第4章【美人のおねーさんが仲間になった!】②
忌野が手にしていたのは、退学届だった。
今朝ロミオから見せられたものと、まったく同じ。
やっぱり、忌野が持っていたんだ!
「それ、返してください!」
ぼくが訴えると、忌野は大声で笑い、その退学届を二つに破った。
「え?」
「あのな、こんなもん通るわけねーだろーよ」
「……どういうことですか?」
「退学前には必ずゼミ担当と学長との面談が必要だし、親のハンコもねーし、全部揃ったって学生課に出さないと意味ねー」
「てゆうことは……」
「やめさせたくても無理だってんだよ」
「じゃ、じゃあ、ロミオは退学しなくても済むんですね?」
ぼくは焦って携帯電話を取り出した。しかし忌野は、ぼくから素早く携帯を奪い取った。
「すぐ教えたらつまんねーだろーよ」
「はぁ? それでもセンセイですか!」
「私は先生なんかじゃねー。学術的なことならともかく、人間性を育ててやるどうこうは私の専門外だっての。自己責任自己責任」
「まぁ、あとで教えてやればいいか……」
途端に脱力した。座ろうとしたが力が入らず、掌を地につき、すりむきながら不格好に寝転がる。天井が、ぐるぐる回った。
「めまい落ちついたら帰るんで、ほっといてもらっていいですから」
「な。お前、ロミオのなんなの?」
忌野は帰る気配を見せず、ニタニタと笑みを浮かべた。「恋人だ」という答えを待っているんだろうが、生憎、とてもそうは言えない。
「だから、ただの知り合いですよ」
「知り合いなら、私とお前ももう知り合いだよな?」
「ぼくと貴方が知り合いってのをリセットして欲しいんですが」
「ロミオも大概だけど、お前も相当いけ好かないやつだな。素直じゃないし可愛くない」
「……そっすか」
「お前とロミオは、友だち以上恋人未満的な、いけすかない、甘ったるい関係と見た。ぷふ、ダッセ、お前ら何歳だよ?」
「……」
「黙るなよ。それじゃ私がお前をいじめてるみたいだろ?」
ぼくは心の中に100の反論を抱きながら、「いや、別に」と忌野に背を向けた。なるほど、ぼくは素直じゃないし、可愛くない。
「……ふん。お前言ったよな? 先生なら生徒の倫理的な躾けをしろって」
「そんな物々しい言い方してないですけど……」
「気が変わった。あいつを、退学にする」
「は? だって、できないんでしょう?」
「私はするったら、する」
「やめましょうよ、あいつさすがに落ち込みますよ」
「……なんてな、できねーっての。お前マジで焦ってんのな? なんだよ、やっぱりあいつのこと好きなんだろー?」
「だから違いますって!」
「……じゃあ、『退学になったことにする』ってのはどうだ?」
「はい?」
「ドッキリだよ。明日になったらネタばらしする。今からあいつに連絡して、『退学になりました』って伝えてやるんだ」
忌野は途端にシリアスな顔になり、ぼくに言う。
「いーんだよ。ここで本当のことを教えても、あいつのためにならねーだろうよ。一度へこませてやったほうがいいんだ」
彼女はすぐ真剣な表情を崩し、ニヤケつつ携帯でメールを打った。
「……送信っと。今頃、絶望と悔しさであいつの顔がぐちゃちゃに歪んでるだろうぜぇ!」
「あんた最悪だな! 結局自分が楽しんでるだけじゃないですか!」
「じゃあ、もっとしっかり止めればよかっただろ?」
反論できない。ぼくはどこかで、そのドッキリを当然あたるべき天罰のようなものだと思っていたから。
「今だってきっと、悩んでるんですよ?」
「悩め悩め。悩んで悩みまくれ。そうしていつか大人になるんだ」
「……大人って、悩んだらなれるんですか?」
「あん?」
ぼくも、どうしてこんなことを訊いてしまったのかわからない。
でも、忌野はたしかに大人だ。無責任なとこなんか、特に。
「私は元から悩まないから、よくわからん。なんとなくなったんだ。生きてるうちに、いつの間にか、さ」
忌野は、わずかにだけど寂しそうに言った。
わかっていたはずだ。大抵、なんとなくなる。ごちゃごちゃした方法はない。兄貴に言わせれば、構造に任せてなるもんなんだ。
妙な説得力を感じ、ぼくはそれ以上追及する気が無くなった。
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