
右、左、右...。
迷路のような地下通路を薄暗い中コウはためらいもせず、ずんずんを進んでいく。
「こっちだ!こっちに出口が...」
「いたぞ!」
コウが足をとめ出口を指し示そうとした瞬間。さらに奥の通路から複数人の足音と声が響く。
まずい。地下水路に逃げたことが城内の警備団員にバレた。
あの隊長の仕業だろう。ぬかりない。
「こっちだ!」
臨戦態勢にはいるコウの腕を引っ張りユウマはわきの通路へと逃げる。
「おい! 出口から離れちまうぞ!」
「ここはグレンの地下水路なんでしょ!? だったら城の外につながる出口は一つじゃないはずだよ!!」
ユウマの言い分を納得したのかコウはユウマの腕を振りほどき逆にユウマの腕をつかんで先導する。
「とりあえず追手振り切らなきゃな!! ついて来いよユウマ!」
「ああ!」
コウの頼もしさにグッとくるものを感じつつ走る。
だが追手は国のエリート、警備団の団員だ。山でじいちゃんと特訓した手負いのユウマとコウにまかれるほど甘くはない。
さらにはエリートは速いだけじゃない。
走るコウの頬にジッという音をたてて何が触れる。
赤い光の線だ。熱い。
追手の誰かの能力だ。
高温の熱線が二人のうしろから襲い掛かる。
薄暗く相手も走っているため狙いは定まらないようだが、その連射速度と熱線自体の速度、温度は舐めてかかれるようなものじゃない。
おそらくまともにヒットすれば体を貫通し焼き切られる。
相手を翻弄するために走ることで体力が奪われ、速度が落ちる。
まずい。
コウがここで迎え討とうとユウマに視線を送ると、ユウマの傍らに何かが浮かんでいるのが見える。
「おい! ユウマ! それって...」
言われて初めて気づく。あの本だ。
頭の中のおぼろげな記憶を探り、感覚を思い出す。
そう、あのとき、全身に力を、怒りを込めて。
走りながら息を整え全身の力を意識する。暖かい。力の流れを感じた気がした。
右手にじわっと暖かいものを感じる。
炎だ。
あの時の炎がユウマの手に。
「これでも...くらえっ!!」
後ろ手に手のひらの炎をむけ力を放つイメージをする。
ゴォという音ともに炎が放たれた。
速度はないが意味はある。
追手の足元に放たれ地面に着弾するとともにはじけた炎は、追手を連鎖的に足止めすることに成功した。
相手の思わぬ反撃にひるんだ隙にコウとユウマは通路のわき道にそれる。
もう十分走った。おそらく町の中央付近まで到達しているはず。
ユウマが追手の目をくらました隙に出口を探しているとコウがちょちょっとユウマの袖を引く。
「おい。 これで外出れねえかな。」
ぽかんとした顔で上を見つめるコウの視線を追うとその先には巨大な機械が鎮座していた。
「なんだ...。これ。」
ゴォオオォと低い音をたて稼働するその機械はどうやら水を吸い上げているようだ。太く長いパイプが天井に向かって伸びている。
「これで外出るって...。いや、どういうこと?」
ユウマは目を瞑って頭を振ると、さきほどのコウの発言をもう一度聞き返す。
「外出るってそのまんま。これを通って外に出るんだよ。」
もう一度聞いても理解できない。これを通るって??
「俺こんな感じの筒、一回通ったからわかる。この筒は大丈夫だ。」
いやいや。このパイプはそもそも人が通れるようには作られていないはずだ。太さは十分とはいえ...。
「...俺はこっち...探...。おまえ...むこう...を」
通路の向こうから声が聞こえる。まずい追手がそこまで来てる。
ユウマがどうしようか考えあぐねているとガシッとコウがユウマの腕をつかむ。
思わずコウを見る。顔は真剣だ。
「いくぞ...!」
「ちょっま__」
ぐいっと引き込まれ水に入る。流れは強く体が逆らえない。
「...ごぼぼっぼぼ!!」
上か下か一方向に体がひかれ文字通り流れに身を任せるしかなくなった。
どうか。どうか無事に済みますように。
空気がもれ手足をぶつけ、ほんの数秒後のことだった。
ざぱんっという音ともに体が空気に触れているのを感じる。
空中だ。
水から出れたという安堵とともに再びバシャンと着水する。
となりで同じような音。どうやらコウも同じ軌跡をたどったようだ。手足を四方に伸ばし床を探す。
意外にもすぐに手が固いものに振れ、そこが床であることを認識して体を起こす。
「「ぷはぁぁああ」」
ハァハァハァと荒い息遣いをしながら、顔をぬぐい目にかかった髪をかき分けるとそこには薄く雲がかかった月が見えた。
月だ。ということは...。
「脱出できたみたいだな。」
同じく空を見上げるコウが隣で誇らしげにしている。
「まったく。コウのおかげだよ...。」
二度と見ることがないかもしれないと一度は思った空。
それが今は視界いっぱいに広がっている。
「っとこうしちゃいられないんだった。 はやく逃げよう! 追手が来ちま___」
「ようやく来たと思ったら、あなた方ずいぶんと面白い登場をしてくれるんですのね。」
コウの言葉を遮るように別の声が響く。
視線を落とすと、そこにはベンチに座り笑みを浮かべる青い髪の女が座っていた。
予期してない人間の登場に二人はすぐさま臨戦態勢をとる。
しまった。外に出られたからと警戒を怠った。油断した。敵は一人か?
