Lv.10 差す光と闇
カツン...カツン......。
石畳の階段を歩く二人の足音が響く。
国王の拷問を終え、ユウマは看守とともにさらに地下にあるという極悪の犯罪者しか収監されない特別な牢へと向かっていた。
国王に焼かれた左肩は傷薬のおかげでほぼ閉じかけていたが歩くたびに鋭い痛みがユウマを襲う。手かせのみの拘束とはいえ反抗する気には到底なれずに、ただひたすら看守の後ろを歩く。
当の看守はまだ若く、責任重大な今回の任務を受け、相当緊張した面持ちをしている。
二人しかいない薄暗く長い螺旋階段に心細くなったのかその看守が不意に口を開く。
「きゅ、急な知らせでき、きみを護送することになったけど.....。」
やはり重圧な責任からか言葉がつまる。だが、意を決したように話を続ける。
「第一級囚人収監施設...。 あ、今向かってるとこなんだけどね。あそこ、本当に悪いことをした人とか国でも秘匿にしたいほどの要人、た、例えば敵国の王族とかなんとか。まあそういう人とかを収監するって聞いてたんだけどね......。」
ユウマはただ黙って看守の独り言を聞く。
疲労が激しくて話をしてやれる状況じゃない。精神的疲労も身体的疲労もとうに限界を超えている。
「き、きみは!」
急な大声に少し驚く。
どうやら看守自身も想定外だったようだ。
「ご、ごめん。 でもきみは、そんな人にはボクには見えない。と思う。 ただ君の目をみてそう思った。 この人は悪い人なんかじゃないって。 そんな気がしたんだ。」
この人はいきなり何をいってんだろう。ぼんやりとユウマはそんなことを考える。
王直接の命令で僕を護送することになったのだからこの人には疑う余地もないはずだ。それを目をみて、悪い人じゃないなんて。
人の善悪を見た目で判断できるのであれば理想的な看守といえるだろうが、そんな人間はいない。
僕は国王の手によって悪にされてしまった。それがこの国の総意となるのも必然だろう。
「詳しいことは知らない。 きみが一体何をしてあそこに入ることになるのかも。」
ユウマが返事することはなくとも看守は続ける。
「あそこに入るほどのことってのは、本当におおごとなんだ。 ボクだってあそこに入れられる人間をこうしてはじめてみる。 詳しいことはまるで覚えてないけど、先輩は何十年ぶりだって言っていたような気がする。 それほどのことなんだ。」
「だから、ボクは自分の目できみが本当に悪い人間なのか確かめたい。 きみの身に何が起きたのかを正直に教えてほしいんだ。」
看守の静かな、だが確かに熱のこもった頼みに、ユウマは少し口を開く。
「国王が僕のもつ本を手に入れようとしていたことは間違いない。 けど詳しいことは僕もしらない。 僕はなにもしていないはずなんだ。」
「そうなると、きみの主張は今回の件は国王様の独断での私的な逮捕だったというのかい?」
「そうだ。」
弱っていた精神が看守の問いかけとともに熱を持ち始める。
「わかった、今すぐにできることは少ないけど、少しボクの方で探ってみる。」
看守の立場でそれはいいのか?そう聞こうとする前に二人は階段を降りきっていた。
階段を下った先には、地下にも関わらずだだっ広い空間が広がっていた。
思わずあっけにとられるユウマに看守が説明する。
「牢屋はこの先。 ここはなんだったかな。 でも、見た感じは.....。」
薄暗くてわかりにくいが、壁にかろうじて灯る電灯が空間を照らす。
「闘技場のようだね......。」
空間の中央にむかって段々となっており、中央には丸いフィールドがある。
さらに暗くてよく見えないが、天井には大きな穴が開いているようだ。
「さあ。行こうか。こっちだよ。」
看守がユウマの手かせを引く。思ったより強く引かれたが、やはり看守といったところか。
闘技場を挟んで階段と反対の方向へ向かい、そこそこに広い廊下を歩いていく。
数十秒もしないうちに大きな牢屋にたどり着く。ほんとうに数十年使われていないようで、そこらじゅうがほこりだらけで今にも息が詰まりそうだ。
「要人が入ることもあってか、普通の牢より広いつくりになってるんだ。 さあ、入ってもらうよ。 えーと鍵は...。」
看守が懐を探る。
「あった。」
取り出したのは青い宝石のようなきれいな鍵だった。
「これきれいだよね。 国王様が作らせた特注品らしいよ。 なんでこんなところに力を入れるのかなあ。」
そういって鍵を開け牢の扉を開く。
