Lv.6 廻り合わせ

びょうびょうと風を切り、馬車は道を行く。

その道も王都に近づくことを表すように、太くなり人通りも増してきている。

ユウマとコウを乗せた馬車は刻々と王都へ近づいていた。


「フータさんって商人なんだよな? 別に詮索したいわけじゃないんだけど、こんな昼間から王都への用事ってなんなんだ? もしかして仕事のさぼりか?」


そろそろ荷台に乗るだけの移動に飽きてきていたコウが、荷台から御者台にいるフータに向かって声を張りあげる。


質問に多少失礼さを感じるが、確かに気になっていたことではある。

荷台も僕たち以外にほとんどものはなく、この馬車の様子を見て、この馬車は商人の馬車でしょうか?と聞かれれば、間違いなく”いいえ”と答えるだろう。


「ああ、やはり気になりますでしょうか。 ボクもぜひとも聞いてほしいことだったのです。 キミたちを乗せることにしたのにも、そのことに原因があるといってもいいでしょう。 実はですね。フフフ...。 ボクの双子の妹が明日結婚することになったんです!」


「へー! それはおめでとうございます。 ということはその用事というのは......。」


「ええ。そうです。 兄として結婚式にでるということです。」


「王都でケッコンなんてすごいんじゃないのか?! なんか派手そうだな!」


「いえいえ。 結婚式自体は王都では開かれません。 王都の東に位置するホウオウ山のふもとの小さな町モカトフというところで行われます。」


「じゃあ王都での用事ってのは?」


「結婚式にでる妹が今王都にいるので、拾ってこの馬車でモカトフに一緒に行くつもりです。 実はその計画を妹から聞いたのは昨日でしてね。 本当は昨日のうちに出発するつもりだったんですが、宿屋で行われたキミのバトルがつい面白くて。」


「え!? あのバトル、フータさんも見てたのか!」


「そうですよ。 キミたちに声をかけたのは、それもあります。 宿屋のカンテツさんとは、昔からよくしてもらっていましてね。 カガリに行ったときはよく世話になっているんですが、昨日は王都へ向かうため宿泊のキャンセルをカンテツさんに伝えに行こうとしてキミのバトルに見入ってしまったわけです。」


「乗せてもらっていてなんですが、そうなると明日の結婚式に間に合わないんじゃないですか?」


「ええ、普通なら間に合いませんでしょうが、モカトフはこの国でも随所の観光地でしてね。 夜の間でも電灯で道が照らされていたり、猛獣対策に道がしっかりと整備されているので、夜でも安全に行き来できるでしょう。」


「へえー。 夜にも移動したら一日でたくさん移動できるもんな。」


できるとは言ってもなかなかのハードスケジュールだ。昨日のうちに出発出来ていたら幾分かましだったろう。

僕たちがその遅れの原因の一端を担っているような気がして罪悪感があるが。


「慰めるつもりではありませんが、こうも忙しいのは私がスケジュール管理ができていないことと、妹の連絡が遅すぎることがすべてでしょう。 キミのバトルを見ていたからと気に病む必要はありません。」


ユウマの懸念を悟ってかフータが振り返らずに語り掛けた。


「え? 俺は別に全然気にしてないぞ。」


確かに僕たちは悪くないけど、乗せてもらってるんだから少しは気にするそぶりをみせなよ。


「フフフ。全く、キミはずいぶん大物になるでしょう。」


ほら、フータさんも笑ってる。


すると、ふと何かに気づいたようにこちらにフータが振り向いた。


「さあ、キミたち! 見えてきましたよ! 王都グレンの街並みが!」



約四時間、短いようで長い馬車での移動がもうすぐ終わりそうだ。

目の前に見えているグレンの町は今まで見てきた町の中で最もでかく、威圧感までもがある。建物が低いものから高いものまで、白色に統一されているのが原因だろうか。

そして何よりも圧倒的な存在感を放つのが、町の中央少し高い場所にでかでかと建っている真っ赤な城だ。まるで白に統一されたグレンの町が、炎を思わせるようなその城を引き立てるためだけに存在しているようだ。

ユウマもコウも徐々に近づいてくるその光景にあっけにとられていた。


「おや、その反応はとても気持ちのいいものですね。 王都に来るのは初めてでしょうか?」


ちらりとこちらの様子を確認したフータが御者台からこちらに話しかける。


「はい...。 来るのは初めてですけど、聞いてた話から想像していたイメージよりさらに大きくて驚いてます。」


王都からは目を離せずにユウマが答える。その隣ではさきほどからコウが”すっげー”と小声で連呼している。


「ボクは王都生まれだからその感動を味わえなくてとても残念です。 さて、王都に無事到着です! お疲れさまでした。 ボクは馬車の手続きがあるのでキミたちはここで降りて少し待っていてください。」


