エピローグ【愛しのアメリカンドッグ】①
〈2/11(Wed.) 15:18〉
三日後。ぼくは大学の近くの、あの道を歩いている。今から、ロミオの家に向かうところだ。
あの後、しばらく寝込み、今朝どうにか熱が引いたところだ。
数日じゃ世界は変わらない。だけど、ぼくの気持ちは少し変わっていた。さっきまでファミレスで勉強をしていた。鞄にはずっと、諦めかけていた、この大学の赤本を忍ばせてある。試験までそう時間もないけど、やるだけやってみよう。兄貴に肩を並べ、いつか追いこすために。
ロミオへの差し入れを買うため、コンビニに寄った。彼女は昨日から熱を出しているらしい。ぼくは、あの日以来、彼女と口をきいていない。熱を出したこともロミオの母親から聞いたことだ。
レジに入っている女の子を見て、少しだけ驚いた。それは多分だけど、昔ぼくが好きだった女の子だった。名札には、「つかもと」と書いてあった。ちなみに、好きな女の子の名字さえ、まったく思い出せてなかった。ただ、くだらない偶然に笑ってしまった。そんなぼくを見て、彼女は怪訝そうに一瞥した。
ふと、ホットスナックのコーナーに目をやった。そこにアメリカンドッグはなかった。
「アメリカンドッグ、ないんですか?」とぼくが尋ねると、「はぁ。そこになかったらないですね」と女の子は目も合わせずに言った。
花束も売っていなかったし、札幌行きのチケットも、ゴルフクラブも、プールの鍵も、売っていなかった。
ぼくは結局コーヒーだけを買い、千円札を渡した。女の子がぼくに釣銭を渡した。レジの女の子の薬指に指輪が光った。
もし人生に色んな可能性があるとしたら、この指輪を送ったのがぼくである場合もあったんだろうか?
いや、ないだろう。送ったとしても、それをロミオが奪っていくだろうから。一体どんな卑怯な手段で奪うのかと思うと、さらに笑ってしまいそうだ。
ぼくは釣銭の中から、アメリカンドッグの値段、一〇八円を募金箱に入れた。どこかの国の、困っている人々の役に立つ募金。役に立たない橋を造る材料費になることはないだろう。でも、今できるのはこんなところだ。ぼくなりの「早く帰ってこい」という兄貴へのメッセージのつもりなんだ。
ちなみにだけれど、あの後忌野に、「兄貴のこと、知っているんですか?」と尋ねた。彼女は「ただの知り合いだよ」と答えた。
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