Lv.7 背負わされた業

この世界には歴史がない。


いや厳密にはある。多くの建造物が今を生きる人間よりも古くから存在し、今に残るすべてのものには起源がある。

だが、ものは語らない。言葉の力は偉大だ。言葉を通し、人は見たこともないものを想像し、体験することが出来る。それが過去であっても未来であっても。

そういう意味でこの世界には歴史がない。この世界に生きるすべての人間は、歴史、すなわち自分がこの世に存在する前の出来事に関心がない。

誰もが過去を知ろうとせず、過去を伝えようとしない。自分の住む家が、町が、国が、世界が、いつから存在し、誰によって作られたか、誰も気に留めることがない。

ただそこにある事実を利用し生きているだけだ。この世界において人間とはそういう生き物なのである。

ただ一人を除いては。





この僕、ユウマが世界の歴史について疑問を抱くようになったのは、十年近く前、ふと自分の過去を振り返った時のことだ。


なにがきっかけだったか。おそらく特訓の休憩中にコウと雑談しているときだっただろうか。

まだ幼かった僕は、特訓が日に日に厳しくなるのに耐えきれず、つい愚痴をこぼしてしまった。

『過去に戻りたい』と。

こどもの戯言だ。

過去に戻ったところで同じことを繰り返すのだから。だがそのとき、いつに戻りたいかと考えていた時、ふと気づいた。ある時期より前の記憶をさかのぼることができないことに。

その時期からいままでの記憶は、はっきりとまではいかないまでもある程度は思い出せる。それなのにそれより過去のことが全くと言っていいほど思い出せない。まるで壁に阻まれているかのように、その地点から全く進めない。


そのことに気づいてから僕は抑えきれない不安を抱えることとなった。

自分の過去が分からない。

ある種当たり前のことだ。生まれた瞬間からの記憶をすべて保持しているものなどほとんどいない。

だが僕の場合はその限りではない。コウも僕との記憶を思い出せない。おじいちゃんもそのようだった。

だれも僕の過去を知らない。


一度気になりだしたらそのもやもやはずっと残る。その不安はさらに別の疑問にも手を伸ばす。

僕はいつからの記憶がないのか。僕の生みの親はだれなのか。僕はどこから来たのか。そもそも僕はいったいに何者か。

いつもそこまで考えて頭にもやがかかったように思考が止まる。空っぽの空き箱を必死に探すような感覚に陥る。




おじいちゃんは僕の悩みに対して、『おまえさんが何者であろうが儂の弟子でかわいい孫じゃ、おまえさんの持つ儂とコウと過ごした記憶は本物で消えることはない、何も気にすることはない』と言ってくれた。

僕の中にある不安はそうして二人と過ごしている間に少しづつ消えていった。





だが僕はその言葉を聞いからもまだ胸の中に残る"何か"に気づいた。

それは"好奇心"であった。

別に自分が何者であろうとここに居場所があり、二人がいる限り不安なことはない。だが、だからといって自分が何者でもいいとは思わない。

不安によって抑えられていた欲望、自分が何者か知りたいと思うその欲望は不安が消えていくのと同時に膨れ上がっていった。





あれこれ思案しているうちにユウマは一つの、無限にある可能性の一つにたどり着く。

この世界の歴史と、ユウマの記憶についての共通点。

この世界に住む人間の生まれる前の事象に対する記憶や記憶への興味の喪失。

それは世界が過去を忘れるということ。

現在に生きる人間が持つ記憶しかこの世界には残っていない。

世界の過去は徐々に、人間が生まれ死ぬたび消えていく。

それはユウマの記憶喪失と似ている。

ユウマ自身の記憶だけではない、世界からユウマの過去が忘れ去られている。

確かに過去は存在する、人間がある程度成長した姿でこの世界に突然現れることなどありえない。

世界も同じだ。



世界と自分には共通点がある。

はたから聞けば妄言だ。だが、ユウマはその可能性を捨てきれないどころか日に日に強く信じるようになっていた。

このころから、ユウマの自分が何者であるかという好奇心よくぼうは、世界の過去を知りたいという望みへと変化を遂げていった。



そんなユウマの葛藤を気にも留めず、コウはただひたすら世界最強を目指し、特訓に励むのだった。



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コウが、悲鳴の聞こえた先にたどり着くと、そこには青髪の女性を襲う三人の男の姿があった。

