Lv.9 身を焦がす思い

身体の震えとともに目が覚める。

どこだ、ここは......。

あまりを見まわそうにも視界が暗く何も見えない。はじめは目をつぶされたかと焦ったが、どうやら目隠しか何かをされているようだ。


身体の震えが止まらない。すごく寒い。

だが震えているのはそれだけではない。止めどない恐怖心がユウマを蝕む。

身体が自由に動かせない。どうやら椅子に拘束されているらしい。縛られた手首がひりひりと痛む。

一体何時間この状態なんだ。そもそも今どういう状況だ?


ユウマは少しずつ覚醒してきた思考で、自分の身に起きたことを必死に思い出す。

たしか国王の話を聞こうとして、あの本が...。

そうあの本が現れて、手にしたら...体の力が抜けていって...そのあと....。そのあと意識を失ったはずだ。

意識を失う前に、いやな言葉を聞いた気がするが、現実だったかの確証がない。むしろ現実ではないほうが嬉しい。


だが、こうして拘束され目隠しもされているのだから、相当まずい状況なのは間違いない。

さらに問題なのは、もし気を失う前に聞いたあの言葉が現実だったとして、この状況に陥る心当たりがないこと。

心当たりがないのだからこの後のことに心の準備ができない。


ユウマがそこまで考えると、二人の男の話声とともにこちらに近づいてくる足音が聞こえた。

音がかなり反響していることから、ここが屋内、地下、洞穴のような空間であることが分かった。

ユウマの耳にも判別できるほど声が近づいてくる。


「......報告ではそのようなものは発見できなかったと...。」


「そうか...。 やはり私が出るしかないようだな。 おまえは下がっていろ。 あとは私が直接調べる。」


はっと息をのむ。

この声は、間違いない。

この威圧的だが心に透き通るような声は...。


「お言葉ですが国王様、あなたが直接調べるほどに、あの少年のことが気になるのですか? ワシにはとてもそうには......。」


重そうな扉を開ける音が聞こえた。


「いや今回は私がやるしかないようだ。 おまえはこの部屋に誰も入らぬよう見張っていてくれ。 頼んだぞ。」


その言葉と共に、部屋、ユウマが拘束された部屋に一人の人間が入ってきた。


「...どうやら。 目が覚めたようだな。」


その男はユウマの目隠しを取る。

ユウマの視界に映ったその男は、炎の国ホムラの国王の姿だった。





ユウマは視線を外すように部屋を見渡す。

どうやらここは地下のようだ。石に囲まれた小部屋で、ユウマを拘束している椅子以外にはなにもない。


「手荒な真似で悪かったな。 だがおまえには、心当たりがあるだろう。」


国王の青い瞳と目が合う。ユウマは声を出そうとするが、のどの渇きからか恐怖からか声が出ない。


「話せないか? 水をくれてやる。」


そういって国王は、あらかじめ用意したのであろう水筒をユウマの口につけ水を飲ませる。


「単刀直入に言うとしよう。 おまえあの本はどこへやった。」


あの本?僕の前に出現したあの本のことか?そういえばあの本はどこへ消えた?

意識を失ったときはまだ手元にあったはずだ。


「わ、わかりません...。 倒れたときには持っていたはずです。」


とりあえずこの扱いから考えて身の安全を確保しなければならない。嘘はつけないし、つく必要もない。


「だが、私の部下の報告ではおまえは持っていなかったという。 おまえがどこかに隠したのではないか?」


国王の言葉が威圧感を増す。声を聞くだけで折れそうだ。


国王はどうやらあの本を求めているようだ。僕以上にあの本について詳しく知っているかもしれない。


「隠してなんかいません! あのときは訳も分からずあのまま倒れて...。?」


そういえばなぜ僕は倒れたのか。

この状況からいってあの時聞いた逮捕するっていうのは現実だったのか?だとしたら僕を攻撃したのも警備団の人間ってことじゃないか。

この話題に触れるのはどちらにとってもマイナスか?


「...それに僕はあの本について何も知りません! 唐突に現れたり消えたり、目にしたのだってあのときで2回目です。」


その言葉をきいて、国王は少し意外そうな顔をした。


「なにも知らないだと...? ...ふむ。 私はお前が知っているものだと...。 だが、おまえの言葉は嘘の可能性もある。」


ユウマは国王がすこし焦っているように感じた。

ほんとうになにか本について知っているのか。


「嘘ではありません。 本があれば、すぐにでも譲ります。 ......あの国王様はあの本を探しているようですが、あの本はいったい何なのですか。」


いちかばちか聞いてみる。

国王は少し落ち着きを取り戻し口を開く。


「私も詳しくは知らない。 だが、私の望みをかなえるためにはどうしてもその本が必要なものだと、そう直感している。 それを手に入れないことには私の望みには手が届かないのだと。」


「直感...。」


直感のために僕はこんなことまでされてるのか?


