Lv.13 その男、清廉潔白

「おーい。デンじーさん、いるかあ? ってあの人はこの部屋からでねえや。」


扉の向こう側から聞こえた女の声にデンジが反応する前に扉は開かれた。

間一髪だった。コウが穴へと飛び込み床の穴が閉じるのと、扉が開くタイミングはほぼ同時だった。

女が部屋に入るころには床の穴は再び閉じ、元の研究室へと戻っていた。

コウがいたことがばれることはないだろう。


「なんだ、やっぱいんじゃん。 なんで返事してくんねえーだよ。 っていつものことか。」


デンジの研究室にはいってきた女は、すらっとした長身で背筋はよく、長い橙の髪を頭のうえにまとめ、警備団の制服を着崩した、どこか威厳のある女だった。


「すまんなワシとしたことが。 集中しておったようじゃ。 レイラ隊長殿。」


デンジは内心にばれていないかという不安を抑え込み、あくまで平然を装って接する。


「いやいいんだ。ところでさっき、悲鳴のような音が聞こえた気がするんだけど?」


「悲鳴? ワシには聞こえんかったが、風の音かの?」


「風の音? デンじい、この部屋だいぶ気を使ってんじゃねえか。 音がしたら集中できねえってな。 風の音なんかすんのか?」


「集中していて聞こえん音は鳴ってないも同義じゃ。 なにか問題あるかの?」


「いや。ねえけど気になってな。 というのも要件にかかわることなんだけどよ。」


レイラ隊長の目つきが変わる。


「私の予想だと、今晩中に侵入者が来ると思うんだ。 それもこのあたりに。」


「......ふむ。 どうしてそう思うんじゃ。」


「お! 珍しく興味持ってくれんじゃん。 なんか思い当たることでも?」


「......今の段階で思い当たることなどないわい。 侵入者と聞けば、ワシが黙っていられるか。」


「このガラクタ目当ての泥棒ってか? このガラクタにわざわざ城に潜入する価値はあるかは置いといて。 ...どうにも私の部下たちによると、例の少年の関係者が現れたようなんだよ。 その関係者は任意同行を拒否、さらには我々の業務を妨害したとの報告があってね。 その関係者の動向を察するに今晩にも...というのが私の推理だ。」


「物騒な話もあるもんじゃの。 今晩の戸締りはよくせんとな。 ほら部外者は帰った帰った。」


デンジがレイナを部屋の外へ押し出そうとする。


「ああ。わかったよ。 仕事の邪魔して悪かったね。ところで、...」


「......そのトランシーバー、デンじいが今朝レンに渡した奴だろう?今朝見たものと同じものだ。」


デンジは思わず机の上に置かれたトランシーバーを目にする。


デンジのトランシーバーとレンに渡したトランシーバー、コウに渡したのは果たしてどっちだったか。いわれてみると残っているのがレンに渡したもののようにも思える。が、確認のしようがない。見分けはデンジにも難しいのだから。


「レン君だけどさあ。 今朝それ受け取って任務に出かけた以来、ここには戻ってきてないはずだよね。 どうしてそれがここにあるのかな。デンじいさん?」


「た、隊長殿の見間違いじゃろ。 これはレンのやつに渡したやつじゃないぞ。」


思わず動揺が出る。


「ふーん。まあそうだよな。 今朝見たやつと同じって言ったが、さすがの私もトランシ-バーの区別まではつかないしな。」


「...もういいじゃろ。 さあワシは発明の続きをしたいんじゃ。 帰った帰った。」


「わかったよ。 私もデンじいの発明には期待してるんだ。 頑張ってくれよ。」


そういってレイラは研究室を出ていった。


「あ、そうそう。」


デンジが安堵したのもつかの間再びレイラが顔を出す。


「な、なんじゃ?」


「最後に一つ確認。さっきの件だけど。...」


「...レン君に渡したトランシーバーは、まだレン君が持ってるってことだよな!」



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その男は闘技場のフィールド、その中央に立っていた。

目を閉じ、何かを思うように天を仰いでいる。

こちらには全く気付いていないようだ。


ゆっくりだった歩みを止め、ユウマははっと息をのんで廊下の角に身を隠す。想定していたとはいえ、いざ遭遇することとなるとやはり焦りが生まれてくる。


例の副隊長。僕の監視にくる者だろうか。一体あんなところでなにをしているんだ?

