Lv.16 決戦!炎に焦がれし男

静まり返る薄暗い闘技場。

その中央でレンは紙切れを片手に立ち尽くす。


「いったいどうしてこれを...。 だが、これは...間違いなくこの俺が....。」


ぶつぶつとひとりごとを呟きながら、紙切れをつかむ腕はわなわなと震え始めている。


次の瞬間、闘技場にレンの初めての怒号が響き渡った。


「貴様ぁっ!! どうしてこれを!! どうしてこのチケットを貴様が持っているっ!!!!」


チケット?

吹き飛ばされダメージの蓄積で意識が朦朧としていたユウマが怒号により意識を回復する。

チケット?

僕がオーギさんからもらってコウにあげたあのチケットのことか?

まだコウが持っていたのか。

いやそれよりもなぜレンは過剰な反応をみせている?

なにがおこってるんだ。


ユウマが事態を確認しようとあたりに漂う土煙を払いのけると、ユウマと同じように反対の観客席に吹き飛ばされたコウと、そのコウにむかってずかずかと怒りを露わにしながら歩くレンの姿が見えた。


レンの側にはキューブが現れている。

まずい!コウがやられる!

助けに入ろうとするも身体が重い。


レンはぐったりとするコウの前に立つと静かに怒りの感情を見せながら口を開いた。


「...このチケットは俺が師匠に渡したものだ。 俺の命を救ってくれた師匠に、強くなった俺をみてもらうために。 それなのに...。」


「それなのになぜ貴様がこれを持っているっ!!! 貴様、師匠に何をした!!! 答えろっ!!!!」


明らかな様子の変化にコウはなるべく刺激を与えないように端的に話す。


「それはもらったものだ。 決して誰かから奪ったりしたものじゃない。」


「もらった...だと...? ......ははははは。 そんなことあるわけないだろ? 俺が師匠に渡したものだぞ? 師匠がこんなどこの馬の骨ともわからんやつに渡すものか。 ......もういい。わかった。 最初からこうしておけばよかったことだ。 侵入者は排除する。 それでいい。」


レンが腕を振り上げると、キューブがレンの頭上に浮かびあがる。

ユウマのときと同様、押し潰す気だ。

幸いレンはコウに集中している。ユウマには目もくれていない。

今がチャンスなんだ。


動け。動け!動けぇええ!

疲労によって震える足に力を込め、全力で地面を蹴る。

いけるっ!!


「貴様も許すと思っているのか?囚人。」


「ぐがっっ!!!!」


右からの強い衝撃。

頭の中の何かがはじけ視界が白くなり、思考が吹き飛ぶ。




だめだ!!

考えろ!!

何が起きた!

地面を転がり勢いを殺し立ち上がり視界を広げる。

ユウマの視界に半透明の物体が映る。


キューブだ。

キューブだと。

まさか。ありえない。

二つ目の...。

隠していたのか!?

だがそんなこと...。


一瞬の思考さえ許さないかのようにキューブがユウマに再び向かってくる。


何度見た攻撃であろうと、体がついてこなければ避けることはできない。

体は限界だ。だが限界だからとへばっていては二人はここで終了だ。

命を削ってでも体を動かせ。


「あちらは限界だな。 ふぅ。さてこちらも片づけるとするか。」


キューブはぎりぎり捌き続けるユウマを一瞥し、レンは小さくため息をつくとコウの方に向き直る。

両者とも疲れが見え始めている。


「...ハッ。どうした抵抗しないのか。 拍子抜けだな。」


「どうかな。」


コウの言葉をレンはふっと嘲笑すると、腕を振り下ろす。

キューブがコウに向かって落下する。これを食らえば頑丈なコウでもひとたまりもない。




レンの誤算一つ目。


レンは知っている。仮にも警備団の副隊長。戦闘経験はユウマ、コウよりはるかに多い。この距離、その体勢でレンのキューブをよけるのは不可能であることをレンは知っている。


コウはわかっている。相手は自分より格上だと。

コウは知っている。自分の力の使いどころを。まだ相手に自分の力を見せていないことを。


キューブがコウを押しつぶす刹那、コウの体の一部がバチッという音をたて薄黄色の火花へと変貌する。

レンは気づいて動き始めたがもう遅い。

二つのキューブの同時操作に加え、初見のコウの能力。ここまでの戦闘。

思考が加速する。


”電気化”した部分が落下したキューブによってジッという音とともにはじける。

その音ともにコウが地面を蹴る。

スローモーションに錯覚するなか、コウのパンチがレンのノーガードの体へと炸裂する。

初めてのまともなヒット。


「ぐっ!!!」


レンの顔が痛みにゆがむ。それと同時にコウがすり抜けたキューブが地面に墜落する。

レンはコウのパンチを受け、闘技場中央、フィールドの真ん中まで吹き飛んだ。





ほとんど足の感覚がなくなってきた。

それでもキューブによる攻撃はやまない。

もうだめだ。限界だ。

そのとき視界の端にコウにめがけ落下するキューブがうつる。

ああ。僕たちこれで終わりか。


次の瞬間、レンが吹き飛ぶ。

コウがレンに攻撃を当てた。

攻撃を当てた!!

