後編
「こ、これは違うんだ!」
翔太の焦った声とは対象的に隣の後輩は計画通り、とばかりに頬を緩ませる。
「な、何が違うの……? 今、後輩ちゃんとキスしてたよね?」
「そ、それは……。とにかく、ぼ、僕の1番は佳音ちゃんだからっ!」
彼の口から出た言葉はあまりに薄っぺらい言い訳だった。
———私が1番なら、他の女の子とキスなんてしないでしょ?
喉までせりあがってきた言葉はふたたび腹の底に落ちる。
代わりに出てきたのは取り繕うような笑み。
「わ、分かってるよ。後輩ちゃんに流されたんだよね」
「う、うん。後輩ちゃんが急にキスしてきて……」
「あれ、私のせいにしちゃうんですかぁ? さっきまで先輩は私の胸を揉んでたくせに~」
「ちょっ……ち、違う! 違うんだ佳音ちゃん!!」
佳音は弁解しようとする翔太の話を聞くことにする。
「佳音ちゃんは高1からの大切な友達で……僕の彼女で…………だから今のは……その………」
だが、続いた言葉には力がなかった。
「分かってるよ、君が人一倍優しいのは分かってる。だって彼女だもん。君の優しいところに惚れたんだよ。例え、違う女の子と何しようが……平気だった……」
もはや悲しみしか湧いてこない。
1度湧いた怒りも悲しみに飲まれていく。
「……不安にさせたならごめん。最近は2人の時間もまともに取れてないし……。今度の土曜日は絶対デートに行こう!!」
「えー先輩。その日は私と映画館ですよー」
「え、ああ……じゃ、じゃあ再来週の——」
「いい加減にしてっ! 私は翔太くんのそういうとこが嫌いなの! なんで彼女より他の女の子の予定を優先するの!!」
そこまで大声で叫んだところで、佳音はハッと我に返った。
翔太の方を見ると目を丸くして驚いている。
高校1年の頃から、今に至るまで2年間とちょっと。
翔太に対してここまで大声をあげて怒りをあらわにしたことはない。
……私はもう、十分我慢した。耐えた。
だからもう……いいよね。
「私は翔太くんのことが好きだった。だから告白されたあの日は凄く嬉しくて、君にもっと好かれようと色々頑張った」
「佳音ちゃん……」
「けれど君は私の気持ち、何もかも全部裏切ってっ……そんな君が私は大っ嫌い」
そう言った瞬間、恋人の関係にヒビが入り、崩れていくような音を感じた。
……終わった。
何もかも終わってしまった。
彼から距離を置こう。
最初からそうすべきだったんだ。
徒労にかまけてまで彼に尽くした努力は無駄だった。
後ろから呼びかけられる声を無視し、佳音は駆け足で教室を出る。
「なんで……なんで……」
俯きながら、早歩き。
「きゃっ!?」
「うおっ!?」
しかし、廊下の曲がり角で身体に軽い衝撃を受けた。
佳音は転びそうになった。が、なんとか踏ん張る。
「ごめんなさい……って、佳音?」
「あ、康くん……」
ぶつかったのは康晴だった。
場所を屋上に移し、2人は会話する。
「さっきは悪いな。ちょっとぼさっとしててさ」
「ううん。私の方こそ、前を見てなかったから」
「それで……佳音。お前なんで泣いてるんだ?」
「……え?」
康晴に指摘されて、佳音は初めて自分が泣いていることに気がついた。
……なんで? どうして?
考えるけれども涙は止まらない。
やがて、康晴がすぐそばに寄り添ってきた。
「佳音……?」
「……」
「ゆっくりでいいから、話せる……?」
佳音は消え入りそうな声で。
「……た」
「ん?」
「辛かった……」
「……何があったんだ?」
「翔太くんがね、他の子とキスしてたの。私、今まで油断してた。翔太くんの彼女だし、彼がどんなところに行っても、最後は絶対に私のところに帰ってきてくれると信じてた。けれど……ダメだったみたい」
震える佳音。
普段の彼女からは見ることのできない顔。
「っ……」
康晴はたまらず華奢な佳音の体を抱きしめた。
話を聞き、黒い欲望——いや、黒い感情が湧き出るのを感じた。
佳音と付き合っているのにも関わらず、他の女の子とよく過ごしていた翔太は、一部から陰口を叩かれていた。
そんな悪口を裏から無くしていたのが彼女の佳音自身。
(お前にとって、佳音は……都合のいい女なのか……)
「その場にいて、ガンツと言ってやれなくてごめん」
康晴が優しく優しく、佳音の頭を撫で続ける。
「……ありがとう。元気になった」
「でも体からは離れないんだな」
「……ばか」
口ではそんな風に悪態をつく佳音だが、康晴から体を離そうとしない。
ふと、佳音は康晴の頬が赤くなっていることに気づく。
「その頬、どうしたの?」
康晴は気づいちゃったか、とばかりに顔をしかめ。
「あー……アイツにビンタされた」
「え、ビンタ!?」
「休日、お前と家で過ごしたことがどこからか知らないかバレて……」
『康晴! 彼女である私がいるのにも関わらず女を家にあげたなんてどういうこと!!』
『女って言い方はないだろ。友達を家にあげて何が悪い』
『はぁ!? ふざけないでよ! 私という美少女がいながら他の女といただけで重大よ! 最低ッ!!』
———バシッ!!