とにかくここを抜けるには、なんとかしてあの男を切り抜けなければ。


幸いにも闘技場は薄暗く、地上から降りてきて間もない男では、目も暗闇にいたユウマほどは慣れていないだろう。

今のうちに観客席を使って隠れて抜けることができるかもしれない。

依然としてその男は動く気配がない。早いうちにここを通り抜けてしまおう。

この闘技場は中央にあるバトルフィールドを囲うように観客席が段々に設置されている。そのためフィールドはユウマのいる位置より低く、向こうからはこちらの様子は見えにくいはずだ。


「よし。」


ユウマは小さく深呼吸をし、近くの観客席の裏に身をひそめる。席の隙間から様子をうかがう。

どうやらまだこっちには気づいていないようだ。

この調子なら切り抜けられるかもしれない。


まさにユウマの期待通りとなった。

フィールドを回り込む形でユウマは観客席の後ろを通り、すでに出口の階段まで残り半分のところまで到達していた。

例の男はいまだ微動だにせず、天を仰いでいる。もうすぐ彼の背中も見えそうだ。

よしあと半分。

ユウマが男から目を離し、さらに出口まで進もうとしたその時だった。


「おい。」


男の声がしたと同時にユウマの左側、壁のある方から強い衝撃を受ける。


「ぐっ。」


謎の衝撃に吹き飛ばされたユウマの体は観客席を飛び越え、フィールドにめがけて飛ばされる。

ユウマは地面に手を伸ばし、飛ばされた勢いを殺して着地する。

地面から目をあげると、さきほどまで微動だにしていなかった男がユウマを見下ろしている。


初めて間近で見たその男は警備団の制服を完璧に着こなしたユウマと年のさほど変わらない青年だった。

純白の制服にはしわの一つも存在せず、きれいに切りそろえられた前髪からは刺すような朱色の瞳がユウマを見下ろしている。

まるで清廉潔白を体現したかのような風貌の青年だ。


「おい。貴様。」


警戒し身構えていたユウマに青年は語りかける。


「無視するな。貴様。どういうつもりだ。 どうして平然をこの俺を素通りできると思った。」


す、素通り。するつもりはさらさらない。だからこそコソコソとしていたのだ。


「答えない、か。 まあいい。 では選べ。 この俺に半殺しにされて牢に戻るか。 おとなしく自分で歩いて牢に戻るのか。」


なにが目的だろうか。力ずくではなく、あくまでユウマと対話をするつもりのようだ。それにこの青年、清廉潔白かのように思えたが、話口調は粗暴だ。


「これも無視、か。 貴様何がしたい。 牢に戻る気がないのなら今すぐにでも半殺しにするぞ。」


「...戻るつもりは...ない。」


はいそうですかと戻るわけにはいかない。ここは強行突破するしか手立てはない。


「そうか。 貴様も変わったやつだ。 わざわざ半殺しにされたいとはな。」


「...それはさせない。 僕はここから出る。...君を倒してここを出る。」


「ほお。 この俺を倒す。 それはおもしろい。 貴様、ここが闘技場だからと便宜を図ったわけだな。 気に入った。 では貴様のその無謀なバトル、受けるとしよう。」


青年はユウマの発言を決闘バトルの申し込みと受けとったらしい。

ユウマに背を向け、青年はフィールドのユウマと反対側へと歩き、ある程度距離がはなれると、再びこちらに向きなおった。

ユウマはその様子をただ見ることしかできなかった。青年の行動を予測できない。


「特別だ。 俺か貴様が満足するまで今日はバトルに付き合ってやろう。 貴様にはこの俺に挑むだけの器量がある。 ぜひともこの俺を楽しませてくれ。」


ユウマはゆっくりと臨戦態勢をとった。

これは逆にチャンスだ。この青年はユウマに気づいていたにもかかわらず、問答無用で攻撃するわけではなく、対話を試みた。

問答無用で攻撃されていたら、どうなっていたかわからない。その点バトルまで持ち込めたなら相手を倒せばいい。

どうせ牢を抜けたことはすぐにばれることだったのだ。

この青年に勝てば結果は同じことだ。

そう、勝てばの話だ。


「やる気があって実にいい。 では、ルールを確認しよう。」

ルール

・フィールドはこの闘技場の空間全部

・武器・能力の使用は自由

・俺か貴様どちらかが満足、戦闘不能になったら終了


「これでいいな。」


「ああ。」


ルールはこの際どうでもいい。勝てばいい。勝ってここから出る。そのことだけを考えるんだ。


「さて始めよう。」


青年は大きく息を吸うと、高らかにバトルの宣言をした。

「俺、王国警備団2番隊副隊長レン vs 貴様、囚人ユウマ  決闘のはじまりだ!!」


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