Lv.17 警備の穴

勝った!! 勝った!! 勝ったんだ!!


ユウマの視界に跪き激しく咳き込むコウと地面に横たわり動く気配のないレンの姿が映っている。


良かった僕もコウも無事だ。

これで僕たちは家に帰れる......。もう疲れた......。早く家に帰ろう.....


ユウマの視界と思考は黒く暗く落ちていった。





「ゴホッ!ゴホッ!ガッハゴホ!! ハァハァハァ...。」

首を絞められたのと大声を出したツケが喉で清算される。

激しく咳き込み体が縮みあがり、呼吸がうまくできない。

「ハァハァハァ......。」

うまく立っていられず、仰向けに寝転がり大の字で床に寝転がる。


数十秒の苦痛が終わりようやく呼吸が落ち着いてきた。回らなかった頭が回りだす。


そうだ! 勝ったはいいもののこれからどうすりゃいいんだ?

こいつが起きる前にはやくここから出ねぇと。

けど俺ってあの穴から落ちてきたからどこから出られるのか知らねぇんだよな。


コウは頭上にある大穴を一瞥し、そこから脱出困難であることを再確認すると、あたりを見回した。


「っておい!! ユウマ!! 大丈夫か!?」


闘技場の隅でユウマが倒れたまま動かない。

急いでコウがユウマに駆け寄る。


「おいっ!! 大丈夫だよな!? ...ってあちっ! なんだ!?すげぇ熱だ。 これってまずいんじゃ...。」


ユウマは浅い呼吸を繰り返しながら、苦しそうな表情を浮かべている。


生きてる...! けどこの状態はやばい。


コウは落ちていた焦げた布でユウマの体を固定し背負った。


「もう少しの辛抱だ。 ...耐えてくれよ...。」


とはいっても初めてきた場所だ。

コウが次の行動を考えあぐねていると。


『____その様子じゃと今まさに困っているようじゃの。』


コウの懐から聞き覚えのある声が聞こえてきた。





コウはビクッと体を震わせると、懐をまさぐり黒い石を取り出す。


「これってまだ使えたのか...。 ...さっきぶりだなデンじいさん。」


『連絡せんかったのは悪かったの。 おぬしの力になりそうなものがあった気がして探しておったのじゃ。』


「力になりそうなものか?」


『そうじゃ。 というのもこの城を改造...改修しようとしたときにもらった城内の地図があってな。 多少古いが脱出に役立つはずじゃ。』


「地図かぁー。 俺地図は苦手だ。」


『そもそもおぬしに見せることは物理的に不可能じゃから安心じゃの。 おぬしたちは今どこにおる? 現在地が分かれば、ワシが口頭で案内しよう。』


「......そっかトランシーバーだっけ? 離れた場所で話すってのは慣れねぇな。 ...俺は今ユウマと合流して、なんやかんやあって落ちてきた穴の真下にいる。」


『ふむ。なるほどな。 ...ぜひともなんやかんやを聞きたいが、今はそれどころじゃなさそうじゃ。 ...なるほど穴の真下か。 そりゃおぬし達いい位置におったな。』


「いい位置?」


『忘れたのかの? おぬしがどこからその穴に降りたのか。』


「あ、そっか。 デンじいさんの研究室!」


『そうじゃ。 いまから穴にロープを垂らす。 それを伝って登ってくるんじゃ。』


「デンじいさんの研究室までか? 体力的にギリだな...。」


『そこまで登ってこんでもいいわい。 その排気口はどうやら地図的におぬしが侵入した用水管理室に接続しておる可能性が高い。 地上付近じゃから、登るのは半分くらいじゃ。 ...じゃいまからロープを垂らすぞ。 どっこいしょっと!』