気づけば王都の入り口である大きな門の手前にたどり着いていた。

ユウマとコウはさっさと荷台から降りる。


ホムラでは町の行き来がある程度自由にできる。

国同士のいざこざがないわけではない現在で、テロや他国のスパイをここまで警戒していないのはひとえに王国警備団の優秀さによるものだろう。

立派な壁に囲まれたこの王都でも出入りの身分確認や荷物確認などは行われていない。

フータが今行っているのは、各町にある商会による馬車の管理の申請である。それが終わればいよいよ王都に足を踏み入れることとなる。


「お待たせしましたでしょうか? それではいきましょうか。 すこしだけ王都を案内しますよ。」


手続きが終わったフータが駆け足でこちらにむかってくる。


「おう! ここまで乗せてくれてありがとう! バトルトーナメントが行われる会場...えーと確か炎の闘技場レッド・フィールドだっけか。 めちゃくちゃかっこいいなあ。 いや、そうじゃなくて、これってどこにあるんだ!」


「まあ、あと30分はあるでしょうから、今から行けば十分間に合いますよ。 落ち着いてください。 いいでしょうか? 炎の闘技場は、ここの大通りをまっすぐ行った先にある大きな噴水の左前方にあります。 白い壁に赤い炎の模様が入った円形の建物がそうです。」


「ああ!わかったありがとう! じゃあ行ってくる! ユウマ、チケットありがとうな! また今度は一緒に見ようぜ!」


コウはフータの説明を聞くや否や一目散に走り去っていってしまった。


「...どうしますか? キミもコウみたいに走ってみてはどうでしょうか?」


「いや遠慮しときますよ。 フータさんの時間がいいなら案内してもらいたいです。」


「わかりました。 ちょうど国王様100歳記念のムードでどこもお祭りでしょうし、短旅の疲れをいやしながら散策しましょうか。」





「ここは王都の中でも人気のあるカフェですよ。」


ユウマとフータはぶらぶらと王都の中を散策し、立ち寄ったカフェで休憩していた。


「確かに雰囲気良くていいですね。...よく来るんですか?」


「王都を拠点に商売をしていますからね。 仕事の合間に妹とよくここへ来ますよ。 もうここへ二人で来ることも少なくなるでしょうがね。」


少ししんみりしたようにフータが言う。

その雰囲気を戻すように少し明かるげな口調でフータがユウマに尋ねる。


「コウは真っ先にバトルトーナメントを見に行ってしまいましたが、キミはなにか王都で行きたい場所などはないのでしょうか?」


「そうですね...。 僕はこの国について知りたいので、本が読める場所に行きたいですね。 近くにあったりしますか?」


「本が読める場所ですか...。 本屋や図書館などはやはり王都でも少ないですからね。 ボクが知っている限りだと数軒しか......。 あ、キミこの国について知りたいといいました?」


「はい。 言いましたけど......。 なにか思いついたことでも?」


「ええ。 さきほど道行く人の話の中で少々面白い話が聞こえまして。 あ、人の話を盗み聞きするのはよくないんですが、ボクは商人なのでつい聞き耳を立ててしまうんですよ。 で、面白いという話ですが、今日これから、国王様が城の前にある広場で記念バトルトーナメントの決勝に際し、挨拶を行うようですよ。 どんな話をするかはわかりませんが、キミが国のことを知りたいなら、滅多に表に出てこない国王様の話は貴重な経験になるのではないでしょうか。」


心の奥がざわっとする。

そうだ国王は100歳。この国では最高齢に近いだろう。この国の歴史にかかわる話が聞ける可能性がある。それにもしかしたら直接話を聞くことも...?

会いたい。会わなければいけない。


「その話とても興味深いです。 国王様の話を聞ける機会などこの先ないかもしれない。 行きたいです!」


「まあまあ、お会計が先ですよ。」


慌てて出ていこうとするユウマをフータがなだめる。


「僕が支払いますよ! ここまでよくしてもらったフータさんには、少しでも恩を返さないと。」


そう言ってユウマが背負っていた冒険袋へと手を伸ばした。


「あ、あれ?」


正確には背負っているはずだった冒険袋に。


「あれ......? 冒険袋が......ない! .......そういえば馬車を下りた時から......。 そうだ! 馬車に僕もコウも荷物を置きっぱなしに!」


なんでだれも気付かなかったのだろう。二人の荷物はフータの馬車の荷台に忘れていたのだ。


「ああ。確かに!全く気づきませんでしたね。 ...しかし...このままでは困るでしょう。」


「悪いですけど一度荷物を取りにいきませんか? 代金はもろもろ後で必ず払うので!」


「でもそうすると、キミは国王様の挨拶に間に合わなくなってしまうでしょう。 ......そうですね。 では、荷物はボクが取りに行くのであとで合流しましょう。 荷物はその時に。」


