Lv.3 戦闘!宿屋のおっちゃん

この世界において娯楽として楽しまれているバトルは、形は様々であれど大抵の場合において


・相手をフィールドから出す、または「参った」と言わせると勝利

・能力を使用してもよい。ただし事前に能力の開示をする場合もあり

・はじめに決めた人数で行う

・武器はあらかじめの開示と相手の許可があれば使用可能

・バトルフィールド内のものを利用することが可能


のルールが適応される。


「なるほど。 じーちゃんの特訓のまんまじゃねえか。」


「このルールで行うことに異議がないなら、さっさとフィールドに入るんだな。」


宿屋の店主のおっちゃんは準備運動をしているコウに呼びかける。


「俺とおっちゃんの1vs1、能力の使用あり、おっちゃんをここから出すか、参った

といわせれば俺の勝ちだよな? 問題ないぞ。」


ここは宿屋の裏にあるバトルフィールドだ。

なんでもおっちゃんがあの強そうなおばさんに無理言って作ってもらったらしい。

だいたい10m×10mの正方形ってとこかな?バトルフィールドの境目に白いラインがひかれているシンプルなつくりだ。

こういうフィールドでは身体能力がものをいうと俺は思っている。


今日はここまで歩きっぱなしだったが、こんなものいつもの特訓に比べればなんてことはない。

だって毎日森の中を走った後、夜までずっとユウマとバトルしてたんだから。



「言っとくがオレは、昔この町で最強だった。 嫁にああいわれた以上手加減はしないし全力で勝ちに行くが、後で泣くことになっても知らんぞ。」


「今は最強じゃないおっちゃんに、今から最強になる俺を倒すことなんて無理だけどな!」


両者バトルの準備が整うと、相手の闘志を量るように煽りあう。

いい緊張感だ。俺の初陣は素晴らしいものになるに違いない。


「両者準備はできたようだね。 それではいまから、旅する少年コウvs宿屋の店主カンテツのバトルをはじめる。 両者レディ、ファイト!」


店主夫人の開戦の合図とともに、いつの間にか集まっていた酒場の人たちが歓声を上げた。





宿屋の店主カンテツは開戦の合図と同時に地面をけり、一気にコウとの距離を詰める。

相手のエンジンがかかる前に一気に勝負をつけるのが彼の作戦だろう。

だが、並外れた身体能力を持つコウにはカンテツの速攻も十分にさばける攻撃だ。

コウはとっさにカンテツの拳を右へと受け流し、がら空きになった背中へと蹴りを入れようとする。

それをぎりぎりのところでかわし大きく腕を振ってコウをけん制する。


いまでは衰えたといっても、さすがにこの町最強だったといわれるだけのことはある。

たった数秒の出来事だが、観客たちの熱気が上がってくるのを感じた。


「おっちゃん少しはやるじゃん。 正直舐めてたぜ。 けどこのまま能力使わずに負けちゃうのは少しもったいないんじゃない?」


「その言葉そのまま返そうガキ。 早く本気を出してかかってこい。」


「んじゃ行かせてもらうぞ!」


今度はコウが地面をけって一気に近づき、カンテツの体の中心にめがけて鋭いパンチを放つ。


「確かに速い、が攻撃が直線的で軽いな!」


コウの攻撃はカンテツの両腕のガードによって阻まれた。

動きの止まったコウにカンテツが反撃のパンチを繰り出そうとした瞬間、コウはとっさにカンテツの腕をつかむ。

そのまま勢いを利用して空中で大きく体をひねることでカンテツの腕を背中に押さえつけた。


「組み伏せることが狙いか! だが甘い!」


コウがカンテツを地面に押さえつけようとするその時だった。

押さえつけたカンテツの腕が突如として大きく"肥大化"する。

それによって少し吹き飛んだコウをカンテツはさらに肥大化した腕で殴り飛ばした。


「ぶへえ!」



「......!なんてガキだ! 速いだけだけじゃなく頑丈とまできたか!」


空中で体勢を立て直し、フィールドのすんでのところで踏ん張ったコウはあふれ出るバトルの高揚感に胸を躍らせていた。





初めてだ。能力を使う相手とバトルするのは。

初めてだ。手の内を知らないもの同士で戦うのは。

こういうときこそ思い出すんだ。

どうすれば相手に勝てるのかを。

どうすれば相手を負かせるのかを。

特訓中にじーちゃんに言われたことを思い出す。


『おまえさんたちはこれから沢山のバトルをするじゃろう。 強くなりたいおまえさんたちに儂ができる特訓はあくまで戦う力の基礎、土台となる身体能力を鍛えることであって、勝つための力のすべてではない。 いいかおまえさんたち。 戦いの経験を積むことじゃ。 経験を積むことによって儂たち人間はさらに強くなる。 だが...