コウが用水管理室について思い出そうとしていると、ロープが頭上の穴から垂れてきた。ロープは地面についてもまだあまりがある。

どれだけ長いのを用意したんだ...。


ユウマが固定できているのを確認すると、コウはロープを引っ張り強度を確認する。二人分の体重ならかなり余裕そうだ。


ぐるっを手にロープを巻き、握る。


コウがロープにぶら下がると、ゆっくりとロープが引き上げられる。

どうやらデンじいさんが上で巻き取っているようだ。

さきほどから連絡がないためなにかしらの作業を上でしているのだろう。


このまま待っててもいいけどそれだと時間がかかりすぎる。

よし。登るか。

コウは今一度大きく深呼吸すると、ひたすら上を目指しロープを手繰っていった。





ひたすら上を目指し、ロープを登っていく。

落ちてきたときは一瞬だったのにいまでは無限にロープが続いているような錯覚を覚える。

トランシーバーに語り掛けても返答はない。おそらく特定の誰かに通信をつなげるには特殊な操作がいるのだろう。

相変わらず、ユウマは意識を取り戻さず、熱が引く様子もない。

身体的疲労と精神的疲労が襲い掛かり、気を抜けば今にも落ちてしまいそうだ。


そのときだった。

トランシーバーがジジッという音を発する。

デンじいさんにつながったか?

なんにせよ話し相手がいるといないでは明確に差が出る。


『あーあー。 繋がってるかな? よう! お疲れ!レン君。』





「っ!!」

デンじいさんに呼びかけようとしたコウの言葉が詰まる。

違う。この声はデンじいさんの声じゃない。

じゃあこの女の声は誰の声だ?


『ん? 聞こえてない? おかしいな。 デンじいに聞いた限りじゃこの操作方法であってんだと思うけど。 おーい、レンくーん?』


まずい。この通信を終わらせないと。相手は誰かわからないが。

左手でロープをつかみ、右手で懐からトランシーバーを取り出す。


『うーん。そっちの音声は聞こえてんだけどなぁ。 もしかして今忙しいとかか?』


相変わらず相手は話を続けている。このまま返事がないとわかってくれれば向こうが通信を終わらせるかも...?


『まあいいや。 とりあえず報告しとくよ。 今レン君が看守をしてくれてるその少年、いるだろ?』


看守?レン?少年?

まさかとは思ったが、レンはさっき俺たちが倒したやつのことか。


『その少年のもとに別の少年。 仲間と思われる者が向かっているはずだ。』


バレてる。

冷汗が体を伝い、暗闇に落ちていく。


『もしかしたらもう君のことだから、とっ捕まえたりしてくれるとありがたいんだけどね。 私の指示が間に合わなくて侵入している可能性があるから、君も警戒を怠らないように。 私のほうも隊の子たちに警備を強化するようにいっておいたから。』


警備を強化。

脱出が困難になってるってことか。

行きのようにはいかないかも。


『...っと。ここまで報告したけど。 どうにも様子がおかしいね。 君。どうしてそんなに息遣いが荒いのかな?』


「っ!」


まずい。不審に思われたか? 侵入者が俺だってばれないうちに捨ててしまうか?

ダメだ!デンじいさんとの連絡手段がなくなってしまう。ここはばれないようにやり過ごすしかない。


『レン君は今地下の牢屋で少年の看守をしているはずだ。 ...ふむ。 息遣いからして疲れている、ってよりも運動中ってことかな。 ...音の反響から考えて屋内。しかも周りに物がない。 ......君の荒い息遣いに加え、細い風の音が聞こえるけど規則性から呼吸かな。 ってことは君は...』


この女の人。やばい。どんどんバレる。

俺がレンじゃないこと。それどころか侵入者だってこともばれてしまう。


『ものが少ない屋内で、もう一人の人間と呼吸が荒くなるほどの何かをしているってことだ。 ...まさかレン君。勤務中だってのに。 そんなことを...?』


?なにを言ってるんだ。この人。


『...ははっ。 まあ冗談だけどね。 ...やっぱりそうか。 レン君、一本取られたようだね。 ...君は囚人ユウマ少年の仲間だな。』


バレたのか!?やばい!