絶望が渦まく頭に希望の光がさす。


レンが攻撃をうけた影響か。シュンという音ともにキューブが消える。

レンは体勢を立て直していない。


一気に決める!!!


ユウマとコウは倒れるレンに向かって走り始める。

キューブが消え、防御がなくなった今がチャンスだ。ここで二人で一斉に攻撃をしかければ、奴を倒せる。


コウがレンに攻撃をしかけたそのとき、コウの目の前からレンが消える。

やはりまだ動けるのかっ!!!まずい!

反応が遅れる。

ユウマの目の前にレンが現れた。

避けられる気力はもうユウマには残っていない。


「がぁっ!!」


レンの膝蹴りがユウマをとらえる。

ユウマの体は再び吹き飛び、フィールドに倒れた。

ピクリとも動かない。


「ハァハァ...てめぇ!! ユウマを狙うんじゃねえ!!! 俺と戦え!!!」


「...ハァハァ  ...戦闘において、敵の数を減らすのは、勝利への鉄則だ。 ...ふぅ。 そんなこともわからないのか。」


「なんだとっ!!!! ふざけんじゃねえぞ!!!」


そういって大声で疲労を振り払いコウはレンに対しインファイトを仕掛ける。

レンとコウの能力的に、遠距離戦ではどう考えてもレンに分がある。コウにできるのはレンになるべく能力を使わせないよう、接近戦で得意を押し付ける戦い方だ。

電気化はすり抜けという特性上、初見が一番効力が高い。ユウマによると。一度見せた以上は出し惜しみしない。ユウマのアドバイスだ。


電気化を使い、レンと接近戦を繰り広げる。レンが能力を使っていないためか、ほぼ互角の状況だ。

レンの攻撃をコウがすり抜け、コウの反撃をレンは技量によって受け流す。


これならいける。電気化で相手の不意を突くことが出来るコウにはレンを倒すチャンスがある。

そうコウが思い始めた時だった。


「貴様の能力。 実に貴様の戦闘スタイルに合ったいい能力だ。 初めの攻撃では受けてしまった。それは認めよう。 貴様の能力は素晴らしい。」


疲労からか呼吸を荒くしながらもレンは続ける。


「だが貴様はその能力を理解しきれていないようだ。 だから粗が出る。 3つ。貴様の弱点を教えてやろう。」


レンの蹴りがコウの頭めがけて放たれる。コウは頭を電気化し避ける。


「一つ目。一度にすり抜けられる範囲が決まっていること。」


コウの頭をめがけた蹴りは途中で止まり腹部へと放たれる。

いわゆるフェイント。頭部付近を電気化していたコウに腹部への蹴りがヒットする。


「ぐっ!!」


「二つ目。すり抜ける”それ”にはインターバルが存在すること。」


腹部への蹴りによってよろめいたコウの頭にレンの回し蹴りが放たれる。

咄嗟にガードするも勢いは殺せない。


「ぐぁあ!!!」


「そして3つ目。」


吹き飛ばされたはずのコウの目の前にレンが立っている。


「貴様のその近接戦闘特化の能力。 それを用いたとしても」


「この俺には勝てないということだ。」


レンがコウの首を鷲掴みにコウの体ごと持ち上げる。


「ぐぅぅぅうう!!」


コウが苦しそうに声を上げ、足をばたつかせ、レンの腕をつかむ。

だが、思うように体に力が入らない。

瞼が下がり、思考が消えていく。






だめだ。だめだだめだ。

ユウマの意識が覚醒する。

気絶していた!?どうなった!?

体は動かず、頭を少し持ち上げることしかできない。

少し先ではレンとコウが戦っている。

自分が先に倒れている場合じゃない。

だが、ユウマの体はうんともすんともせず、微動だにしない。

頭だけが思考だけが諦めずに働き続ける。


諦めるな!!

自分にできることを考えろ!!!

