第6章【ちょっと、露出狂に会いに】②
ロミオとぼくは再び、大学の室内プールにいた。
警備の目もあり、電気はつけられない。携帯電話のライトで手元を照らしていたが、それも切った。暗闇のせいで奥行きがわからず、空間が随分広く感じられる。プールサイドのざらざらとした感触が、足の裏にとても鮮明だった。
「間違いなく、この中に逃げてったのよ」
ロミオは声をひそめる。声が響き、空間全体が一つのかたまりとなり、鳴っているようだ。
「いるんでしょ!? わかってんのよ!」
何の反応はない。
「……ロミオ!」
「なによ」
「なんで露出狂に拘るんだよ? 死ぬ前に叶えたいことが、そんなことなのか?」
「弟子入り」
でしいり。
しばらく、その四文字を理解することができなかった。
「弟子入りするのよ!」
「はぁ? 自分で何言ってるか、わかってるのか? 露出狂に弟子入り? こっちは真剣なんだ、お前もちゃんと考えろよ!」
「こっちだって真剣よ! あたしができることは、無意味に生きて、無意味に死んでいくことなの!」
傍から見れば無意味なことで、わけもなく騒ぐ。そして無価値な死を経ることで、目的のために生きる大人達とは違う、特別な存在になれるのかもしれない。
露出狂は、ロミオにとって勇敢にさえ映るのだろう。
「お前、意地張ってるだけなんだよ。無意味に生きる? いつまでもおかしなこと言って気を引こうとするのはやめろよ!」
「……あんたに何がわかるのよ」
「わかんないよ! お前のことなんか、なんにもわからない!」
「じゃあ、口出ししないでよ! さっき一緒に死ぬって言ったのも、どうせ本気じゃないんでしょ?」
「お前だっていつもそうだろ! 死ぬ度胸もないくせにいつも『死ぬ死ぬ』言ってるだけなんだ! ちょっとは」
「なによ、あんたまで、大人になれって言うの?」
距離感のわからない暗闇。ぼくは、どれくらいの声でロミオに話しかけていいのかさえ、わからなかった。わからないから、出来る限りの大声で叫んだんだ。
「そうだよ! ぼくたちは、大人にならなくちゃいけないんだ!」
「康兄の言ってたこと、忘れたの? 構造に流されるまま大人になっちゃいけない。あたしたちまでこの世界に染まったら、康兄はどう思うの!?」
「……」
どうして、こんな簡単なことに気付かなかったんだろう。
ロミオの願いは、すごく単純だ。
『康兄に帰ってきてほしい』。きっと、それだけなんだ。
でもロミオはそうは言えない。兄貴が外国で無意味なことをしていることを応援していて、それをいいことだと思わなくちゃいけないからだ。だが無意識に、無意味に生きたいという信念を掲げ続けることで、彼が帰ってくるような気がしているんじゃないだろうか。
彼女は何より、兄貴がいた意味を、証明しようとしている。だけど、それじゃおかしい。無意味さを求めているのに、兄貴がいた意味を証明するというのは矛盾している。
矛盾にもがきながら、ロミオはそうやって生きるのをやめられない。兄貴を追うことで、皮肉なことに彼そのものが、ロミオを支配する構造になってしまっているんだ。
ばた、ばた、とガラス天井を打つ音がする。雨が降り始めたのだろうか。邪魔をしないでくれ。今だけは、雨が地に向かって落ちるという絶対的な節理さえ、無視したい気分なんだ。
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