赤いアイツと緑なアタシ

秋寺緋色(空衒ヒイロ)

 

 結婚して三年も経つと、ふと思うことがあって。

 たとえば、どうしてそもそもアイツとアタシは一緒になったんだろう――とか。

 すれ違い。

 ならばまだ、救いがあって。

 話し合ったりする余地もあるんだけれども。

 アタシたちの場合は「すれ違い」の門前でつんのめってる。すれ違い以前の「くい違い」

 だって。

 アイツとアタシの好みはいつだって――

 いつだって反対、なんだもんね。

 アタシの趣味嗜好――

 飼いたいペットはネコ。アイツは犬。

 断然インドア派。アイツはアウトドア派。

 ルパンの相棒なら五右衛門しかないでしょ? いいやオレなら次元だね。はぁっ!? 次元て……

 アタシ和食に、アイツ洋食。

 ソバ派に、うどん派。

 アタシが黒って言ったら、絶対アイツは白って言うね。

 あーもう! どーゆうこと?

 ソリが合わないったらない!

 逆。真逆。反対。対立。VS。

 何の意見の一致もない。

 同じ疑問がまた浮かぶ。

 アタシたち、どうして結婚したんだっけ?

 付き合ってた頃って、一体どんなだっけ?

「ただいま……」

 アイツが帰ってきた。

 おかえり。アタシも仕事で帰ったばっかりなんだ。今日は疲れたから、カップ麺でいい?

 うなずくアイツ。アタシはその目の前に、赤色か緑色かしかないカップ麺の山をドサッと積み上げた。

 そして今宵、ささいなバーサス―― 

 さて。君の前には赤いきつねと緑のたぬきがある……君はどっちを選ぶのかな?

 レディー……、ゴー!

 アイツは迷わず赤いきつね、アタシは緑のたぬきをノータイムでチョイス!

 ――って、やっぱりかいッ!

 いや、分かってたよ。お互い違うの選ぶだろうってことは、さ。アタシはソバ派で、アイツはうどん派だからね。そりゃ、こうなるだろうなって思ってた、だけど……

 アタシは湯沸かしポットからカップ麺にお湯を注ぎ入れてゆく。順々に。ふたり分。そしてキッチンタイマーを四分でセット、スタートさせた。

 ふうっ、と溜め息。

 いつまでも、どこまでも。

 くい違って、続いてって。

 アタシのこんな気持ち、アイツはぜんぜん気づいてないんだろうなー。気にしてないんだろうなー。そう思うと何だかムカムカ、腹がたってきた――そこで。

 キッチンタイマーの完了アラーム!

 が鳴った瞬間、同時にふたつのカップ麺のフタを破き、気づかれぬよう、ささっとアイツの赤いきつねとアタシの緑のたぬきをすり替えてやった。凄腕マジシャンみたいに。

 衝動的犯行。一〇〇%言い訳できない類のイタズラだ。

 ふたりで手を合わせ「いただきます」

 アイツが麺をすすりだす。

 だが緑のたぬきであることにはまったく気づかない。

 仕事で疲れてるんだろうか?

 味覚がおかしいのだろうか?

「う、旨いな、赤いきつね……」

 などと言ってるので、アタシは真相を高らかにうたいあげた。

 うっふっふっ! 化かされたね! ――たぬきだけに。何あろう、それは緑のたぬきなのだよ!?

 アタシの指摘にアイツがハッとする。

 すすった麺がうどんではなくソバだと、上に載っているのがいつもの油揚げじゃなく小エビ天ぷらだと、いま気づいたようだった。

 アタシは続ける。

 そうだよ。そうなんだよ。所詮は食わず嫌いなんだって。ちゃんと食べ比べれば、赤いきつねより緑のたぬきのほうが断然おいしいって――

 言いながら、一応アタシも食べ比べたことを示そうかと、目の前の赤いきつねをひとすすり。

 ええっ!? う、旨ッ!

 さらにすすりあげる。

 何これ!? 赤いきつね、メチャメチャ美味しいじゃん!

 さらにさらにすすりあげる。

「驚きの表情に、その旨そうな食べっぷり! さっきオレに、食わず嫌いがなんとかっていってなかったっけ?」

 すっかり形勢逆転。アタシまで化かされたのだろうか――きつねだけに。

 ていうか結論。

 結局どっちも美味しいんじゃん――!

 顔を見合わせ、アイツとアタシは笑った。

「似たもの夫婦なんだろうな、オレたち」

 ……似たもの夫婦……オレたち……

 アイツの言葉に、じんわり嬉しさが込み上げてきた。思わず泣きそうに顔の筋肉が強ばってくので、アタシはぶんぶん頭を振り、気を散らす。

 そうして、誤魔化すように別の話題を持ち出した。

 例えばさ。アタシたちに子供ができたら、一体どっちが美味しいって言うんだろうね?

「どっちって、赤いきつねと緑のたぬき?」

 そう。

「そりゃあ、ふたりの子供なんだから、もちろん――」

 もちろん……


「黒い豚カレーうどん!」


 な、なな、なんとっ!

 息の合った異口同音!

 奇跡的超絶完全一致!

 似たもの夫婦の極致!

 とはいえ、これは想像しやすかっただろう。

 赤いきつね、緑のたぬき、とくれば次は黄色を想起しやすい。それなら信号カラーだし、色の三原色だから。で、パッケージの色が黄色って……たしかカレーはそれっぽいよね? じゃあ――てな連想で、タイトルこそ「黒い」だけど、赤いきつねと緑のたぬきシリーズにある「黒い豚カレーうどん」を選んだのだった。

 が、これは普段のアタシたちからすれば特筆すべき一大事。有り得べからざる大事件だ。

 こりゃもう、アタシたちは似たもの夫婦どころか、一心同体なんだと言い切ってしまっていいね。ひゃっほー。うれしー。

 そこでアイツ。

「『ごつ盛りソース焼そば』とどっちにするか迷ったけどね――あれもパッケージ黄色だし」


 おっとぉっ!



〈了〉

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赤いアイツと緑なアタシ 秋寺緋色(空衒ヒイロ) @yasunisiyama9999

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