もうわかってるんだ。わかってるんだよ!

レンの能力の正体。気になってたことが結びついたんだ。

あとは行動するだけなんだ。

動け動け動け!


レンの能力。あのキューブの正体はおそらくレンの体力、生命力、エネルギー、そんな感じだ。

それなら説明ができる。

油断しないレンが最初からキューブを使わなかったのは、体力を温存したかったからだ。

レンの速さと力を持っているのは、レン自身のそれを活用していたからだ。

おそらく出現と操作。どちらにもエネルギーを使う。

曲線的な軌道で操作できるにも関わらず、単調な直線攻撃をしていたのはそのためだ。

キューブの出現速度を見る限り、手元にキューブを作り直して攻撃すれば僕にあてられる機会は何度かあった。それをしなかったもの、キューブをつくるのにエネルギーを使うから。

二つ出せるのに一つずつ出していたのは、二つが限度だったからだ。現に二つ出した時間はごくわずか、今はもうひとつもキューブを出していないし、いままで一切疲れをださなかったのに二つ出してからは疲れが目に見えて出ている。


つまり、レンもそうとう疲れがでている。

というかもうキューブを出していない以上、完全に底が見えている。

あと一歩なんだ。

あと一回レンを崩せば、コウが必ずレンを倒す。

だから!

動け!僕の体!!!


思考の間にコウがレンによって首を絞められている。

ユウマは必死にしびれつつもじりじりと右手を地面に引きずり前へ出す。


能力があれば、僕に遠距離で攻撃できる能力があれば。

ここから攻撃できるのに。


「っコウを...コウをっ 放せぇぇえええ!!!!」


ユウマの渾身の叫び、前に突き出した右手の甲が光る。


本だ。

散々ユウマをひどい目に合わせた、茶色い装丁の分厚い本。

それがユウマの叫びに共鳴したかのように目の前に現れる。

訳が分からない。

本能だけがレンに攻撃を仕掛けることをやめようとしない。


本は、その表紙は淡い赤色の光を放ち、宙に浮かぶ。

次の瞬間。

手のひらから赤い光が揺らめく。

これだっ!!これを!!...これは?


わからない。

だがやるしかない。

手のひらの赤い光は膨張し、指の間からその正体を現す。

炎だ。

燃えている。

本能が告げている。やれと。


「うおおおぉぉ!!」


訳も分からず、体のいたるところに力をこめる。

次の瞬間。炎はユウマの手のひらを離れ、ゴォという音ともに射出されたのだった。





油断はしない。

この俺は勝ちにこだわる男だ。

ここまで体力を温存し、いかなる想定外にも対応できるようにしていた。

その甲斐あってか、空から落ちてきた正体不明の侵入者もろとも撃破することができたのだから。

さすがに師匠の一件で冷静さを失い、体力を使いすぎたのはまずかったが、この状況からこいつらがこの俺に勝つことはない。

常に警戒していた頭の切れる囚人も力尽き体を動かすことはできず、身体能力の高いこの侵入者も今や死の寸前だ。

さいごまで力を緩めず息の根をとめる。そうすれば、この俺の完全勝利だ。


そう思っていた。


レン二つ目の誤算。

いやこの場にいる誰もが想像だにしなかった。

力の発現。


レンの視界に赤い光が入る。

次の瞬間には熱と衝撃がレンを襲う。


「ぐっ!!」


衝撃によろめき思わず手を放す。制服に火がついている。

何が起きたというんだ。

制服のボタンを引きちぎり投げ捨てる。

投げ捨てられた制服によってコウの姿が一瞬消える。





視界がぐっを明るくなり、酸素が一気に体中をめぐり、機能がONになっていくのを感じる。

コウにはわかっていた。

それよりも信じていた。自分にはユウマがいることを。ユウマには自分がいることを。


途切れた思考をつなぎ合わせ最善の行動を。

着地と同時に思いっきり息を吸う。

体が急な環境変化に悲鳴を上げているのが分かる。

だがそんなことを気にしてはいられない。


体をひねり力をためる。

やることはわかっている。決まっている。

本能と理性が合致し、ただ一点をみる。

脱がれた制服によってレンの姿が消える。

ここだ!!!!!!!


「う゛お゛ぉぉぉぉらぁぁああ!!!!」


コウの渾身の一撃が決まる。


レンの体は吹き飛び、フィールドに転がる。体が動く気配はない。

やっとだ。

やっと。





「俺たちのっ 勝ちだぁぁぁぁあぁぁあ!!!!!!」





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る