「...直感というのは、少し違ったな。 直感では、おまえも浮かばれないだろう。 ...これは確信だ。 私の望みをかなえるためにその本は存在し、その本も持つものはただ一人、おまえだけだというな。」


何を言っているか理解できない。

だが別に僕があの本を持っているメリットは特に思いつかない。なら国王に渡してしまった方がこの状況を打破できるのではないか。

ただ問題はある。

一つ目は、本のありかが分からないこと。二つ目は損得抜きに、この男には本を渡してはいけないという”直感”があることだ。


「さあ。本はどこにある? 教えてもらおうか。 その本を渡してもらえば、おまえを開放すると約束しよう。」


「ほんとうに申し訳ないですが、本のありかはわからないのです。」


一つ目の問題でこう答えるしかユウマにはない。

だがユウマの中で二つ目の問題に関して、ひとつの疑問が浮かび上がる。

まてよ。本を譲ってほしいだけなら、なぜ僕は攻撃され逮捕されているんだ?

なにかがおかしい。

まるで国王は僕のことを敵だと認識しているような扱いだ。


「...ふむ。 やはり本を持つものは私に抵抗しようとするというのか。 ならば仕方あるまい。 手荒な真似はできるだけしたくなったのだが...。」



そういうと国王はユウマに近づき、肩に手を乗せた。


「おまえを拷問するしかないようだ。 こちらとしても早めに終わらせたいところではあるのでな。」


そういうと、ユウマの肩に置かれた手がジジジという音とともに青い炎をまとう。


「ぐあああああああああああぁ!!」


いままで味わったことのないほどの熱がユウマの体に伝わる。

思わず体が跳ね上がり、その痛みを抑えようと体の筋肉が体験したことがないほどに縮み上がる。


国王が手を放す。

肩はただれ肉の焦げたにおいが鼻にささる。

国王は、懐から小瓶を取り出すと、ユウマの肩に中身の液体をかける。

シュゥゥという音とともに痛みが和らぎ、体が回復しているのを感じる。

どうやら傷薬を使われたようだ。体中が汗にまみれ、呼吸が浅くなる。


「どうだ? 話す気になったか? まだ傷薬のストックは十分にあるぞ。」


国王がユウマに告げる。

痛い。痛い。無理だ。無理。ないものはない。どうすることもできない。

圧倒的な恐怖感の中に少しの怒りが芽生える。この男は何がしたいんだ。

100歳にもなって20歳にも満たない子どもをいじめて。


「まだ痛めつけが足りないようだな。」


すこしのいらだちを混ぜた国王の声が聞こえる。また少しずつ手を近づける。

もうやめろ。もうやめろ。


「近づくなぁあ!!」


芽生えた怒りは膨れ上がり爆発する。

怒りが怒号となってユウマの口から飛び出すのと同時に、国王とユウマの間にまばゆい光が生じる。

これは...。

国王が咄嗟に身を引く。


「この光は...。」


どうやら国王も気付いたようだ。

光が収束し、二人の目の前に現れたのは、三度目の登場となるあの本だった。


「...本は現れたと言っていたな。 この本はおまえの能力だったのか。」


国王がつぶやく。

その一言にはっとユウマは息をのむ。

そうか。いままで考えてこなかったけど、確かにその通りだ。

突然消えたり現れたりする本がこの世に存在するはずがないのだ。

あるとすれば、それは誰かの能力。この場合間違いなく僕の能力だ。

僕の能力は、あのなにも書かれていない本を召喚するだけの能力だったんだ。


「___ついに、私の手中に収めることができるというわけだ。」


国王が宙に浮かぶ本を手に取る。


そのとき、本の表紙がぼんやりと赤く光ったのは、ユウマの見間違いだったのだろうか。


「ふふふ、ははははは。 とうとう手に入れたぞ! これで私の望みも叶うときがくるのだ!!」


国王がそう高らかに声をあげる。

それはだめだ。まずい。そう直感が言っている。取り戻さなくては。

ユウマがそう思った時だった。

突如として本をつかむ国王の手から青い炎が燃え上がる。


「!!なんだ!何が起きている!」


青い炎は国王の意志とは裏腹に本を猛々しい勢いで燃やしていく。


「そんな!まさか!」


本はそのまま炎のなかに消滅する。


「そ、そんな、私の望みが...。」


ユウマはいまいち呑み込めない状況に、はてなを浮かべつつもしてやったりという気持ちでいっぱいになる。


今のは国王の能力の暴走?それとも...。


少し顔をしかめ、考え事をしていた国王がユウマの方に向き直る。


「...いまのは間違いなく私の炎であった。 おまえが何かしたというわけではないだろう。 私の望みは潰えてしまったのかさえもわからない。 日も暮れたことだ。 本についてと、おまえの処遇については明日検討することとしよう。」


そういってもう一瓶傷薬を取り出しユウマの肩にかけると、国王を出ていった。

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