第1章【ロミオは、アメリカンドッグみたいな女の子だ】⑤

 ぼくとロミオは、しばらく黙っていた。電話中に黙ると、奇妙な気分になる。相手がそこにいるのはわかっているのに、この世界で一人ぼっちになったみたいなんだ。

「ねぇ、隆」

「……なんだよ」

 ぼくの体に、緊張が走る。ロミオを怒らせてしまったのだろうか。

「携帯の電池切れそう」

 ロミオは言った。その一言に、なんだか気が抜けてしまった。

「寒いし、遅くなる前に帰りなよ。家の近くだろ?」

「うるさい! いいから充電するまで起きてて! わかった!?」

「わかったから大声出すなよ。じゃあ、あと少し、起きて待ってる。……わかったよ、ちゃんとベランダにいるから。それじゃ」

 ぼくは電話を切った。白い息が空へと昇っていった。ずっと腕をあげていたので、腕がだるく、痺れて切っていた。

 携帯をポケットにしまった。彼女の充電がすむまで、ここにいなきゃいけないらしい。嘘をついても見透かされる気がして、毛布を部屋から持ってきて、ベランダの椅子に座って待つ。

 親がいたら「夜中に何をしているんだ」と叱りに来るだろうが、今家にはぼく以外誰もいない。両親は有給を利用して温泉旅行にいっているし、兄貴はなんせ、名前も知らない外国にいるんだから。

 それにしても、今日は本当に寒い。一体ぼくはこんなところで、なにをしているんだろう?

 今回だって、いくらやる気がなかったとはいえ、本命大学の受験勉強中だったのだ。それは、ロミオが通っている大学でもあり、兄貴が通っていた大学でもある。正直ぼくの偏差値では厳しいのだが、兄貴に負けるのが悔しいという気持ちから受験を決めた。ま、もう諦めているしどうでもいい。

 ロミオと別の大学で、のびのびキャンパスライフを送ろうという考えが度々浮かぶ。だがそのたび、少し胸がチクチクと痛む。

 遡って考えれば、振り回されてばかりなのに、どうしてだかぼくは、最終的にはロミオのことを見捨てられないんだ。

 ロミオの姿は、さっき暗記した英単語よりも簡単に浮かんできた。

 プールの塩素で色が褪せたロング・ヘア。幼い薄い唇なんか、ぼくもときどき見惚れてしまう。一重瞼だが、意志の強そうな形のいい大きな瞳。笑うとネコのように目が細くなる。彼女は、大好きなワイ談で盛り上がっているときなんか、よくそんな顔をした。ぼくは、そんな顔を見るたび、今までのことを許してしまうのだ。

 そのとき、ぼくはもしかしたら、ロミオが好きなんじゃないかって、思う。でも、すぐにわからなくなる。

 彼女はときどき近すぎて見えなくなるくらい、ぼくの心に近づいてくる。だけど何か話しかける前に、そっと離れてしまうからだ。

 だからぼくはまだ、彼女に対してどういう感情を抱いているのか、うまく意識できていない。

 それから……と考えたところで、大きなあくびが出た。

 なにせもう、眠くて仕方がない。ぼくは今まで、一度として徹夜をしたことがなかった。彼女がこうして電話をしてくる理由はそこにある。ロミオは、ぼくが徹夜をしたことがないのに驚き、こうして電話をし、どうにかぼくに朝日を拝ませようとしている。ぼくにはぼくのタイミングがあるし、早く諦めて欲しいものだ。

 ロミオからちょうど電話がかかってきた。思ったより遅かったな。

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