◆ 03. 瞬間移動

 どこで俺のことを聞いたかと思ったら、ハネスの爺さんか。

 長生きしそうだったのに死んだとはなあ。


 こんな小綺麗な家をくれたんだ、感謝してるよ。

 で、あんたは管財人ってことは、俺に遺産でも残してたか?


 ……違うのか。

 いや、別に構わないよ。

 もう十分お返しはしてもらった。


 え? 用件はそのことって?


 いつの間にか家やら株が俺の名義になっているのか納得できない、と。

 そんなこと言われてもなあ。

 爺さんが勝手にくれたもんだしさ。


 いや、爺さんとはほとんど話したことはない。

 会ったのは三回くらいかな。


 ほら、あいつは列車の脱線事故で死にかけただろ?

 そん時に乗り合わせたのが俺なんだよ。

 とっさに助けたから、命の恩人だって言われてね。

 あの事故は死人がいっぱい出たし、無傷だったのは俺と爺さんだけだった。


 ん? なんだよ、事故のことは知ってるのかよ。

 俺が移動させたってのは、まあその通りだ。別に大したことじゃない。


 なんかこう、安全そうな場所ってあるだろ?

 座席の下とかさ。

 そういうのにピンときて、ここだって爺さんと一緒に駆け込んだら――。


 んー、それがおかしいって言われてもねえ。

 確かに車体はペッシャンコだったけど、わずかなセーフゾーンってのが。


 車外へ瞬間移動テレポートしたんじゃないかって!?

 あんた映画の見すぎだよ。

 そんな荒唐無稽な話が、え、遺言?


“この者は類い稀な能力者なり。一族として厚く遇すべし”ねえ。

 爺さん、何書き残してんだよ。

 黙っとけって言ったのになあ。


 仕方ない、ちょっと見せてやるか。


 ここにハンカチが二枚あるだろ。

 んで、これがコイン。


 左のハンカチの下にコインを置いて……えいっ!


 どうよ、右をめくってみな?

 コインがあっただろ。

 これが瞬間移動の能力ってわけ。


 …………。

 そんな目で見んなって。

 やっぱり、胡散臭さかったか?


 爺さんにこれを披露したら、バカウケしてさあ。

 そうさ手品だよ。

 タネも仕掛けもありまーすってやつだ。


 事故は俺の対処能力が格別に優れてたか、超がつく幸運だったかだな。

 家を取り上げたけりゃ、好きにしてくれ。

 詐欺で訴えるのは勘弁だけど。全部、爺さんが頼んでもいないのにやったことだし。


 さ、お帰りだ。

 もう会わずに済ませたいね。


 あっ、傘持ってていいぞ。

 返さなくていい。


 え? 雨なんて降ってないって?

 うーん……まあ、持ってけよ。

 今は快晴だろうが、すぐに土砂降りになるから。


 迎えも来ないって。

 渋滞で車が動かなくなるからさ。


 これはサービスな。

 爺さんの墓参りしたら、よろしく言っといてくれ。

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