『じゃあもっとバトルさせてくれよじーちゃん! 俺森の外に出てもっと強い奴とバトルしたい!』


『最後まで話を聞かんかいっ!!』


あのとき頭をたたかれたせいかそのあとの言葉は覚えてない。恨むぜじーちゃん。

そうだ。戦いの中でも俺は成長できる。まずは冷静に相手の分析からだ。


相手はカンテツっておっちゃん。宿屋の店主をやってて奥さんに頭が上がらない。いや、いまはこれはどうでもいいな。

カンテツの能力はおそらく腕の肥大・強化。腕だけじゃない可能性もあるか。

俺ほど速くはないが、経験からくる反射はかなりいい。

きめるなら一撃、警戒の外からの反射では対処できない虚をつく攻撃。

ちょうどいい俺の能力ならそれができる。


「どうだ! ガキ! もう負けを認めちまうか?」


「とんでもないぜおっちゃん。 もう俺にはおっちゃんを吹っ飛ばす未来しかみえねえよ!」


コウは啖呵を切り再度カンテツの懐に入り込む。

肥大化した腕は攻撃範囲と威力は脅威だがそこまで速くはない。


目が、体が慣れてくる。何度吹っ飛ばされようと、その頑丈な心と体で何度でも何度でも立ち向かいぶつかっていく。

徐々にカンテツの攻撃がコウに当たらなくなっていく。

かわす。かわす。


そこに意識が引っ張られすぎていた。

コウは、カンテツが少しづつ腕の肥大化を解除していることに気づかなかった。

カンテツの攻撃が当たらなくなっていた原因の一つはそれだったのだ。


カンテツが繰り出す腕が一瞬のうちに一回り大きくなる。

高い身体能力を持つコウであっても、慣れ始めていた相手の攻撃範囲がいきなり大きくなれば完全に避けきることはできない。

間一髪顔を背けた左頬を拳が通り抜けた。

ジュという音ともに鋭い痛みがコウの頬に流れる。

コウがよろけた隙をカンテツは逃さなかった。


今まで一度も見せていない腕以外の肥大化。

肥大化した右足での渾身の"蹴り"。

まず間違いなく、相手は肥大化の能力範囲を腕のみだと誤認し、この攻撃は避けられない。ましてや一撃食らわせてからのお披露目だ。

狙いは確実にコウの頭をとらえる。勝った。

そう心の中でカンテツが確信したその時だった。


腹に鋭い痛みが生じ、気づけばカンテツはフィールドの外に倒れていた。





ここだ!と思った。

相手の肥大化の攻撃範囲を見誤り、完全に不意を突かれ、さらに肥大した腕が目前に迫ったときもうだめかと思ったが、よけれた。

まだ戦える。まだ勝てるとそう思った。

カンテツならこの隙を逃さない。ここで必ず必殺の手でとどめをさしにくる。実際には足だったが。

だから俺は俺の最強の能力を使った。


俺の能力は”電気化”。そう呼んでる。いや名付けたのはユウマだったっけ。

電気化は、俺の体の一部を電気のようなもの変化させる。

そうすることで"ぶつりてきかんしょう"ってやつをほぼ受けなくする能力だってユウマが言ってたと思う。

けど俺には理解がむずかったから、ただ単純に”体の一部をなんでもすり抜けるようにする能力”、もっと簡単に言えば”すり抜け”だと思って使ってる。

特訓では、じーちゃんは体も碌に動かせん奴が能力なんて使えば必ず体も頭も混乱するって言ってたけど、15歳を超えたあたりで使う許可が出た。

半年もたたずユウマには対策されまくったけど。でもそのおかげで今では反射レベルでこの電気化を使いこなせる。

これで俺は最強になってやるんだ。





カンテツの蹴りは十中八九コウの頭をとらえていた。

だが頭に蹴りが命中する直前、コウの頭は薄黄色の火花となり、命中と同時にはじけた。少なくとも観客たちにはそう見えた。

そして頭を失った体は、そんなことをお構いなしといわんばかりにがら空きとなったカンテツの腹へと鋭い一撃を入れた。

最初のパンチとは比べられないほどに速く重い一撃。

くらったカンテツはそのままフィールドの外へと吹っ飛んでいく。

驚きで声が出ない観客たちは、ただチリチリと音を立て黄色い火花を散らしながら笑顔に満ちた頭が再び元に戻る様子を呆然と眺めていた。


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