第5章【なぁ、ロミオ?】①

〈2/8(Sun.) 14:55〉


「ねずみのしっぽ公園」の正式名称は未だにわからない。「○○公園」と忌野が正式な名前を読み上げた。きっと、何度聞いたって覚えられない。そんな名前、覚えたくもないんだ。

 昼過ぎだというのに、雲が立ちこめていて空は暗かった。公園の遊具もくすんで見え、すべてが深いため息をついているようだった。

「あいつ、こんなとこにいるのか?」と忌野は言った。

「ええ。……あ、ほら」

 ぼくはぐるぐると渦巻く、滑り台のてっぺんを指さした。頭をいつもの角度に垂れて、いつもと同じように柵に座るロミオがいた。思った通りの場所にいて、ぼくは驚きとともに、安堵を覚えた。

 ロミオはこちらに気付き一瞥するが、すぐに目を逸らしてしまう。

「おい、ロミオ!」

 忌野は鞄から「退学届」を取り出し、ひらひらと振って見せた。「たしかに受理したぜ! 大学辞めても、元気でやれよ!」

「何言ってんすか、さっきやめようって言ったじゃないですか!」

「いや、あいつの落ち込んだ顔見てたらさ、口が勝手に……」

 ロミオにとって、ぼくと忌野のやり取りはいちゃついているようにでも見えるのだろうか、より不機嫌そうになった。

「もう、ほっといてよ! 死ぬって、決めたんだから!」

「あのな、退学届は……」

「隆になにがわかんの! あたしのこと、何も知らないくせに!」

「なんだよ、その言い方!」

 ロミオは立ちあがった。彼女の脚は震えていた。

「もういい。大学がどうとか関係なしに、死にたくなったんだから」

 そこには、ただ喚いて構って欲しいという子供じみた感情だけではなく、日頃は見せない怯えと、諦観が見え隠れしていた。

「これからまだ六十年も生きなきゃいけないのよ? 怖くないの?」

「……怖い?」

「二十一年生きただけでも辛くて苦しくて……これからもーっと辛いことが待ってて、しかもこれまでの三倍も生きなきゃいけない! 皺も増えるし、肌もたるむし……いつか衰えていくのよ? 耐えられるの? あんただって、お腹の突き出たオヤジになるのよ?」

 ぼくは言葉に詰まってしまった。深く考えてしまうと、怖くないわけじゃない。でもきっと、ぼくは老いを受け入れられる。ただロミオは普通の何倍も想像力がよく、その衰えやかなしみ、取り戻せない気持ちを鮮明に描けるんだろう。

 彼女の恐怖は、ぼくには想像しきれないことなんだ。

「あたしはね、変わりたくない。誰からも褒められなくても、認められなくてもいい。『○』なんかもらえなくていいの」

 ロミオが言っていた、大学のプールを使ったインチキなラブホテル稼業でずっと生きていくことは、社会的に認められはしないだろう。ただ、余計なしがらみはなく、一生社会の外で、大人にならず、人生の意義や成長など気にせず生きていける。

 だが、その人はぐるぐると悩み続けるはずだ。もっと別の生き方があって、みんなと同じ構造に従えば、幸せだったんじゃないかって。大人が作ったこの世界は、大人になって生きるための場所にしか思えないのだから。

彼女だって、ただ変わりたくないと訴えているわけじゃないはずだ。ただ、変わるべきなのかわからなくて、もがいている。「大人になって、大人にならないで」というのは、兄貴へのメッセージだけでなく、ロミオ自身の葛藤なのだ。

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