Lv.12 光の面影

看守が灯したあかりはゆらゆらと揺れることもせず、ただ黒い石の壁を淡々と照らしている。

ただ空気が詰まった石の箱は、一人の少年を閉じ込めておくにはあまりにも重い。

鉄格子の隙間から見える無限に続くかのような長い廊下は、その先にある電灯のかすかなあかりをかき消すには十分だ。

自身が体を動かさなければ空気は動かず、音をたてなければ無音が響く。

まるで暗い闇が体を覆っているかのような錯覚に陥りそうだ。

鉄格子によって区切られたこの部屋にユウマは静かに座り込んだ。


不思議な床だ。先ほどまで歩いていた石畳とは違う。

この場に立っているだけで、力が吸い取られるような感覚。あの時に似た感覚だ。あれほどではないが。

焼けた肩は薬のおかげか痛みは和らいでいるはずだが、どうも記憶のせいかずんずんと重い痛みが体に響く。


落ち着こうと、すう。と息を吸うと、喉が以上を察知したようでは激しくむせた。

当たり前だ。ここは何十年も使われていないと聞いたじゃないか。暗くてわからないが、ほこりやかびでいっぱいに決まってる。

袖を口に当てもう一度浅く呼吸を整える。ようやく落ち着いてきた。


「さて、どうしようかな。」


闇につぶされそうなのをごまかすようにひとりごとをを呟く。声に出せば、頭の整理もついてくる。


「まず、僕がどうしたいのかをはっきりさせる。目的がなきゃ人は行動できない。」


これはすでに決まっている。


「僕はここから出る。」


「次に、どうしたら達成できるのか、どうして達成できないのかを考える。」


「ここから出るには、他人に出されるか自分で出るか、この二つしかない。」


当たり前のことだけど。


「前者は僕をここに閉じ込めているのが王様の意志なら、......あの様子じゃ出してもらうことは出来なさそうだな。 となると、さっきの看守かな。」


「だけどあの人なんかダメそうなんだよなあ。 気持ちはありがたいんだけど。 じゃあ監視に来るっていう看守?たしか警備団の副隊長だったっけ。」


そこまで考えユウマは頭を振る。


「ダメだ。 王様の命令で僕をとらえたのが警備団なんだから、警備団の人間は王様とつながっている可能性が高い。 助けを求めることもやめた方がいいな。」


ここまできて、頭の片隅においていた存在に手を出す。


「___コウ。  いや、だめだ。」


こんなことになってしまったのは、僕......のせいじゃないけど、ここまで大事になってしまえばコウを巻き込むことはできない。

コウは僕の現状を知れば、まず間違いなくここまで助けに来てくれることだろう。

だからこそ、そんなことはあってはならない。

王様側の人間の許可なくここを出るようなことがあれば、間違いなく僕はこの国にはいられなくなる。いわゆるお尋ね者だ。


コウなら笑って許すだろう。

それがユウマの心の一生拭い去ることのできない罪悪感という枷になる。


「やっぱり、ひとりでここを出る必要がありそうだ。」


そうなると、突破すべき壁は...。


「鉄格子、地下、そして......この国だ。」





考えをまとめ思考は澄んできているが、現状なにひとつ問題は解決していない。

