第3章【あの子だっていつまでも子どもじゃない】②
「大学に出たからなにって話なのよ。あたし頭いいしかわいいくてなんでもできるけど、将来やりたいこと……うん……ない、のよ」
そのロミオの躊躇うような調子は、僕が思う「ロミオ像」からかけ離れていた。
「人生の目標がきちんと決まってるやつなんて、なかなかいないよ」
「あたしが平凡だって言いたいの?」
「心配しなくても、お前ほどめんどくさいやつはいないよ」
「……手。貸して」
ロミオは手を伸す。ぼくはプールサイドにつま先をかけ、手を差し出した。彼女は手を取るなり、口の端をイタズラっぽく上げた。
え?
「ばーか!」
天と地がひっくり返り、背中に衝撃が走る。水を激しく叩きつける音がした。何が起きたかわからなかった。耳が塞がって、体が重くなった。プールに引っ張り込まれたのだ。
水はぬるくて、体温と同じくらい。水に入っているというよりは、体が溶け込んで輪郭がなくなり、ぼく自身がプールの一部分になってしまったようだった。それはすごく心地よく、なにより楽だった。
ロミオはぼくの慌てた顔がおかしかったのか、指をさして笑う。
ジーパンが水を吸って重くなった脚を動かし、ハシゴに手をかけた。このままいたら、ますます風邪が悪化してしまう。
そのとき。引き留めるように、ぼくの胸に後ろから腕が回された。
ロミオの腕。夏によく日焼けしていた肌も、今は色が薄くなっている。青い血管が静かに走っていた。
振りほどこうとするが、ロミオは離そうとはしなかった。彼女の胸が背中に触れそうで触れない、微妙な距離感を保っていた。
裸の腕から、濡れているのに中が静かに燃えているような、不安定な体温が伝わってきた。ぼくが知る、子どもの頃のロミオから感じた温かさとは違う、子どもではない女の子の、母性的な熱だった。
子供じみた言動に対し、彼女の体はきちんとした二十一歳の女の子になっていたのだ。
ぼくが体をよじると、「いいから動くな」とロミオが拗ねたように言った。声の調子は真剣で、ついそれに従ってしまった。
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