女性の服装は乱れているが、身なりのよさそうな印象だ。

身代金目的の誘拐か、それとも身体目当てか。

だいぶ逃げ回られたのだろう。男も息を切らして、女性ににじり寄っている。


「ぐへへ。 とうとう追いついたぜ。お嬢ちゃん。 こんなに走ったのは、母ちゃんのお使いを忘れていた時以来だぜ...。 はあ。はあ。」


赤髪の男が息を切らして詰め寄る。


「ほら金目のものは先に出すでやんす。 でないとこのナイフで...。」


真ん中の男が、懐から刃物を取り出した。


どうやら強盗のようだ。

男たちはこちらに背を向けているので、気づいていない。

今がチャンスだ。一瞬で男たちをぶっ飛ばして戻れば、まだギリでトーナメントには間に合うはず...。

男の一人が刃物をもって女性に近づく。

よし、攻撃するなら三人離れた今だ。

コウが姿勢を低くし一気に地面を蹴ろうとしたその時だった。

刃物から目を背けようとした女性とコウの目が合ってしまった。

待て待て。助けを呼びたい気持ちはわかる。けど今叫ばれたら、せっかくのチャンスが...。


「あ、そこのお兄さんー! 助けてぇー!!」


女性の声とともに男たちがコウの方へ一斉に振り返る。


「なんだおめえ! 俺たちに何か用ってか!」


「へへ。 なにもみなかったってことで引き返したら、痛い思いせずに済むでやんすよ!」


コウに気づいた男たちが脅しをかける。

こうなってしまった以上正面突破だ。

確かに俺にはそれが合ってる。


「悲鳴が聞こえたから来てみたら、男三人がよってたかって一人のか弱い女の子をいじめるなんて、とんだゴミ野郎だな! 俺がおまえらまとめてぶっ飛ばしてやるよ!」

「あら、女の子扱いは嬉しいですわ。」


「へっ! 正義の味方気取りかガキ! こっちは三人、ナイフだってある! おめえなんかさっさとかたずけてやるよ。」


今一瞬女性が実は余裕あるんじゃないかという疑惑が浮かびかけたが、今は目の前の敵に集中だ。

男は三人ともこちらに注目している。人質を取るって考えはなさそうだな。


よし!ちゃっちゃと終わらせて、トーナメントに向かうぞ!



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まばゆく輝いていたその本は徐々に光を失い、その少年の前にただ浮かぶ。


「あれは...。まさか......。」


思わず言葉を止める。

まさかあの少年がそうだというのか...?

だがしかし、あの本と目、知らないはずなのだが......だがあれは...。


「どうなさいましたかね。国王様。」


そばにたつ黒いローブを身に着けた老人がそっと声をかける。


「ああ。少し考え事をな。」


「まったく。困りますよ国王様。ただいま国王様のありがたいお言葉の途中なのですから。」


老人の言葉で我に返ったその男は老人の軽口も気に留めず、その老人に耳打ちする。


「ひとつ命令する。私が先ほど見ていた少年を..........」



「___へえ。承知しました。あの茶色い髪の少年で?その後はいかように?」


「それは後で伝える。まずはこれを終わらせんとな。」


そう言うと国王は、また国民に向かい話をつづけた。

まったく、このお方はいつも突発的な命令を。一体あの少年に何があるというのだ。

だが、よい。このお方の判断はいつも正しかった。あの戦争の時もこのお方がいなければ勝利はあり得なかった。

今回もその判断に従うほかない。


老人はさらに奥で控えていた警備団の団員たちを呼び、国王から与えられた命令を伝えた。


「国王様からの命令だ。広場にいる茶色い髪の少年を大罪を犯した犯罪者として捕らえよ!」



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