この鉄格子をぬけ、地下から出て、国を去るこの具体的な方法を一刻も早く考えなければ。


「カギは......看守から盗るしかないよね。 でもどうやって。 もってる可能性のある相手は副隊長だぞ...。」


ユウマはそう言いながら、立ち上がりふらふらと牢屋の中を歩く。

歩いたほうが考え事をしやすいなどという癖はないが、どうにも床が気に入らない。

暗闇に目が慣れてきたのか牢屋の全貌がかろうじて見え始めた。

変な紋様が入った床。ぼろぼろの布がおかれた寝床と思わしき板。


「うえ。やっぱりカビとほこりだらけだ。見えないほうがよかったなあ。」


排泄用の穴。最低限のものしか......。

広いといっても牢屋は牢屋だ。このなかでどうこうしてはたして出れるものなのか。


「あれ?」


これもまた癖ではないのだが、顎に右手をあてて考え事をするポーズをとろうとした時だった。

ユウマの右手の甲がうすぼんやりと光を放っている。

甲に浮かび上がったその光にはっきりとした形を見出すことはできないが、どうやら円をなしているようだ。


「なんだこれ。手が光ってる...?」


ユウマの甲から発する淡い光は、ほわほわとあたりを漂い消えていく。だんだんその光達は同じの方向に漂いはじめた。


「なにが起きてるんだ...?」


ユウマが光の漂う方を見ると、そこにはさきほど見回った時に確認した寝床があった。

正確には、その上に無造作に置かれた布切れだ。

さきほどまで注目してなかったが、漂う光に反応してか、わずかに布切れが光を発している。


「そこになにかあるっていうの...?」


恐る恐るユウマは布切れに近づく。


よく見ると、布切れがわずかに膨らんでいる...ような気がする。カビやほこりはこの際気にしてはいられない。なにかあるそう思わせるには十分なことが起きているんだ...。

牢屋の奥、闇が掃き溜められたような寝床に足を踏み入れ、淡く光る布切れを思い切って寝床からはがす。

布切れを取っ払ったと同時に音をたて床に転がったのは、錆びた一本のカギだった。





鬼が出るか蛇が出るか。

体が硬くなるほどに身構えていたユウマの思考が布切れから飛び出たものによって一瞬にして吹き飛ぶ。


「カ...ギ...だって......?」


カギ。鍵。牢屋。なんで。汚い。使える。誰の。なんで。

白くなった頭に押し寄せる思考の波を抱えながら、ユウマはカギを拾う。いつの間にか光は消え、牢屋は元の暗闇を取り戻していた。


次々に押し寄せる言語化には至らない思考をはねのけ、絞り出すようにこのカギの最大の疑問を口にする。


「このカギは..."どこの"カギだ...?」


この際、なぜどうしてと考えるのは無駄だ。ほかになにも見つけられなかった以上これになにか糸口を見出すしかない。

ユウマにとって、このカギの最も重要な謎はこのカギがどこの扉を開けるカギか。

さらに簡単に言うと、このカギでこの牢屋を開けることができるのか。これに尽きる。


はっきり言えば、ユウマの中には妙な確信があった。というのも、このカギの形状と牢屋に入る前、あの看守が取り出した青い宝石のような鍵の形状がユウマの記憶の中で合致したからだ。