『レン君からどうやってトランシーバーをとったかは私に知る由もないが、彼のものを君が持っているということはそういうことだ。 全く。 私の責任だな。 はぁ。 聞いても無駄だと思うけど、今どこにいる?』


「.......」


答えるわけない...。が、答えないことにどれだけの意味があるんだろうか。

レンのトランシーバーをとったつもりはないが、そういえばデンじいさんがレンという名前を口にしていた気がする。



『まあいいや。 レン君が地下に向かってからそんなに時間はたっていない。 ってことはレン君のトランシーバーを奪った君はまだ地下。 その付近にいるはず。 地下の施設から地上へ出るための通路は数えるほどもないし、もう私の部下を手配済みだ。 大人しく諦めてくれよな。 今日はもう遅いし、私は寝たいんだ。 ...じゃあそういうことで、私は上で待ってるよー。』


そう言い残すとトランシーバーから声は聞こえなくなった。

この状況どう切り抜ける?

本当に手詰まりな気配だ。

逃げ道はふさがれていると言っていた。

こうなれば正面突破。敵をぶっ飛ばして、むりやり通り抜けるしかないか...?


『やっとつながったわい。 誰かと通信しておったのか?』


コウが絶望感でロープを登る手を止めていると、トランシーバーから再びデンジの声が聞こえてくる。


「ああ。 さっき女の人から通信?があった。 レンって人の上司らしい。 城の警備を強化して俺たちを捕まえる気のようだぜ。」


『むう。 レイラ隊長か。 あの人は思慮深いというより、神経質で用心深い人じゃからの。 大概の人間はその気質があっても杞憂で終わるんじゃが、あの人には勘があるから失敗をすることが極稀じゃ。 その手腕が隊長に選ばれるほどに。』


「...レイラ隊長。 王国警備団のなかでも特につえぇってわけか。」


『...じゃが安心せい。 おぬしがこの城に入ってきたときと同じように地下水路は警戒が薄い。 特に彼らはおぬしたちが地上から脱出すると思い込んで地下の存在など気にしていないじゃろうからな。』


「結局俺たちのやることは変わらないってわけか。」


『そういうことになるの。 ただしレイラ隊長は侮れん。 ...もしレイラ隊長と出くわすようなことがあればワシに考えがある。 そのときはなるべく距離をとっておくように。』


「ああ。わかった。」


『そうこういうとる間に目的の場所じゃ。 そこの横穴を通って用水管理室に向かうんじゃ。』





背中に抱えたユウマを必死にかばいながら細い横穴を通ってコウは進む。

段々暗かった穴の中に光が入ってくる。

...ここだ。

塔を登って研究室へむかったあの排気口とつながってる。


コウは排気口の格子を外し、用水管理室に降り立つ。


「まさか。ほんとにくるとはねえ。 唯一の地下からの脱出口。ここに私が来て正解だったとは。」


降り立つ部屋から声が響く。

着地と同時にコウの目の前に現れたのは、さきほどのトランシーバーの声の主。


レイラ隊長だ。


デンじいさんは策があるって言ってたけど...。


「あんたたちにユウマは渡さない。」


「そりゃ無理ってもんさ。 当然そのユウマもそうだが、君も随分と重い罪を犯したことになる。 君たちは仲良く地下送りさ。」


この人は強い。レンの時にも感じた強者の雰囲気。それをこえるほどの肉体の練度。まともにやれば確実に勝てない。


「俺はいい。 だがこいつは許してやってくれ。 俺と違って悪いことはなにもやっていないはずだ。」


「たしかに君はこの城に侵入し、勝手に囚人を連れ出した。 レン君のトランシーバーも持ってる。 まさしく重罪だ。 それに比べてユウマ。そこの彼は君に連れ出されているようにしか見えない。 ぼろぼろで被害者のようだな。」


