第4章【美人のおねーさんが仲間になった!】③

「……その退学にするってドッキリ、明日までなんですよね?」

 ぼくが尋ねると、忌野はいたずらに笑った。

「いつまでだっていいぜ?」

「いや、明日までにしてください……」

 ロミオは退学になったと聞いて、どう思っているんだろう?

 ぼくは、ロミオが落ち込んでいる姿が見たいんだろうか?

 答えはイエスでもあり、ノーでもある。

「よし、ゼミ室にあいつを呼び出そう。お前も来いよ」

「いいですよ、ぼくがいたら不自然じゃないですか」

「大丈夫だって、私とお前はもう仲間だ。ちゃらっちゃー、『美人のおねーさんが仲間になった!』って感じか?」

 忌野は、馴れ馴れしくぼくに肩を回し、促すように小突いてきた。

「……自分でいうなよ」

「突っ込み遅っ。お前、ホントつまんねーやつだな」

 彼女からは、柔らかいザクロの香りがした。甘くて、少しだけ鋭角的な危うい匂い。よく考えたら、いくら成り行きとはいえ「美人のおねーさん」と二人きりだ。忌野は無防備にぼくに顔を寄せた。

「な、なんですか」

「ここさ、最近ラブホがわりに使われてるって噂立ってんだよな」

「はぁ、そうらしいですね」

「うらやま……あ、いや、けしからんと思わないか?」

「まぁ……」

「こんなバカみたいな話なかなかないぞ? もっと楽しめって」

「……」

「青春は今だけだぜ? どんな風に生きたって、ここで楽しまなきゃもったいねーだろ。お前みたいな考え過ぎのやつこそ、無意味な青春を謳歌すべきだよ」 

 彼女は冗談めかして脚を絡ませてきた。その脚が年頃の男にとって毒だということを知らないのは(フリをしているのも)罪だ。

「……それとこれと何の関係が?」とぼくはとぼけ続けた。

「お前、何歳?」

「一九ですけど……ってだから、何の関係が」

「じゃあ、一九回分、回数券やるから……」

「なんの!?」

 ぼくは忌野に脚をかけられ、そのまま倒れた。忌野の目線が、ぼくを捉える。逃げ場はなかった。

「余計なこと考えず、楽しめって。大人を代表して、命令する」

 忌野は、身動きできないぼくの下半身にそのまま跨った。

「……あふっ」

「変な声出さないでください、まだ挿ってないでしょ! いや、まだっていうか……する気、ないですから」

「ふーん、したくないのか?」

「……いや、それは」

 したくない、とは言えなかった。言い訳しながらも、下半身はしっかり固くなっていた。誰が好きであっても、ぼくは目の前にいる彼女とセックスができる。いくら理屈をこねても、結局こうだ。本能に逆らえない。自分の感情の薄っぺらさ、心と体のアンバランスさが、おかしくって仕方なかった。

「わかったよ。お前が納得しそうな理由、やるから」

 忌野はイタズラっぽく言った。同じような表情に見えて、ロミオのそれとはまるで違っていた。

「お前、私が好きだったやつに少し似てんだ。理屈っぽい、臆病な目をしてるよ。……そいつも、つまんねーやつだった」

 理由、か。男と女が一緒にいるには、何か理由がいるんだ。

「ま、嫌いなタイプじゃないけどな。……そんなとこでいいか?」

 こちらが何か言おうとした瞬間、ぼくの携帯が震えた。ロミオからのメールだった。

 まるでぼくに「大人に屈服するな」と言わんばかりだった。

 絵文字もなく、ただ『やっぱダメだった。人生おしまい。死んでやる。見たことないくらいむごい死にかた』と書かれていた。忌野は画面を覗きこみ、「うわ」と小さく零していた。

「これがイマドキの『病んでる』ってやつか。やりすぎたか?」

「あいつ死ぬ死ぬって人生で百回は言ってますから」

 ぼくは冷たく言い捨てた。死ぬって言えば構ってもらえるなら、全員が、声を嗄らして叫び続ける世界になってしまう。全員それじゃあ、世界中、誰も救われない。ぼくはそんなロミオの甘ったれた短絡的なやり方に、どうしようもなく腹が立ったのだ。

「やっぱりさっきのドッキリはやめましょう。こんな騒ぎを終わりにして、ぼくはもう寝たいんですよ」

「やめるったって、どうやって」

「電話だと逃げるかもしれませんし、直接言ってやりましょう。あいつが行きそうな場所くらい、わかりますから」

 ぼくは言った。

「あいつ、幼なじみなんで」

 行きそうな場所はわかる。でも、ぼくは肝心なことを知らない。

 ロミオが叶えたい願いは、なんだろう?

 本能さえもねじ伏せられ、ぼくの頭はロミオでいっぱいになった。


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