「牢屋のカギだ...!...そうだ!」


鍵の同一性を人間に視認できるかどうか、そんな些細なことはどうでもよい。

ユウマはこのカギしか今頼れる手段がない。まさしく脱出のカギそのものなのだ。

推測・考察が希望へとすり替わるほどユウマは追い詰められているともいえる。

なんにせよ、ユウマの取るべき行動は一つ。

試すしかない。このカギが脱出のカギ足りえるのか。


「早速、試してみよう。」


カギを見つけた衝撃。脱出の糸口を見つけた喜び。牢屋のカギではないかもしれない焦り。拷問の体へのダメージ。恐怖。

ユウマの感情は複雑に混ざり合い、その影響は体にも出始めている。

動悸は激しくなり、足はもつれ体は思うように動かせない。楽になりたい。ここから出たい。その一心で牢屋の扉、錠のついた扉へと歩みをすすめる。


幸いなことに鉄格子の隙間は一辺10cmほど。腕ならば簡単に通る。

カギを手に持ち、右手を鉄格子から通し、錠前のカギ穴へとカギをさそうとする。


カギは驚くほど簡単にささった。

右手に力をこめ少しひねるとカチッという音とともに錠前が扉から外れる。さらに激しくなる動悸を短い深呼吸で落ち着かせ、左手でグッと扉を押す。

ギィィと金属がこすれるような音をならし、ユウマを閉じ込めていた牢屋はいともたやすくその扉を開いたのだった。




「扉......開い...ちゃった...」


開かれた扉を前に、ユウマは安堵からか体の力が抜けそうになるのを鉄格子をつかんで耐える。

まだここで終わるわけにはいかない。ここからも本番続行だ。


「次はこの地下から出る。 ...看守がここへ来る前に。」


ユウマは牢屋の外にでて、そっと耳を澄ます。足音どころか物音ひとつ聞こえない。こちらに聞こえないということは向こうも聞こえる距離にはいないということだ。


「今のうちに...!」


ユウマはまた深呼吸をすると、地上への階段に続くはずの暗い廊下を歩き始めた。





焦る気持ちはあるが、ここで走って大きな物音をたてるわけにはいかない。慎重に歩みをすすめるべきだ。

そう考えながらユウマは壁に手を突きながらそろそろと歩く。

確かここへ来たときは数十秒のしないうちに広い空間に出たはずだ。歩みが遅いせいかその広い空間にある闘技場のあかりが遠く感じる。

この静かな暗闇の時間の中で、ユウマはさきほど無視をしていた疑問について考える。すなわち、「"なぜ"カギが牢屋の中にあったのか」だ。


最も可能性が高いのは、罠だったということ。罠でなければ、牢屋のカギを牢屋の中に入れることがあろうものか。

ほかに考えられる可能性、というか希望になるのだが、忘れ物であるという可能性だ。正直これであってほしい。

神様お願いします。


余裕がない時に限って思考を放棄したのかとんちんかんな答えにいきつくものだ。

はっきりと無駄と言っていい思考をして、ユウマは長く思えた廊下を抜ける。

さきほどの空間よりもはるかに明るく広い空間。今は使われていない闘技場だと推測されるその場所に

奴はいたのだ。



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「発明家ねえ~。」


自己紹介を終え見るからに偉そうにふんぞり返っている老人を、コウはまじまじと見つめる。

大発明家デンジ博士を名乗るその老人はいたるところに汚れをつけた白衣を身に着けており、その首からは複数のメガネのようなものをぶら下げている。

もともとは銀髪であったであろう白髪が混ざった髪と髭を蓄え、発明家といえばこれというようないかにもな風貌だ。


「俺はコウ。 この世界の頂点を目指す大バトル家だ! ほら、約束のもん。」


そういってコウは軽く自己紹介をし、デンジにトランシーバーを手渡す。


「むむ。おお! わが愛しのトランシーバーよ! よく帰ってきてくれた!」


半ば強引にデンジはコウからトランシーバーをぶんどると、わが子をかわいがる親のようにトランシーバーに頬をこすりつけた。

そして一通り愛で終えると、改めてコウに向き直る。


「いやあ、おぬしにはぜひとも感謝したいな! うむ。してなにかワシにできることは......。」


ここで初めてデンジの関心がトランシーバーからコウへと移ったのだと思う。

デンジがコウの顔を見るや否や言葉がつまる。


「...?」


言葉に詰まり呆然とコウの顔を見続けるデンジに思わずコウは困惑する。


「おい。どうしたんだよ。 俺の顔見るなり固まっちまって。」


「...はっ! いや...まああれじゃ。 ...おぬしが昔の知り合いによく似ていたものでな。 いや、なんでもないんじゃ。ははは...。」


昔の知り合い?


「まあ、気にすることじゃないんじゃ。 ...さてなんの話じゃったかの。 ......そうそうトランシーバーのお礼じゃ。 どうする?特別にワシの発明品をひとつ進呈してやってもよいぞ。 さあ好きなものを選べ選べ。」


そういってごまかすような笑顔でデンジは部屋の隅のゴミのようにつまれたガラクタの方を指している。

デンジの反応に違和感を覚えながらも、コウはここへきた目的をはたして話すべきかを考えた。


「いや、じいさん。 悪いけどじいさんの発明品はいらない。 俺にはここに来た目的があったんだ。」


急に落ちたコウの声のトーンを聞いて察したか、デンジは静かにコウの話の先を聞き入れる体勢となった。


「実は俺ここへ来たのは、どうしても会わなくちゃ...会って助けたい奴がいるんだ...。 ...そいつ悪い奴じゃないのに警備団に捕まって...今、城の地下に捕らえられているはずなんだ。 ...俺そいつを助けるためにここまで来た。 ......城の人にこれを頼むのはどうかしていると自分でも思う。 だけど頼む。力を貸してくれ。」


