◆ 08. 体感型

 連休の中日、暇を持て余して困り果てた。

 ゲームも動画も気の利いたものが無く、友人との約束も無い。


 幸いバイトで貯めた資金だけは潤沢だったので、街に出ることにした。

 駅前で目についたのは、映画館の宣伝ポスターだ。オープンしたばかりの映画館では、“究極の体感型”映画をうたっていた。


 上映中なのはミステリ風味のサイコキラーサスペンス。あまり好きな題材ではないけれど、体感型というものには興味がある。

 これも経験だと、映画代にしては高い四千五百円を投じて直近の回へ入った。


 次々と犠牲になる登場人物、二転三転する犯人候補、意外な伏線に緊迫した演出。

 なるほど、評判が良いだけあって話はかなり面白い。


 ただなあ――心中で愚痴をつぶやく。

 大金を払ったのは、体感型だという部分に期待したからだ。

 劇場のほぼ中央に座ったので、体感演出を楽しみ損ねてるということもないだろう。


 なんだか冷風が顔に当たった気はする。

 一瞬、スクリーンが曇ったのはスモークでも焚いたのか。

 普通の上映と違うのはそれくらいだった。


 これは大失敗、無駄遣いしたかなと、映画の盛り上がりに反して俺のテンションは下降する。

 もっとやりようはあるだろうに。

 水滴が顔にかかるとか、座席が揺れるとか。

 意表を突いて3Dになるシーンが挿入されるとかね。


 期待はすれど、結局驚いたのは犯人逮捕後のどんでん返しだけ。

 スタッフの名前が流れ始めたことで、これ以上の何かは無いと諦めた。


 四千五百だぞ? ちょっとおかしくないかな。

 確か他の体感型映画館では、派手な演出があるように聞いたけれど。


 ぼったくり、そんな言葉を胸にエンドロールの途中で席を立つ。

 その時だ。


 二席離れて左に座っていた女性が、「なに?」と声を上げる。

 振り向けば黒コートの男が真横まで来て、彼女を見下ろしていた。

 黒ずくめなんて、今見たばかりの映画にいた犯人みたいだ。


 コスプレさながらの男は懐からアーミーナイフを取り出し、女性が悲鳴を上げる隙も与えず喉を横一文字にかっ捌く。


「なん――っ!?」


 男が自分へ向いたことで我に返り、一目散で出口へ走る。

 のんびり歩く人波を掻き分け、ロビーを走り、駅前へ出てようやく振り返った。

 追いかけてくる者はいない。


 安堵した俺は、次に頬を赤くする。

 やられた。

 見事に引っ掛かった。


 テーマパークのアトラクションでもあるやつだ。

 プロの演者が、客の間近で行うショー。

 金額分の値打ちがあるか微妙だが、騙されたのだから上手い仕掛けなのだろう。

 ちゃんと映画の犯人そっくりに見えたしな。


 そこそこ満足して帰宅した夜、駅前の映画館で起きた殺人事件のニュースを知り、俺は頭を抱えた。

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