第6章【ちょっと、露出狂に会いに】①
〈2015/2/8(Sun.) 25:59〉
深夜、ぼくとロミオは、大学のそばにいた。守衛室がぼんやりと光っているだけで、建物全体の電灯は落ちていた。
空気は痛いほどに冷えていた。一日の実感がわかなくなっていて、今朝ロミオに連れ出されたのがもう何日も前な気がした。
嫌な予感はしていたんだ。やっぱり、今日はロクな日じゃない。
「さ、探しましょ」
ロミオは軽く首を鳴らし、短く息を吐いた。
「いい? あんたは病院とか公園のあたりを見て回って」と、彼女は下り坂の方を指さした。
「あたしは大学の周りを見てみる。いい、見つけたら……」
「あのさ」
「なによ、うるさいわね」
ロミオはじれったそうに言った。
「いや、本当に露出狂を探すのか?」
あの後、ぼくは公園でロミオに言った。
『なぁ、ロミオ? 一緒に死のう。でも、このまますぐに死ぬのはぼくだって嫌だ。だから、さ』
死ぬまでにやりたかったことを、協力して一つ叶えよう。
そう提案した。あのときはどうかしていた。今はもちろん死ぬ気はない。ただそれでも、ロミオの望みが知りたかったのは同じだ。
彼女は死にたいと叫ぶ。それは、死にたくないと叫ぶのと同じように聴こえた。叶えたい願いをずっと持ち続け、ミサンガに託しているのだ。
ぼくの言葉に、ロミオは返す刃でこう答えた。
『あたし、露出狂に会いたい』
そんなことでいいのか? たったそれだけ?
ぼくの中には数多くの、似た種類の質問が浮かんだ。でも、理解できないと思われるのが悔しくって、頷いた。
どうして彼女は、露出狂に拘るんだろう?
「いい? すぐ、連絡してね」
ロミオは素っ気なく言い残し、信号を渡って大学の方へ向かった。
ぼくは病院沿いの道を下り始めた。終電も終わり、人の気配はほとんどない。だだっぴろい道を、ぼくは一人、歩いている。
何度もロミオと歩いた下り坂。ロミオとの距離は、どれだけ時間を過ごしても、縮まることはなかった。でも、ロミオはぼくの元から去りはしなかった。
ロミオが去らないのは、ぼくといると大人にならなくてもすむような気がするからだろうか。実際、ぼくもそう思っている。
でもきっと、ぼくは大人になる。なってしまう。
たとえ、本当にロミオと心中することになり、命が途絶えても、ぼくは大人になるんだろう。
構造は、海どころか、死の境さえ乗り越えてやってくるのだ。
電話が鳴った。気付けば随分と時間が経っていた。
「……ロミオ?」
ロミオの小さな息遣いが聞こえた。いつもよりずいぶん頼りなく、愛らしく響いた。
「で」
「……で? なんだよ、どうしたんだよ?」
「でたぁぁぁぁ!」
ロミオは叫んだ。彼女がもしもし、と言うことはやっぱりない。
「い、いたのよ、今! 本当に、いた!」
「え?」
「露出狂! 大学のプールの方に逃げてったの!」
「えぇぇ!?」
そこで電話が切れる。考えていたことのシリアスさと、交した会話の突拍子もなさの落差にクラクラとくる。
それから、胸に奇妙な感覚が襲いかかってきた。
ぼくが今感じている、場違いな高鳴りはなんだろう?
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