コウは渾身のお願いとともに頭を下げる。

その終始をみとどけ、デンジは静かに椅子に座る。どうやら考え事をしているようだ。すこしたってようやく口をひらく。


「......今日捕まった少年がいることは、警備団のトランシーバーの連絡で聞いておる。 その少年がいまどこにおるのかも。 ...20もいかん若者が今回のような処置をうけるのはワシはいままで聞いたことがない。 つまりことはそれだけ大事ということじゃ。 ...おぬしがそこに関与することとなれば、たとえ助けることが叶ったとしても、叶わなかったとしても、相応の未来が待っておる。 おぬしはそれでもそやつを...助けたいと思うか?」


「ああ。」


デンジの問いにコウは短く答える。

覚悟は決まっている。ユウマが悪いことをしていないとみんなに教えられたらそれが一番いいけど、たとえそれができなくても、俺はユウマと一緒に生きる。

その覚悟が。


「...その目は相変わらずじゃな。 おぬしにはトランシーバーの借りがある。 ...わかった。手を貸そう。」





「助かるぜ。 デンじいさん。 ...それでユウマのことなんだけどよ。」


城の内部の人間であるこの人の手を借りられれば百人力だ。早速計画を始める。


「城の地下にいるってことだけしかわかってねえんだ。 さっきどこにいるかもわかってるって言ってたよな。 どこなんだ?」


「...この塔の地下にある今は使われてない収容施設じゃよ。 ワシも詳しいことは知らんのじゃ。 なんせここに来たときはすでにその収容施設は封鎖され、この塔は地下施設を上から隠すように建てられたようじゃからの。」


「そこにはどうやったら行けるんだ?」


「慌てるでない。 今は封鎖されとるといったじゃろう。 正規の方法では出入りは不可能のはずじゃ。」


「じゃ、いったいどうすれば...。」


「慌てるなといったじゃろう。 地下にはな。収容施設だけじゃない。 もう一つの施設が併設されておるんじゃ。」


「もう一つの施設...?」


「うむ......闘技場じゃ。用途は知らん。 じゃが、闘技場の排気のための大きな排気口が今も巨大な穴として残っておる。 ワシの隠し通路が活きるときが来たんじゃよ。 この研究室とその地下から延びる排気口はワシが以前趣味の一環でつなげておる。」


「つまり...?」


「ここから地下へ行けるということじゃ。」





「ほんとかよ! だったらいますぐに俺を地下に連れて行ってくれ。 頼む。」


衝撃の事実だ。トランシーバーを拾わなければ、ここまでうまくはいかなかったはずだ。もうすぐコウに会える。その気持ちで心が焦る。


「うむ。断る理由はもはやない。 まっておれ。 いま入り口を...」


そのときだった。

コツコツコツと靴鳴らす音がコウたちに聞こえてきた。

明らかに部屋の外から足音が近づいてくる。どうやらこの部屋を目指しているようだ。


「俺がみつかるのってまずいんじゃ!」


「不法侵入じゃしの。 もうすぐ入り口が開く。 開いたらすぐに飛び込め!」


そういって、デンジは部屋の奥、不自然な切れ込みの入った床を指さす。コンコンコン。

扉がノックされる。

まずい。 ノックと同時に床が開く。

飛び込もうとしたその時デンジがコウに向かって何かを投げる。


「念のためじゃ。 おぬしに渡しておく。行け!」


コウは飛んできた黒い石を受け取ると、その手で親指を突き立ててデンジに感謝を伝え、床に開いた暗く、そしてとてつもなく深い穴に飛び込み消えていった。








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