なんとしてでもこの場を切り抜け...
「あ!!! あんたはっ!!」
コウが大声を上げ、ユウマの体がびくっと跳ねる。
女に指をさし呆然とするコウに女はニコリと笑みを浮かべると、ツカツカとベンチから腰をあげ二人に歩み寄る。
「ずいぶんとお待ちしたわ。 さあ噴水の池に浸かっていないで出てきてくださいまし。 そのままだと風邪をひきますわ。」
噴水?
バッと振り返ると背後にはそびえたつ噴水がある。
地下の水のくみ上げは噴水の水だったのか...。
ユウマが警戒を解かずにいるとコウが慌てて口を開く。
「あんた夕方悪党に襲われてたお嬢様じゃないか! なんだってここに...。」
「...コウ、知り合いなの?」
「知り合いってか。襲われてたのを俺が助けた。」
どういうことだ。なぜその人がいまここに...。
「どうやらあなた方いそいでいるようですし、早速わたくしの家に案内しますわ。 さあついていらっしゃって。」
そういうと青髪の女はツカツカとこちらに背を向けて歩き出した。
置き去りにされた二人が見つめ合う。
「ど、どうする?」
「...ついていこうぜ。 なんかわけがありそうだ。」
ツカツカとこちらにわき目も降らずに歩いていく女を黙って二人はついてゆく。
ただ黙ってついていくわけではなく最大限周りを警戒しながらだが。
女はその様子をちらりと見ると口を開いた。
「あなた方が追われていることは知っていますわ。 安心してくださいまし。 しっかりと人がいないところを通っておりますわ。」
警戒心が高まる。
なぜそれを...。というかどうして人のいないところを通れる。
確かにやたら複雑な経路を通っているとは思ったが。
「なあ。 あんた何者なんだ。 俺たちのこと待ってたみたいに言ってたけど。」
コウが疑問を投げかける。
「正確にはあなたを待っていましたのよ。 待っていた理由は当然、夕方の一件についてですわ。」
そういいながらコウをちらりと見ると、話を続ける。
「あなたにはぜひお礼がしたいと。 わたくしの兄が...いえわたくしがそう思ったのですわ。 だからこうして、家にお招きするようにと兄が...いえ、わたくしがそう考えましたの。」
どうやらお礼がしたいのはこの女の兄のようだ。
「...お礼...っていえば、あのとき急にいなくなったよな。 なんでだ?」
「わたくし、眠かったんですの。」
「は?」
「わたくし眠かったんですもの。 今日の夜に備えておくように兄に...いえわたくしがそう思ったのですわ。」
今日の夜...。つまり今のことか?
「どうして俺たちが出てくる場所がわかったんだ? 正直、一番の疑問はそこだよな。」
「そのことでしたら、それはわたくしの能力ですわね。」
「能力?」
「ええ。 わたくしの能力は"上位レーダー"。 人間の位置を二次元的に把握する能力ですわ。」
上位?何と比べてだ?
だが、なるほど。人がいない道を通れるのもそのためか。
「へえ。 それで俺の位置をずっと追ってたってわけか。」
「ずっとじゃありませんのよ。 あの件のあとこそっとあなたの反応をマークだけして家に帰ったら、兄に礼をしないのはなにごとだと怒られたものですから、昼寝をした後、マークしたあなたの反応を追ってあそこに先回りしたんですの。」
まさか噴水から飛び出るとは思いませんでしたわよとこちらに微笑む。
だからあのとき笑みを浮かべてたのか。
少し歩き、高級そうな住宅が並ぶ街道の先で女が止まる。
「さあ。質問も終わりのようですし、ちょうどわたくしの家につきましたわ。 中で兄も待っていますしどうぞ上がってくださいまし。」
玄関を開くと、そこにはいままで見たことのない風景が広がっていた。
いままで高級というものを言葉でしか知らなかったコウですら、その意味を痛感している。
それほどまでに家の中のすべてのものがピカピカとオーラを放っていた。
「もう遅いのでお手伝いさんは休憩なさっていますが、兄は出発の準備をしていますわ。...ほら足音が聞こえてきましたわ。」
唖然としている二人をよそに女が話始めると、目の前に広がる階段の上から足音が聞こえてきた。
「やあ、わが妹よ。 ようやく恩人様をお連れになったようですね。 この度はわが妹が大変ご迷惑をおかけ......ああっ! キミたちはっ!!」
階段を下り、姿を現した女の兄。その男の姿。丸眼鏡の青髪の青年。
まさしく二人の王都への道を同行した商人のフータの姿がそこにあった。
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