第2章【あたしの一大事は、世界の一大事よ】②
「……どうやって入ってきたんだよ」
僕の不機嫌さを感じ取ったのか、ロミオはそれを踏み潰す高圧的な声で返してきた。
「牛乳箱の下。鍵の隠し場所、変えてないのね。つか、なんで床に寝てんの? おばさんたちいないの?」
「質問は一個してくれ。何が大変なんだよ?」
尋ねると、ロミオは目を見開き、大げさに両手を広げた。
「あたし、やっちゃったのよぉ!」
彼女はサイズが大きくて肩の落ちた、スカジャンを着ていた。間抜けに吠える虎が、なんとも言えない哀愁を放つ。これも兄貴がロミオにあげた服だ。彼女から、古着屋のお香のにおいと、冬独特の乾いた甘い匂いがした。気にしないようにしていたけど、ぼくらの日々には、兄貴の存在が残り続けている。
ロミオの手首には、色とりどりの糸で編まれたミサンガ。彼女は子どもの頃流行ったそれを、切れるたび繋ぎ、何度もつけなおしているのだ。
「なんだよ。なにをやったって?」
自分の声がくぐもって聞こえた。
「忌野と揉めちゃってさぁ……」
「いまわの?」
「ゼミの担任! 昨日の飲み会でも、やったらあたしに引っかかってくるわけ。出席率が悪いとか、レポートが手抜きだとか……」
何かを思い出したのか、ロミオは途端に口を噤む。
「……とか?」
「別に! 言われっぱなしじゃあたしも黙ってらんないじゃん?」
彼女はぼくに一枚の紙を手渡した。そこにはこう書いてあった。
退学届。
ヘタクソな丸っこい字でそんな冗談が書かれていたんだ。
「あんまりに悔しくて、びっくりさせてやろうと思って……。昨日あんたに電話する前、大学に忍び込んで、出して来ちゃったの!」
昨日の彼女がどこかおかしかったのは、そのせいだったのか。
「出して来たも何も、今手元にあるじゃんか」
「これは控え! コピー取るのが常識」
破れかぶれな性格なくせして、変なところだけマジメなんだ。
「一緒に取りに行くわよ! 見られる前に回収しなきゃ!」
「事情を話せばわかってくれるよ。熱があるから、寝かせてくれ」
「ダメ! あたしの一大事は、世界の一大事よ」
はは、そこまで言い切れればいっそ気持ちがいい。
彼女はいつだって、自分のワガママでぼくが動くと思っているんだ。その認識はぜひ改めてもらいたいもんだが、少なくとも今は逆らう力はない。ロミオはぼくの前では、絶対に意志を変えない。だから、説得するよりは付き合った方が楽だと、長い付き合いでわかってしまっていたんだ。
「わかった、行けばいいんだろ! 回収したらすぐに帰るからな!」
今日、二月八日が何事もなく終わってくれ、という一心で、ぼくは自暴自棄に叫んだ。
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