「って、なわけ」
「あ、あー……私が押しかけたからだよね。ごめん」
「佳音が謝る必要はねぇよ。それに佳音といた方が楽しいし」
ここで会話が終わる。
ふと、2人して昔のことを思い出す。
思い出すほど恋人より、康晴と佳音の2人が助け合ったり、楽しかった記憶ばかり。
「私たち、恋人らしいことやってるのかな……」
「一つずつ振り返っていくか。まずはデート」
「私はまだ3回くらいしか……」
「少なっ。あーでも俺はデートじゃなくて大体、買い物の荷物持ちに駆り出されているようなもん」
「うわ、それは酷い。あとは……恋人に甘えたことがない」
康晴がふと提案する。
「試しに俺に甘えてみる?」
佳音は驚いたが、小さく頷き……。
「君が悪いんだからね……?」
すりすり、すりすりと康晴の肩に頬を擦りつけた。
「それ、面白いの?」
「面白いというか……癒される?」
「ふーん。まぁ確かに俺も癒されるな」
「あとは、恋人っぽいことと言えば……。ねぇ」
「ん?」
「付き合ってもいない男女がキスするのは……アリ、ナシ?」
佳音の突然の発言に驚く康晴。
「……お互い合意ならいいんじゃない?」
と、康晴がいった数秒、2人の距離はゼロになり、リップ音が響いた。
「~~~っ」
佳音は、身体をぎゅっと縮こませながら、頬を赤く染めた。
「佳音からしたのに照れてやんの」
「しょ、しょうがないじゃん……キスとか初めてだし」
「その初めてのキスの感想はどう?」
「レモンの味は……流石にしないね。柔らかくて、温かくて……幸せな気持ちになった」
「俺も同じ気持ち」
「そっか。一緒……えへへ……」
「っ……」
佳音の照れ臭そうな顔にどきりと胸が鳴った康晴。
「え、ちょ……康く——んっ」
康晴は強引にキスをして、佳音の口を塞いだ。
突然の出来事に佳音は驚いている様子。
けれど、剥がそうのはしなかった。
佳音の唇はぷっくらとしていて柔らかい。
ずっと触れていたいと思うほど。
「……ぁ」
一旦、佳音から顔を離すと名残惜しそうに声を上げた。
そんな彼女が愛らしく愛おしいと康晴は感じる。
佳音の背中に手を回し、身体を密着させる。
胸の膨らみと柔らかさが自分の体に伝わり、なんとも言えない感情。
それは恋人がいるのに、親友とこんなことをしているという背徳感も混じっているのだろうか。
息継ぎのために唇を離し、すぐ近づける。
「佳音、可愛いすぎ……」
キスとキスとの間に何回も言われた言葉。
散々可愛いと言われ、佳音は溢れんばかりの愉悦を感じてしまう。
普段、恋人に言われ慣れていないから。
言われたいのにいつも言ってくれないから。
初心でも頑張って気持ちを伝えて欲しかった。
だから康晴にこんなに言われて、こんなに求められて……どうしようもなく喜んでしまうのだ。
「……好きぃ」
その言葉は佳音の口から自然と出てきてしまった。
康晴は何か言いかけようとしたが、その唇を唇でふさぐ。
ブーブー
ポケットにいれた佳音のスマホが鳴る。
画面を見ると翔太からの着信であった。
だが、佳音は一向に取ろうとしない。
「出なくていいのか?」
「うん……今は康くんがいいから」
佳音はの携帯の電源を切り、再び康晴と向き合う。
「康くんはさ、男女の友情は成立すると思う?」
佳音の質問に数秒間が空いた康晴。
けれど、はっきりと言った。
「しないに決まってんだろ。佳音のこと、異性として見てるんだから。けれど、その気持ちは今までだってそうだった。恋人がいるからと押さえ込んでいた」
「……私もだよ。じゃあ付き合ってもいない男女がキスするのは、アリ、ナシ?」
悪い顔で康晴は言う。
「——バレなきゃいいんだよ」
釣られて佳音もニヤリと微笑む。
「恋したのは2番目だっだけど、初めては全部、康くんにあげる。これからも……"トモダチ"の私とたくさんキスして……ね?」
—完—
——————
不純愛……(゚ω゚)
いかがだったでしょうか?
楽しめたなら幸いです!
(星29以上いくと嬉しいですm(__)m)
【完結】2番目に可愛い女友達は、『トモダチ』として俺とキスするらしい。 〜付き合ってもいない男女が"キス"するのはアリか、ナシか〜 悠/陽波ゆうい @yuberu123
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