第3章【あの子だっていつまでも子どもじゃない】③
「あたしさ、大人になりたくないの。三年生になったらさ、急にみんなで口を揃えて言うの。『大人になれよ』って」
大人になること。まだ大学にすら入っていないぼくにとって、本当に訪れるのかどうかも疑わしい、未来の話。
大人たちは、一体どういうタイミングで、大人になったんだろう。たとえば、大学を卒業して就職したら、その日から「ぼくは大人だ」と言えるんだろうか。いや、そうは思えない。
じゃあ、いつ、どうやってなるんだよ?
二一歳にもなってこうゆうことで悩んでいるロミオは、傍からすれば、子どもじみているだろう。でも、大人になるのが当たり前な年齢だからこそ、ロミオはこうやって悩んでるんじゃないだろうか。
「夢に出てきたゼミの男の子だって、こないだまで、単位が取りやすい授業はどれかとか、一生フリーターでいいとか言ってたのに。
手のひら返して『いつまでも学生気分じゃダメだ』とか言うようになったのよ。焦ってキャリアセンターとか行ってさ、おれらバカやってたけど、もう大人になりますよって。すっげーバカみたい」
「……バカみたいだけど、いつかは変わるもんじゃないか?」
「隆はいいの? ホントに、このまま大人になって。子どもだった自分を捨てるのが、怖くないの?」
その言葉をきっかけに、小さな記憶が強制的に蘇った。
小学校五年生の頃、人目を忍び、初めてビデオ屋のアダルトコーナーののれんをくぐったときのことだ。ぼくは、期待と後ろめたさで胸がいっぱいになっていた。そこでは、小さなDVDプレイヤーでビデオの一部が再生されていた。裸で交わり合う男女、機械的に腰を振り、鼻にかかった喘ぎ声を上げる女優の声。ぼくはそれをどうしてだか、まぬけだとかんじてしまったのだ。雑誌のグラビアや、テレビのアイドルを見て覚えた憧れは、そこにはなかった。
ただ、大人たちが(あの、いつも偉そうな大人たちが)無理やり裸になり、無心に何かをこなしているようにしか見えなかった。
ただ、まぬけなだけ。
本当に、これがみんなを夢中にしているセックスなのか? いつか大人になったら、好きな子とこんなことをするのか?
いや、そもそも、こんなことを考えていること自体、なにかおかしいのか?
ぼくはそれを見て怖くなった。誰にも相談もできなかった。だから、自己防衛的に、セックスは素晴らしいと自らに雄弁に語ってみせた。そうしているうちにぼくの本音は、自然とすりかわっていった。あの鼻にかかった非日常的な声が「いやらしい」ものだと感じ、ああして腰を振ることが正しいセックスであり、ぼくたちが夢中になる(べき)ものだと、理解した。今では人並みに、セックスをしたいと感じられるようになったんだ。
性の問題を乗り越えるのは、大人になるための自然なプロセスかもしれない。ロミオが見たという酒場の夢だって、性に怯えながらも、無意識に大人になりつつある証拠なのだろう。(これも、二一歳としたら、遅いかもしれないけど)
そうして、納得することはできる。でも、今でもどこで引っ掛かりを覚えているんだ。
「あたし、わかったような口だけは、絶対ききたくないから」
彼女が子どもっぽく映るのは、誰しもが捨てたくないけど苦労して捨てた感情を、こういう風に平気な顔をして持っているからだ。
彼女は、今でも大きな声でセックスをまぬけだと言うことができるんだ。ロミオみたいに、自分が信じるように、正しいって思うように、生きるのはなかなかに気苦労だ。だけど。
そんな彼女が、ときどき、たまらなく恰好よく見えるんだ。
なぁ、兄貴。ロミオや兄貴が言うこと。そして、ぼくが思っていること。それって、本当に正しいのかな?
彼女は次の言葉を紡ごうとしていたけど、何も出てこないという感じだった。ぼくも、本当は言いたいことがたくさんあったけど、何から話していいかわからなかった。
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