第1章【ロミオは、アメリカンドッグみたいな女の子だ】⑥

「今日はホントに寒いわね。血も凍りそう」

 もしもし、とロミオが言ったことはない。

 ロミオがどこにいるのかを想像した。いつも「ねずみのしっぽ公園」のすべり台のてっぺんの柵に腰かけていた。今もだろうか?

「寒すぎて、せーりもなくなりそうね」

 ロミオは、たびたび生理の話をする。最初は泣きながら「怖い」と話していたけれど、今は嬉々として話すのだ。その話題に対し、大人たちが苦い顔をして誤魔化すのがお気に入りのようだ。

「結局充電器買うのもったいなくて、コンビニで充電しながら、イートインスペースにいたの。そしたらちょっと寝ちゃって……」

「そっちが言うから、ずっとベランダで電話待ってたんだけど」

 ロミオは一瞬黙り、ハッとしたように、「あ」と一言漏らした。ぼくをベランダに待たせていることを、忘れていたんだろう。

「……でね、夢、見たの」

 彼女はこちらの抗議を無視し、見た夢について話し始めた。

「すごく夢なの。あたしは西部劇みたいなバーにいて、テンガロンハットに、太もも丸だしのデニム履いているの。どう?」

「どうって?」とぼくは釈然としないまま尋ねた。

「ドキドキしないの? それに、そこまで聞いたらどんな下着穿いてるかだって気になるでしょ?」

「あー、なるなる。で?」

「ブルーベリータルトを頼んで楽しみに待ってたら、店にサラリーマンが入ってくるの。よく見ると、同じゼミの男の子なの。いかにも真面目に生きてますっていけ好かない感じでね。椅子に座ってるかと思ったら、その椅子はアナグマなの。椅子のふりをしているのよ。アナグマなんか一度も見たことないし、描けって言われても描けないけど、あ、アナグマって思ったの。そいつは、気取って眼鏡を拭きながら、アナグマをそっと撫でたりしているの。どう?」

 いつもの彼女より、ずいぶんよく喋る。さっきの兄貴の話といい、今日のロミオはなんだかおかしいし、妙にハイだ。

「……あー。アナグマの夢はね、凶兆と性の象徴らしいよ」

「それは本かなんかの情報で、隆の意見じゃないでしょ?」

 そもそも、まったくのでまかせなんだけど。アナグマの夢に、いちいち意味なんて求めていられないんだ。

「でね、アナグマのお腹を撫でながら、あたしの太ももをじっと見てくるのよ。火傷しちゃうくらいの熱視線。アナグマのお腹を、あたしの太ももに見立ててるの」

 それは、ちゃんと聞けばそれなりに青少年の心をくすぐるエキサイティングな話かもしれない。でも、今は眠い。

 ぼくの沈黙から、彼女は何かを読みとったらしい。こういうことにだけひどく敏感なんだ。

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