◆ 06. 深夜二人

 午前零時を過ぎたってのに、まったくもって元気なものだと思う。

 呆れた俺の視線などものともせず、朗らかな声が1LDKの無個性な部屋に響いた。


「いいじゃん、べつに。明日は仕事休みだろ?」

「そうだけどさ。疲れてんだよ」

「受付のヒトミちゃんだっけ、その後どうなんよ?」

「何もねえよ。今週はひたすらモニタにへばり付いてたからな。繁忙期なめんな」


 今は少しでも金を貯めたい。

 余裕ができたら転職も考えているし、上手くいけば結婚資金も要るだろう。

 相手? まずは金だ。

 相手なんてあとからついてくる――と信じたい。


「カネカネ言うわりに、いい場所住んでるよね」

「普通だろ。狭くはないけど」

「都心の駅前じゃん。いくらすんのよ、ここの家賃」

「あー、安いんだ。格安に釣られて選んだんだ」

「そんなに安いの?」

「いわゆる事故物件だから」


 壁紙もフローリングも張替えたらしいし、俺は気にしなかった。

 同じマンションでも、他の部屋なら五倍は最低でも取られる。

 何があった部屋かなんて、調べたりしない。

 口を濁す管理人を問い詰めたりもしない。

 安い、それでいいじゃないか。


「実際のところ、どうなの?」

「何がだよ」

「金縛りとか、悲鳴が聞こえたりとか」

「ないない。いや、まあ寝不足気味ではあるかな」

「やっぱ何かあるんじゃん! うなされたりとか?」

「うーん……」


 青白い顔が、興味津々と見つめてくる。


「お前が毎晩出て来なきゃ、ゆっくり眠れるんだけどなあ」


 俺の深い溜め息に、名前も知らないそいつはケラケラと笑って応えた。

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