「ですがっ! それではフータさんにとても迷惑をかけることになります! そんなことさせられません。」


それによくしてもらったとはいえ、フータとは数時間前に出会った他人だ。 失礼な話だが、簡単に信頼できるほど僕は人がいいわけじゃない。


「いやいや御心配には及びませんよ。 ボクは商人なのでね。 荷物の一つや二つ簡単に運べます。 キミは国王様のところへ行ってきてください。 終わったら先ほど説明したグレンの中心にある大きな噴水で待ち合せましょう。」


長く続いた話し合いは結局ユウマが折れる形となった。


「わかりました。 本当に何度もすいません。 必ず恩は返します。 ありがとうございます。」


「ええ、初めての王都楽しんでくださいね。」


そういって二人は逆の方向へと歩き始めた。



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はあはあ。えーと。ここどこだっけ。

噴水はさっき見たんだからもうすぐ闘技場のはずだよな?道が多すぎて全然わかんねえ。ていうかここ狭い道ばっかだな路地裏ってやつか?


闘技場を目指していたコウは見事に初めての王都で道に迷っていた。


路地裏ってまじで意味わかんないんだな。どこに行っても同じ景色じゃねえか。やべえな時間もあと数分しかねえ。急がねえと。


そのとき焦り始めたコウの耳に、わああという小さな歓声が聞こえてきた。


そうか!これからやるのってすげえトーナメントだもんな。人だっていっぱい集まってくる。声を頼りにしていけば闘技場にたどり着ける...!


少しの希望が見え歓声のする方へ歩みを進める。だんだんと歓声は大きくなり、建物と建物の間に教わった通りの赤い炎の模様が描かれた壁が見える。


あともう少しで...!


コウの中で希望が確信へと変わった時だった。


「きゃあああー!」


歓声を聞くために耳を澄ましていたコウにかすかな悲鳴が届く。

女の人の叫び声だ。

だが構ってはいられない。あの闘技場には一生見れないかもしれない最高峰のバトルが待っているかもしれないのだから。

頭ではそう思っていても足が歩みを止める。意志とは裏腹により耳を澄ます。


「たすけてぇー-」


さきほどより小さいがまだ悲鳴は続いている。

距離はそう遠くない。だがもし助けに行ってトラブルに巻き込まれたら多分、いや十中八九バトルには間に合わない。

みたいみたい。バトルをみたい。

コウの思考を無視して体が動き始める。

悲鳴の主を助けるべく。走る。

路地を抜けていく。


声のする場所へたどり着くとそこには、青髪の女性を襲う三人の男の姿があった。



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フータと別れたユウマは大通りを通り噴水を抜け、城の前に位置する広場にたどり着いていた。

すでに国王の姿を一目見ようと大勢の人が広場に集まっており、その人だかりを囲うように、赤い炎の模様が入った白い制服を着た王国警備団の団員だと思われる者たちが立っている。国王の挨拶はまだのようだ。

ユウマがすこし荒くなっていた息を落ち着かせようと深呼吸していると、大きなファンファーレとともに広場の前方に建つおおきな建物のバルコニーの扉が勢いよく開いた。

広場にいる全員が固唾をのんでそちらの方に目を向ける。


出てきたのは、若い男だった。

金の装飾を身にまとい、白い装束を着たその男はとても100歳という高齢には見えない。

髪は白く、青い炎が体の周りにチリチリと漂っている。

その風格は穏やかに見えるが、威圧感のような神々しさがはっきりと感じ取れる。


神とはこういうものかと思わせる風格に広場の人間が気圧されていると、


「今日は私のために集まってくれたこと。そして、100年生きたからと言ってどうにかなるものではないが、100年という節目をこのホムラの王として迎えられたことをうれしく思う。」


と男が広場を見渡し話し始めた。




目が合ったんだと思う。


が正確にはわからない。

なぜなら、国王と目が合ったとそう思った瞬間に自身の視界が光に包まれたからだ。


突然の出来事にとっさに後ずさる。

その光は収束し、やがて固形へと姿を変えていく。


それは、本だった。


あの時のおじいちゃんから出発の時に渡された、いや渡される前に光となって消えてしまったあの本だ。

間違いない。

あの本が今になってどうして現れるんだ。だが、ようやくだ。


本は光を失い宙に浮かんでいる。ユウマは思わずその本を手に取った。改めて見てもあの時の本そのものだ。消えたと思っていた本がまた現れたんだ。


「いったいどういうことなんだ?」


思わず独り言がでる。

その時はっと周りの人の視線が気になった。いきなりこんな光って迷惑じゃないだろうか。変な奴だと思われてはいないだろか?

ユウマがそっとあたりを見渡すとユウマの方を見ているものは誰もいない。



あれだけまばゆい光を放ち宙に浮かぶ本に反応を示したのは、この広場にはユウマともう一人、バルコニーから国民を見下ろす国王以外には誰もいなかった......。

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