「ボクは護送の役で、監視役の看守は別の警備団員、たしか副隊長だったかな。 が務めることとなっていてね。 いまからきみを収監したことを報告に行く。 食事なんかは...。その人にきかないとボクもわからない。 副隊長はめちゃくちゃ強い人だから、逆らったり、ましてや逃げ出そうとするのはやめた方がいいよ。 ボクも上に戻ったら上司の人にかけあってきみの身に起きたのことを調査するから、それまで待っていて。」
そういってユウマが入った牢の鍵を閉め、看守は心配するような顔でこちらをちらりとみたあと暗がりの奥へと消えていった。
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時は少しさかのぼる。
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悪党どもを成敗したコウと警備団員の前に現れた少女が告げた凶悪犯の特徴に、コウは思わずユウマの顔が浮かぶ。
無邪気に笑う少女の前で、コウの表情がわずかに曇った。
「なあ、その男の子ってどんな奴だった? もっと詳しく教えてくれ!」
ぐいと。コウは思わず、その少女に問い詰める。
「ひっ。 私悪いことしてないよぉ。」
少女はそんなコウの様子に驚き、涙を浮かべ人混みへと逃げて行ってしまった。
「あっ!ちょっ!」
「今のはよくないな。 女児を怖がらせるような真似は控えるべきだ。」
コウをとがめた警備団員の男は懐から黒い石のようなものを取り出す。
「こちら142。 炎の闘技場の前で迷子と思われる女の子を発見したが、見失ってしまった。 親御さんとともに捜索を要請する。 女の子の特徴は、暗めの赤髪に.......。」
急な男の独り言とは思えない独り言にぎょっとコウは驚くが、どうやらその黒い石に向かって男は話していることに気づく。
「___以上だ。 こちらは引き続き路地裏の事件の被害者の捜索にあたる。」
黒い石の正体を考えていると、男は話し終えたのか石を再び懐にしまい、コウの方に向き直る。
「さっきの何だったんだ?」
「ああ、あれは"トランシーバー"とかいうものらしい。 我が国のある発明家が最近開発してな。 ある程度離れた距離でも話すことができるものだ。」
世の中にはそんなものまであるのか.......。世界ってすげえ。
「...それよりも君。 さきほど女児に対し、やたら凶悪犯について聞きたがっていたな。 何か知っていることでもあるのか?」
まずいな。
俺なんも悪いことしてねえのに悪いことしたみたいな気分になってくる。
「いや、俺と同い年くらいなのにそんな人もいるんだなあって.......。 そう思っただけだよほんと。」
「いやいや、別に君を脅そうというわけじゃない。 私たちも今回の件はわからないことが多くてね。 わかっているのは」
「犯人の名前はユウマだということぐらいだ。」
その言葉を聞いた瞬間にコウの体から一気にいやな汗が噴き出る。
まさか本当に...?だとしたらなんで?いったいどうして逮捕なんか?
ユウマに限ってそんなことは......ありえない。
あいつがなにかをしでかすとは...まだ思えない。
「やはりこの名前に聞き覚えがあるようだな。」
男の声にはっと我に返る。
しまった。反応見られてた。
「......ああ。 そいつは俺の家族だ。 ユウマは、あいつは今どこにいる。」
「その少年は現在王城の地下の収監施設に送還中だ。 君が彼に会うことはできない。あきらめろとしか言えないな。 だが別に、君を捕まえろという指示は出ていない。 だがそうか......。 今回の事件は我々警備団のなかにも疑問の声を持つものが数人いてな。 悪いが重要参考人として駐在所で君の知っていることを洗いざらい吐いてもらうことになるぞ。」
そういって男がコウの肩に手を伸ばす。 コウはその手を焦りの感情のまま払いのけた。
「そうか。 協力してはくれないということか。 では仕方がない。 不本意だが、今の行動を職務妨害として君を逮捕するほかない。」
そういって男がコウに歩み寄る。
だめだ。ここでおとなしく捕まればユウマの負担が軽くなるかもしれない。だが、コウの勘がだめだといっている。
ここで捕まれば、二人とも終わりだと。そう言っている。
持ち前の身のこなしを存分にいかし、コウは回れ右の急旋回で警備団の男を背に猛ダッシュで逃走する。
風を切る音とともに後ろで警備団の男がなにか言っているのが聞こえる。
その声を無視し、人混みを縫い、壁を蹴り、建物を伝い、逃げる。
悪いことしちゃったなあ。
コウの中に生まれた罪悪感という感情は、ユウマが囚われているといわれたあの城への意識によって一瞬で塗りつぶされていった。
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