「そうだ。俺が悪いんだ。 だからユウマだけは...」


「だが、それは無理な相談だ。 それ以前に彼は____」


『なにか揉め事かの?レイラ隊長殿。』


またもや聞き馴染みのある声。デンジの声だ。

コウは自分の懐に目を向けかけたが、どうやら音の出どころはレイラの懐だ。


制服のポケットからトランシーバーを取り出し話しかける。


「...なんだよ。デンじい。私は今忙しいんだ。 世間話ならまた聞いてやるよ。」


『ワシが隊長殿に世間話をしたことがあるかの。 まあいいわい。 それよりも侵入者の件どのようになっておるか気になっての。』


「ああ、それなら。」


レイラがこちらを一瞥する。


「まさにここにいるよ。 今夜はゆっくり眠れそうだな。 デンじい。」


『それは良かったわい。 おぬしが直接とらえるなら安心じゃな。』


デンじいさん!?何言ってんだ。俺たちの味方じゃなかったのか?

そう言いたいのをこらえ、成り行きを見守る。

策がある。距離をとれだったな。


「...で要件は以上なのか? 今忙しいからきるぞ。」


『いやいや待て待て。 ワシの発明を見たいとおぬし言っておったじゃろう? ちょうど今の状況に使える発明があるんじゃ。』


「発明?今の状況? ふーんデンじいも気が使えるんだな。」


レイラの眼差しは相変わらずこちらを向いているが、俺たちをそっちのけで会話している今がチャンスってことなのか。


そっと抜き足差し足で地下水路に抜ける扉に近寄る。

よし行ける!


そう思ったそのときコウの足元の地面に短剣が刺さる。

レイラが投げた?短剣は深々と地面に刺さっており、一歩間違えればコウの足を深くえぐっていただろう。


新たに取り出した短剣を手で弄びながらレイラは会話を続ける。


「で? その発明はいまから見せてもらえるのか?」


『よし大丈夫じゃ。 確認するが、おぬしたちがいるのは地下の用水管理室で間違いないな?』


「ん? ああ、あってる。」


『...スイッチオン..じゃ!』


ピッという音とともに部屋が揺れる。


「なんだ!?」


レイラも含めこの場にいる全員が混乱している。

何が起こるんだ!?

部屋を見回すと、さきほどまであった何かの機械のようなものたちが金属の箱に収納されていた。

ウィーンという音とともに天井と床から複数本の杭のようなものが生え、パチパチと音を立てている。


『今すぐ部屋から出るんじゃ!』


その言葉をききコウは咄嗟にドアに手をかけ思いっきり開く。

逃げろっ!!

足に鋭い痛み。

振り返るとレイラがトランシーバーに向かって怒鳴っており、レイラのこちらに向けられた右手からは短剣が消えている。

右足を短剣が切り裂いた。力が抜ける。


逃げられない。ユウマだけでもっ!!!!


こちらに向かってくるレイラからかばうように、背負っていたユウマを地下水路の通路に向かって放り投げ、扉を閉じる。

部屋にはレイラとコウだけが取り残された。


「おい! デンじい! なにが__」


次の瞬間。杭から激しい光が発せられる。

全身の身の毛がよだつような感覚。それと同時に、体中が爆発したような感覚。

激しい光は部屋中を包み込む。


これがデンじいさんの策___


バリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリッ!!!!!!


「がぁあ゛あ゛ぁあぁああ!!!!!」


レイラがうなるように声を上げ白目を剥き痙攣している。

だが光がやむ様子はない。


これはまさか。

っ電気か!!


杭から電撃が放たれ部屋中を隅々まで駆け巡り、決して部屋に存在する者たちを逃がさない。


「あ゛あ゛ぁあぁああ!!!」


コウは必死の思い体を動かす。


激しい光のせいでなにも見えない。











気が付くと、コウはユウマとともに地下水路に倒れていた。

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