第7章【月曜日を殺しにいこう】②
家に帰ると、疲れが一気に噴き出てきた。帰り道さえよく憶えていないし、どれだけかかったかもわからない。靴を乱暴に脱ぎ捨て、そのまま自分の部屋へ向かう。ドアノブを回すのが、躊躇われた。
月曜日のぼく。そんな言葉が頭を過ったからだ。
熱で頭がどうにかしてるんだろう。一度ゆっくり眠って昼過ぎに起き、熱いシャワーを浴びるのは、考えただけで気持ちがよかった。
まずは眠ろう。すべてはそれからだ。
だが、そんな自分への説得もむなしく、部屋に入るなり、ぼくは目を疑わざるをえなかった。
布団が膨らんでいるのだ。それだけならいい。中の人間がときおり寝がえりを打っている。明らかに、誰かがベッドの中にいた。
思い当たる人間は、誰もいなかった。
「……嘘だろ?」
戦慄が走る。
月曜日の、ぼく?
『よぉ、日曜日のぼく』
布団の中から声がした。たしかにそう聞こえたのだ。声が出ない。
『どういう風に死にたい? 自分の死に方くらい、自分に選ばせてやりたいのさ』
「腹上死、かな……」
なるほど、ぼくもなかなか肝が据わってるじゃないか。
『それにふさわしい相手は、いるのかい?』
はぁ。「ぼく」にしちゃあ、ずいぶんカワイイ声だ。
「……いる、よ」
ぼくは、おかしくて仕方なくなった。腹上死の相手を考えて、すぐ頭に浮かんだのが――。
「ワガママだけど、なかなかかわいいとこもある……お前もよく知ってる、幼なじみだ」
『……』
「だから、ごめん。ぼくはまだ、死ねないんだよ。殺されるくらいなら、お前を殺す」
『……ふーん。ちょっとは、度胸ついてきたのかしら?』
布団がもぞもぞと動いた。
そして、隙間から、ひょこっとロミオが顔を出した。顔にかかった金色の乱れた髪を、照れくさそうにはらった。眉毛を下げ、ネズミを追いかけるネコみたいに目を細めて笑った。
「月曜のあんたが布団の中にいたから、殺しておいたわ。やりまくりのハメまくりで」とロミオは言った。
「……そりゃあ、嫉妬しちゃうね」
ぼくはベッドの端に腰をかけ、ロミオの言葉を待った。
「あたしもね、『月曜のあたし』に会ってきて、殺してきちゃった。……この世界より、あたしは、あたし自身の方が大切だから」
「なるほど、な」
しばらく沈黙が流れた。次に言うべき言葉は何だろうか。なかなか、踏み出せない。
「ね」
ロミオは右手だけを布団から出した。指先は迷いながらぼくの服の裾を掴んだ。手首には、切れそうなミサンガ。
「絶対、幸せにしてね?」
「あ、いや、絶対って言われると……」
ちがう。こんなことが言いたいんじゃない。これまでずっとやってきて口先に染み込んでしまったやりとりが、ぼくを邪魔した。
「してよ!」
ロミオは叫んだ。冷たい空気が振動し、すぐに、ぴたりと止まった。ぼくはその振動に、脳味噌まで揺らされていた。
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